第32話「次の動画は」



 食事が終わるとすぐにお開きとなった。


 大人気配信者でありそれなりに実力のある(ソロで中級ダンジョンに潜れるので全体の上位五パーセントには入る)探索者でもあるミーシャのスケジュールは詰まっており、このあとすぐに予定があるらしい。そんな忙しい中で時間を取ってもらったのだから、本当に彼女には感謝してもしきれない。


「まあ忙しさの原因の七割は聖剣使いのせいだけどね」


 なにやら火消しだの調査だの、色々と面倒ごとが降りかかっているらしい。


 あのイレギュラーに関係することならゆうも協力しなければ……と思ったのだが、どうやら探索者としての歴が悠斗より長いミーシャが対応する事柄であるようで、手出し無用を言い渡されてしまった。一応なにかあったら探索者協会から連絡が行くかも、とも言われたが。


 用事があるというのに車で家まで送ってもらってしまった悠斗とあまみやはペコペコミーシャに頭を下げたが、彼女は笑って「これから長い付き合いになるんだし、このくらいはね」と言い、続けて「ちょくちょく連絡してくれて良いのよ。プライベートなことでもばっちこい! こっちからもちょろちょろ連絡するからちゃんと反応してね!」と早口でまくし立てて――正確には言葉の途中でミーシャの友人である運転手が「時間が押している」と口を挟んだせいで最後まで言い切れなかったが――去って行った。



 すっかり帰るべき家になってしまった部屋に入ると、これまた(まだ一緒に暮らして一週間も経ってないのに)すっかり慣れ親しんでしまったおりが「おかえりー」とリラックスした調子で声をかけてくる。


「で、どうだった?」


 暇だったのかノートパソコン(一応共用なのでパスワードを教えてある)でネットサーフィンしていたらしい美織の問いに、雨宮が端的に答える。


「悠斗が年上のおねえさんにデレデレしてた」

「してねえよ」


 真顔で嘘を吐く雨宮。悠斗は即座に訂正するが、色事に関しては男子に発言権がないのか二人とも聞いちゃいなかった。


 美織は目を丸くして、


「マジでかりは年上好きだったんだな……」

「ちが……わないこともないが、なんで美織まで……?」


 本当に性癖が丸裸にされてる……!? と悠斗はおののく。


「でしょ? わたしの目は誤魔化せないわよ」


 ふふん、と得意げにする雨宮。


 別にパソコンの検索履歴には悠斗の趣味嗜好がバレるようなものは残っていないはずなのに、どうしてバレているのか。もしかしてちょっとエッチなサイトなんて覗いた日には、ウイルス感染なんてわかりやすい目印もないのに即刻バレて、燃えるゴミの日に袋に詰められアパートの前にあるゴミ捨て場に放り込まれてしまうのではなかろうか。


 などと妄想を繰り広げる悠斗をほうっておいて、美織は雨宮に問う。


「結局どうなったんだ? 次の企画は決まったのか?」

「ミーシャちゃんには、生配信をやった方が良いって言われたわ」

「だろうな」


 知ってた、とばかりに頷く美織。彼女が提案したのも生配信だったのだからその反応も当然か。


「で? やるのか?」


 何の気負いもなく問いかけてくる美織に、しかし雨宮は即答しなかった。

 悩むように目を伏せてから、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


「……悠斗は、どう思う?」

「……まあ、登録者を稼ぐにはやった方がいいな」


 と返すしかなかった。


 動画投稿だけでやっていくのでは、恐らく芽が出ない。目標には遠く届かない……どころか、その半分だって難しいだろう。少なくとも一年という長いようで短い期間の間には辿り着けまい。


