第31話「先人の忠告」



 幸いにも個室なので周りの目を気にせず食事に集中できたが、貧乏舌なので「なんか高くて美味い」以外の感想が出てこなかった。


 食後のコーヒーで口の中をさっぱりさせていると、思い出したようにミーシャが切り出した。


「あ、もし生配信することに決めたら、ちゃんとSNSで宣伝してね。……そもそもHeyTubeヘイチューブのチャンネルと紐付けたアカウント作ってある?」

「それはあるぞ」


 ゆうが肯定すると、ミーシャは「その辺はしっかりやってたか」と感心して続ける。


「早めに日時も決めて、最低でも三日前には宣伝しといた方が良いわよ。数人でも、チャンネル登録してくれている人が来てくれると思うし。生放送で視聴者がゼロ人なのと一人でもいてコメント欄が動くのとでは全然違うから」


 アドバイスを全部覚えて帰るのは大変だな……と頭の片隅で考えていたら、横であまみやが素早く携帯端末の画面に指を這わせていた。メモを取っているらしい。その姿を見てようやく「あ、メモ帳用意すれば良かった」と気付いたお間抜けな悠斗であった。


 ミーシャはちらりと雨宮に視線を向け、メモを取る手に気を遣いつつ、


「あ、でもどうせつゼロになっても喋り続けてね。アーカイブから見る人のために無言はなるべく避けるように。……ま、いざとなったら私がプラベアカでコメントして誘導するから」

「え、見てくれるのか?」

「当たり前でしょ、アドバイザーなんだから。終わった後にすぐ反省会するわよ!」


 にこりと笑いかけてくるミーシャに、悠斗はひたすら感謝するしかない。


「あとは……段取りもきちんと考えてね。なるべく無言の時間を作ったり、ぐだぐだしたりしないようにする。視聴者は飽きるとすぐに動画から離れちゃうから。台本を書いておくと良いかも。ガッチガチに詰めるのはそれはそれで問題だけど、ある程度の流れは事前に作っておくのが基本かな」


 そこまで言い切ると、ミーシャはコーヒーを啜って喉を潤した。


「ま、生配信をするならだけどね。動画の方は……私、あんまり動画撮らないからアドバイスしにくいんだけど……そうね。とりあえず色んな人のを見て動画のテンポとかレイアウトのこととか勉強して、『見やすくて』『面白さがわかりやすい』感じを目指すのが良いんじゃない?」


「ごめん、動画形式に関しては素人同然だから言葉が軽いわ」と謝罪するミーシャだが、配信者歴一週間と少しな悠斗にとってはどんなものでもありがたい御言葉だ。しっかりと頭のメモ帳に書き込んでおく。


「あと……これはアドバイスというか、純粋な忠告なんだけど」


 とやや不穏な前置きをするミーシャに、悠斗と雨宮は反射的に背筋をピンと伸ばした。その様子にミーシャは薄く苦笑のようなものを浮かべて、しかしすぐに真剣な顔になる。


「大事になる前に、カップルチャンネルにでもしちゃった方が良いと思うわ」

「はあ……?」


 またカップルチャンネルの話か、と眉をひそめる悠斗。しかしミーシャは前と違って真摯な目でこちらを見つめており、ますますどうしてそんなことを言い出したのかわからなくなる。


「……それは、どうして?」


 眉を寄せながら問い返した雨宮を、ミーシャは紫苑の双眸で見返す。


「炎上対策」


 短く言って、ミーシャは小さく息を吐いた。


「……要は、人気になってから燃えるより、『もとからウチはこうなんですう』って言っちゃった方が良いよ、ってこと」

「それって……つまり、いつかは『あまみゃんチャンネルに男が関わっている』ことがバレるから、先に自分達から出しちゃえってこと?」

「そ」

「それは……」


 爆弾を抱え続けるよりも、先んじて叩かれる要素を潰しておけ、ということか。

 だがしかし、それだと――。


「……登録者、稼ぎにくくならないか?」


 苦々しい表情で言う悠斗に、ミーシャはゆっくりと頷いた。


「雨宮ちゃん一人で出るよりは伸びが鈍くなるかもね。でも、このまま悠斗くんが出ないよりかはリスクが少ないわよ」

「リスク……」

「キミたちの動画を見たときにすぐにわかったし、直接会ったから完全に確信してるけど……シャルちゃんって悠斗くんの使い魔なんでしょ? 動画では雨宮ちゃん……『あまみゃん』の使い魔って紹介してたけど」


 その通りだ。悠斗と雨宮は苦い顔で頷くしかない。

 肯定を受け、ミーシャは言葉を続ける。


「これ私のせいでもあるけど……私の動画にがっつりシャルちゃんが映っちゃってたのが問題になるかもしれない。悠斗くんがシャルちゃんの名前を呼ぶところも、使役するところもしっかりカメラとマイクが拾ってたから、いずれキミたちのチャンネルに辿り着いてしまう可能性もある……というか十中八九バレるよ」


 ミーシャは申し訳なさそうな雰囲気を醸していたが、カメラの前に飛び込んだの悠斗のは意志だ。そこを責める気にはなれない。


「……つっても、ネットでは微塵も話題になってなかったぞ? アーカイブも非公開にしてあるし、誰も気付かないんじゃないか?」


 探索者協会からの要請で、ミーシャはイレギュラーに遭遇したあの日の配信を非公開にした。ミーシャが設定を変更しなければ他人はあの日の配信を見ることはできないので、現時点で気付かれていなければ掘り起こされることはないのではないか――?


