第30話「配信勢と動画勢」



「ん。それじゃ早速なんだけど……」


 ニッコリ笑顔で(強引に)空気を切り替えたミーシャは、力のこもった目をしてゆうあまみやを見つめる。


 おおこれが登録者を百七十五万も抱える大人気配信者様の眼力か……と密かに戦慄する悠斗。雨宮の方も雰囲気に当てられたのか背筋を伸ばしている。


「キミたちのチャンネル確認したんだけど、動画しかなかったね。それも基本的に軽ーい企画もの? んまあ、インパクトが薄いとかとっかかりが少なくてクリックしないんじゃねえのっていう簡単な指摘はできるけど……」


 その簡単な指摘とやらでもだいぶダメージが大きかったのだが、成功者からのありがたい御言葉なので頑張って受け止める悠斗と雨宮。そんな配信者レベル一な二人に対し、ミーシャは確認の意味を込めて言う。


「生配信ってしたことある? アーカイブに残してないってだけじゃなくて、もしかして一回もしたことない?」

「……、ないです」

「わお」


 その驚きの声に乗っている感情は果たしてどんなものか。「こいつらマジか配信者舐めてんの?」なんてものだったら本格的に心が折れそうだ。……言われていることはおりの指摘と同じはずなのに、どうしてこうも精神ダメージが大きいのだろう。相手が相手だからか?


 思わず目を逸らしてしまった悠斗に、ミーシャは特段呆れたわけでもなくいっそ気楽な調子で言葉を並べる。


「昔はダンジョンで動画を撮ってネットに上げる人が少なかったから、ダンジョンをただ歩くだけの動画とか、なんてことない風景を写したりモンスターを見せたりするだけでも見てもらえたけどさー。今は飽和時代というか、ダンジョン配信というコンテンツ自体がレッドオーシャンだからね。下手すりゃ炎上するようなあんまりにも過激な企画は別として、専門的な解説やド派手なオリジナル魔法、トンデモ武芸の披露でもなければ視聴者は動画形式を触らなくなっちゃったのよ」


 実際のところ、それ以外の動画形式が全く注目されないわけではない。


 だが、新規参入者が再生数と登録者を稼ぐのに適しているかと言えば、否。少数の需要を満たすものはすでにパイの切り分けが終わっていることが多く、そうでなくとも悠斗たちが一年間で登録者百万人を目指す以上、潜在的視聴者の少ないジャンルで戦うのは良くない。


「多くの視聴者が求めている」ということは潜在的な視聴者が多く、一度火が付けば多くの視聴者を呼び込むことが期待できる。パイが大きい場所で勝負しろ、とミーシャは言っているのだ。


 ……まあライバルが多く強力であるのもまた事実ではあるのだが。


「アイドル売りするなら生配信をすべき、ってことか?」

「ん。ダンジョン配信でアイドル的な見せ方をするなら特にライブ形式の配信が良いわね。最初にでっかくバズった人がそのスタイルだったってのが大きいんだけど……」


 ダンジョン配信で人気の内容は「高難度挑戦系」「解説系」「アイテム紹介系」などいくつかあるが、今の雨宮の売り方は「アイドル系」だ。この表現が的確かは微妙だが、要は配信者自身の魅力を前面に押し出して視聴者を集める形式であり、この売り方をする配信者は生配信を主戦場にすることが多い。挑むダンジョンの難易度は様々だが、初級~中級範囲でわちゃわちゃやっているのが一番楽しく見られて人気だ。ミーシャもこの形式であり、だからこそ提案したのだろう。


 生配信の強みは「視聴者との距離が近い」こと。リアルタイムでコメントに対応すれば視聴者は「配信者とコミュニケーションを取っている」という感覚を味わうことができて、これは固定ファンの獲得に繋がりやすい。


 ……とはいえやり直しが利かないし同時接続者数を維持するのは大変だし、と配信者本人の力量が試されるので、動画形式よりも全面的に優れているというわけではない。


 ミーシャは一度グラスを傾けて薄緑の液体で唇を湿らせると、「もしくは」と悠斗に視線を送って続けた。


「悠斗くんが動画に出るなら、高難度攻略系もできると思う」

「『あまみゃんチャンネル』は雨宮がメインで、俺は裏方だから、それはできないな。……というかそもそも俺の実力じゃあ高難度攻略なんて無理だろ」


 この場合の「高難度」とは、ダンジョンのレベルで表わすなら「上級」以上のことを指す。


 悠斗が先日挑んだ『愚者の墓場』は「中級」。イレギュラーに遭遇しなければ、シャル抜きでもソロ攻略はできる(悠斗はシャルとの契約によって強くなっているので厳密にはシャル抜きではないが)。