 生配信をしたとしても一気に解決するわけではないが、現在の流行的に動画投稿だけをするよりかは可能性があるはずだ。


 雨宮はしばらく悠斗の顔を見ているだけで、なにも言わなかった。彼女が何を考えていたのかは、悠斗にはわからない。美織が小さく首を捻ったのが視界の端に映った。


 ややあって。


「そう。なら、やりましょう」


 決断する雨宮の表情は、何か飲み下せないものでもあるかのように曇って見えた。


   ◆ ◆ ◆


 本番は、今週の休日の昼過ぎから。

 場所は、初級ダンジョン『小さな黒の森』。


 ミーシャのアドバイス通り三日前までにSNSとチャンネル登録者への情報発信機能で告知を行った後は、本番までに必要物資を買い足したり練習したりと準備に取りかかった。


 その準備の中には美織が探索者としてダンジョンに入れるようにするための工作も含まれており――書類や記録の改竄作業はシャルが単独で行ったので、詳細は知らないしできれば知りたくない――、無事に美織も探索者の資格を得ることができたが、反社会的なことに関わりのなかった一般男子高校生(中退)の悠斗としてはいつか犯罪行為が発覚してしまうのではないかという不安で冷や汗がだらだらであった。


 ちなみに美織の実力は、雨宮以上悠斗未満であった。


 身体能力は平均的な女子高生よりもやや優れていて、ダンジョンマスター時代にコアから取得した魔法知識のおかげで中衛もしくは後衛としてそれなりに優秀、といった感じ。


 魔法が使えるとか大変羨ましい……と妬ましさ全開で「魔法を使う感覚」を訊いてみたところ、本人曰く「四枠の制限もなく技マシンで覚えまくった魔法ワザを、ボタンポチポチする感覚で撃ってるだけ」とのこと。ロマンの欠片もない表現(ある意味ロマンではあるがそこではない)にがっくりとしてしまったが、それでもやっぱり良いなーと思ってしまう悠斗であった。わかりやすいファンタジーなので。


 ……なお、美織の探索者用装備を調えるための出費で、雨宮が通帳を眺めながら遠い目をしていた。


「……悠斗。これからしばらく夕食の品を一つ減らすか、悠斗が明日ダンジョンで普段の倍稼いでくるか。どっちか選んで」

「………………稼いできます」


 育ち盛りの十六歳としてはご飯が一品減るのは大問題なのだ。雨宮は料理の腕が良いので、悠斗は彼女と同棲……シェアハウス? ……共同生活するようになってから食事が今まで以上に楽しみになっていた。ゆえに多少無理をしてでも稼がねば……と決意を固める。


「美織も探索者として稼げるように教導でもしようかと思っていたが、稼ぎ優先するからまた今度な」

「それは良いが……。刈谷、お前……すでに胃袋掴まれてんのな……」

「……今の生活、食べるのだけが楽しみなんだよ」


 ネット環境はあるので動画を見たりウェブ小説を楽しんだり、ということはできる。


 だが、動画は配信者活動を始めてから「研究対象」として見るようになって純粋に楽しめず、ウェブ小説の方は神がくれた翻訳の力によってどんな言語で書かれていてもするする読めるとはいえ、「知らない文字のはずなのに何の問題もなく読めてしまう」ことが気持ち悪くて読み物自体を避けるようになってしまった。


 しかし食事は日本にいた頃とほぼ変わらない――材料には見たことのないものがあるとはいえ、似ているものも多いし、雨宮が見慣れた料理にしてくれる――ので、問題なく楽しむことができた。


 金をかけた娯楽ができない(ソシャゲなどの無料ゲームは課金欲が抑えられそうにないので手を出していない)今、悠斗は日々の食事だけが癒やしになっていた。……ついでに言えば、慣れない場所でも食事が普段通りであることは、わりと大事な精神安定剤なのである。


 とまあ、若干大げさではあるが、その食事を用意してくれる雨宮に胃袋を掴まれているというのは、確かに美織の指摘通りなのかもしれない。


「……まあ、雨宮の作る飯が美味いのは同意だがな。ただあたしとしては、そもそも雨宮が料理できること自体が驚きだったんだが」

「美織はわたしにどんなイメージを持っていたのよ」

「料理はシェフが作ったものが毎日用意されているか、信者どもの奢りで外食してるイメージ」

「そんなわけないでしょ。……家ではいつもわたしがご飯作ってたわよ」


 少々意外ではあったが、機嫌を損ねられても嫌なので口にはしない悠斗であった。


 ちなみに悠斗は「女子っぽくお菓子作りが得意なんじゃね? そんでついでにご飯も作れる、みたいな」と方々に大変失礼なことを心の中で呟いていた。今の時代、変に切り取られでもしたら炎上しそうな話である。


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