 そんな悠斗の甘い考えを打ち砕くように、ミーシャは告げる。


「すでにいくつもの切り抜きが上がっちゃってる。協会はHeyTubeの運営会社に削除依頼を出してるけど、拡散速度に追いついてないのが現状ね。こういうのは消そうとすればするほど増えるからさ……」

「あー……」


 ネットに上げられたものを消しても、すでにオフライン環境に保存されていたらどうしようもない。根本を断てない以上、再投稿されたものを見つけ次第消す、不毛なイタチごっこを続けるしかないのだ。


「でもま、成功してるカップルチャンネルも結構あるから、一概に稼ぎにくいとは言えないわよ」


 フォローするようにミーシャは言うが、悠斗の心は晴れない。


 ――『あまみゃんチャンネル』は、雨宮の魅力を全面的に押し出すことで人気を得ようとしていた。


 アイドル売りでは、男の影は御法度だ。言い方は悪いがいわゆる『ガチ恋勢』を量産することで固定ファンを獲得し、定着率を上げるのが主流の戦法。「生配信の同時接続者数どうせつが高い」というのはある種のステータスであり、「人が多いということはこの配信は盛り上がっている=おもしろいんだな」と思わせてさらなる人を集めやすくなる……というような効果も期待できる。


 だが――。

 もちろんこのやり方にもいくつかリスクとデメリットがある。


「ぶっちゃけアイドル売りってさ。集金はし易いけど、リスクがデカすぎるし、制約も多いから動きにくいんだよね」


 今をときめく大人気アイドル配信者様は、吐き捨てるようにそう言った。


「男の配信者とコラボはしにくいし、戦い方や場合によっては挑むダンジョンも制限される。ダンジョンで男の探索者とすれ違ったときに笑顔で挨拶しただけで燃えかけたときは思わず笑ったわ。目と目が合っただけで妊娠するわけねえだろお前の性知識幼稚園児かッ」


 暗い笑いを零すミーシャに、悠斗たちは黙るしかなかった。


 ……清純派アイドル系、アイドル系だが芸人枠、など違いがあるので一概に言えるわけではないが、売り方によっては厄介な制約を課される、あるいは自ら課す必要がある。それによって「自由に楽しく」できなくなることは――しかし、仕方ないのではないか?


「……そうだね、この売り方を最終的に決めたのは私だから、仕方ないんだけどね」


 悠斗の顔から考えを読み取ったのか、あるいは彼女の中でなにかしらの思考の流れがあったのか。どこか諦めたように薄く笑って、ミーシャは独りごちるように吐露する。


「確かに人間関係なんてどんなことしてても気にしなきゃいけないものだよ? でもさー、ピンチの人を助けたらその人がネット上で攻撃されて、逆に私が助けてもらっても助けた奴を特定しよう攻撃しようって……なんだそりゃ。みんな無事だったからヨシ! でいいじゃん。文句なんて外野が言うことじゃないし、いや助けられて文句言うのは間違ってるんだけどアレは明らかに私らも巻き込まれてたし……ってそうじゃねえわ。あーホント、私に姫プとか無理なんだわ。向いてなさすぎる」


 支離滅裂で一本筋の通った言葉ではなかったが、ミーシャは吐き出すことで少しだけ心の整理ができたのか、多少は顔を明るくして微笑を作った。


「ごめん、変な愚痴聞かせちゃった。……私が言いたいのはね、アイドル売りのメリットだけ見るなってことと、隠し通せない嘘は早めにバラしておいた方が傷が浅くて済むよってこと」

「……、」

「キミらが何のために配信者をしてるのかは知らないけど……。もし『楽しんでやりたい』って思う心があるのなら、気楽にできる道を選ぶのもありだと思うよ」


 ――悠斗たちの目的は、神に課された条件である『一年以内に、配信者として登録者百万人を達成する』ことだ。達成できなければ足りない分だけその後の人生にペナルティが科され、半分にすら届かなければ死ぬ。


 であるならば。

 楽しさは、要らないだろう。命がかかっているのだ。余計な感情を優先して目標達成が遠のくなど、あってはならない。


 少なくとも、悠斗の意志は、そのように固まっていた。


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