 しかし「上級」ダンジョンで通用するものではない、と悠斗は自分の実力を冷静に分析していた。特に技術も知識も未熟なのが問題である。悠斗は探索者として三週間程度しか活動していない若葉マークだ。つまるところ「数値ステータス的には強いが、練習してないからプレイヤースキルがゴミ」状態である。


 シャルとの契約の恩恵だけでは、上級ダンジョンで待ち受ける厄介な罠や狡猾なモンスターどもを相手にするのは厳しい。そんな悠斗の事情を知らないミーシャは、軽い調子で言ってのける。


「んー、キミとキミの使い魔であれば、いっそ最上級にも挑戦できると思うんだけど……。『最上級ダンジョンの階層ボスにソロで挑戦!』とかなら動画でもかなり再生されるまわると思うよ?」

「……最上級ダンジョンの階層ボスクラスって、ダークドラゴンレベルだろ? さすがに無理だって」

「あー、そっか……」


 先日のイレギュラーを思い出したのか、ミーシャは表情を歪めた。


「にゃ(アレは妙な強化がかかっていたから、実際の最上級レベルの階層守護者ボスがアレと同等の強さとは限らんがな)」


 店に入ってからずっと黙っていたシャルが小さく鳴いたが、シャルの思念は契約者である悠斗にしか伝わらない。だが誰の返事を期待していたわけでもないようで、シャルは悠斗の膝の上で眠るように体を丸めてしまった。


 話に参加する気のないお猫様は置いておいて、悠斗はミーシャに言う。


「というか、『あまみゃんチャンネル』は雨宮がメインだからな。俺が画面に出るわけにはいかねえよ」

「ならやっぱり、生配信が良いんじゃない? 生配信のライブ感は視聴者も盛り上がりやすいし」

「うーん……」


 悠斗が唸ると、ミーシャは首を傾げて、


「なにかやらない理由でもあるの?」


 ミーシャの問いに、悠斗は渋い顔をして、美織に聞かれたときと同じ答えを返す。


「……雨宮がピンチになったとき、男の俺だとフォローできないから。生配信だとカットなんてできないし……まあ咄嗟にレンズを隠してミュートにする練習をすれば良いんだろうが……事故が怖いからな」

「アイドル売りの子でも、案外護衛として男の探索者を連れてることも多いわよ?」

「そうだとしても、実際に写るのはマイナスになるだろ」

「それはそう。特にガチ恋勢のアンチ化は対処がめっっっっっちゃ大変」


 とても実感のこもった御言葉である。「ミーシャちゃんの信者は掲示板BBSで暴れてるわよね」と雨宮がミーシャに聞こえない程度の声量で呟いた。


「……まあでも、キミの使い魔がいればなんとかなるんじゃない?」


 と、美織と同じことを言われ、悠斗は「むむむ」と唸りながら腕を組む。


 ……もともと、生配信をする予定はあった。というか生配信のために「喋り続ける練習」をちょくちょく雨宮にさせていた訳だし、いつかはやる気だったのだ。


 ただ、いざやろうとすると、様々な問題点が浮かび上がってきて、躊躇してしまう。


 いや――ただの言い訳か。

 要は怖いのだ。生配信をすることが。何か取り返しの付かない事故を起こしてしまいそうで。


「……、わたしも怖い」


 と、わずかに訪れた静寂を破って、雨宮が呟くように吐き出す。


「トークが上手くできるか不安。コメントで変なことを言われたら嫌。情けない姿を見せるのが……編集で誤魔化せないのが、怖い」


 すでに充分情けない姿は動画に映っているだろ、などと茶化せる雰囲気ではないので口を噤む悠斗。


 その美貌に暗い影を落としながら、雨宮は続ける。


「それに……一度生配信をしちゃったら、その形で続けなきゃいけないような気がして……」

「うーん? 別に生配信だけをやれってわけじゃないわよ。生配信がメインでもコンスタントに動画を出してる配信者もいるし。切り抜きを出したって良いわけだし」

「ちがくて。その……」


 言いかけて、雨宮はちらりと悠斗に視線を送ってきた。どういう意図なのか理解できなかった悠斗は首を傾げるしかない。


「……ううん、やっぱりなんでもない」


 と、雨宮はゆるゆると首を振った。どう見てもなんでもなくない表情だが、悠斗には彼女が何を危惧しているのか察することができず、眉をひそめるばかりであった。


「んー、まあそこら辺はよく二人で話し合ってもろて。もし二人だけで解決できないなら電話でもメールでもしてくれれば私も相談に乗るし」


 ミーシャは空気を切り替えるように明るく言って、最後にこう締めくくった。


「生配信に挑戦するか、あるいは動画形式で続けるなら企画や編集をもっと凝ってみる。私的には前者を薦めるけど――『ミーシャ』がそもそもそのやり方だし。でもまあ、動画形式でもできる限りはアドバイスするわよ。……ただ、最後の選択はキミたちでしてね。私はあくまでも、アドバイザーだから」


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