第29話「実は年上のおねえさん(笑)な配信者」
ミーシャとの約束の日。
「リア充、死ねッッッ!!」
親指を下に向けるジェスチャー(なぜか異世界でも共通だった)をするミーシャに、悠斗と雨宮は無言で首を捻る。シャルは呆れたように「にゃあ」と鳴いた。
……とりあえず個室の防音性能が高いことを期待した。高級店の店員さんになんて怒られたくない。
「いや、いきなりどうしたんだ?」
「キミには失望しました。まさか悠斗くんが絶世の美少女とイチャコラカップルチャンネルをしているとは思わなかったわ」
「してないが?」
「カップルチャンネルなんてやってないわよ!」
すぐさま悠斗と雨宮が反論するが、やさぐれミーシャは「ケッ!」と唾でも吐き捨てるような反応をみせる。
「……ちょっと悠斗。あんた、ミーシャちゃんにわたしたちのチャンネルをどんな風に紹介したのよ?」
じとっと睨みながら囁くように問いかけてくる雨宮に、悠斗は「別に変な伝え方はしていない……はず」と記憶を探りつつ、冤罪を晴らすために口を動かす。
「ただチャンネルの名前を教えただけ……だぞ?」
「ならなんであんな反応されるのよ。ホントは誤解されるようなこと言ったんじゃない?」
「言ってない言ってない」
ぶんぶん首を横に振る悠斗。雨宮の視線はなぜか鋭くなった。
そんな悠斗たちの様子を見て、ミーシャが声を上げる。
「なーにイチャイチャしてんのかな! くそッ、せっかく私にも王子様が現れたと思ったのに……」
「は?」
なに寝ぼけたこと言ってんだコイツ、と声に出さない良識を悠斗は持ち合わせていた。
「夢でも見ていたのかしら? 可哀想な人」
なぜか雨宮は声に嘲りを乗せ、見下すような角度でミーシャを見据えた。視線を受けたミーシャは「うぎぎぃッ」と奥歯を噛みしめる。
「……とりあえず、座ろうぜ」
未だに入り口付近に立ったままだったので悠斗が促すと、ミーシャはやや乱雑に、雨宮は心なしか愉快そうに席に座った。悠斗は雨宮の隣に座り、シャルが膝の上に乗っかる。
正面で向かい合うことになった悠斗とミーシャの目が合う。ミーシャは深く溜息を吐いた。
「プライベートで男の子と通話するなんてひさしぶりだなー、なんてちょっとドキドキしてたら、出たのが知らない女の子だったときの衝撃は悠斗くんにはわからないでしょうね……!」
「……なに? もしかして電話かけてたのか?」
ミーシャに教えた番号は悠斗たちの共有の端末のものだ(というかそもそも端末を一つしか持っていない)。携帯端末は雨宮が専有しているので、電話がかかってきたときに応じるのは基本的に雨宮になる。
意図せず電話係をしていた雨宮は、なんてことないような調子で白状した。
「昨日の夜にかかってきてたわよ。『明日のデー……じゃなくてお食事会だけど、悠斗くん苦手なものとか大丈夫……?』なんて寒気がするような猫なで声でね」
「ああああああヤメロこの性悪女ぁッ!」
「『デートじゃないけど、あいつは基本的に何でも食べるはずだから大丈夫よ。いつもわたしがご飯作ってるからちゃんと把握してる』って返しておいたわ」
「こいつ的確に牽制してやがる……強すぎる……勝てないのは見た目だけじゃないのか……!」
……なんか知らないが攻防戦があったらしい。というか連絡があったなら雨宮は報告くらいしてほしかった。大事なアドバイザー様なのだし、その対応に不備があって契約を打ち切られたら嫌すぎる。
「いやでも私の方がおっぱい大きいからワンチャンあるんじゃね?」
「は? ぶち転がすわよピンク頭。今のトレンドはバランス、わたしみたいな黄金比的な釣り合いが大事なのよ」
「いやいや悠斗くんは案外年上のおねえさんの魅力に弱いかもしれないし、こう、オトナな感じで迫ればコロッといくのでは……?」
「ぐ……あながち間違ってもないからたちが悪いわね……!」
勝手に人を年上趣味にしないでほしい。……いや確かに年上のおねえさんに惹かれるのは事実だが。というかなんで雨宮に嗜好を把握されているんだ……?
気付かぬうちに性癖の全てを丸裸にされているのではないかと戦慄する悠斗を
なんか高そうな(としか悠斗にはわからない)グラスとなんか良い匂いがする薄緑の飲み物(名称不明)が入ったボトルがテーブルに置かれると、ミーシャが、
「見た感じ、悠斗くんはこういうお店苦手かな? まあ私もそんな得意じゃないから、ほどほどにしましょうか」
と言って、何事か(恐らく注文?)店員に伝える。すると店員は恭しく頭を下げてから退室した。
ミーシャはボトルのコルクを外し、中の透明度の強い液体をグラスに注ぐ。
「……ちなみにこれアルコールは……?」
「入ってないわよ。私まだギリ十代だし、キミらも未成年でしょ?」
簡潔に答えるミーシャに、悠斗はほっとしながら自分のグラスを受け取った。
この世界――というか悠斗たちが今いる国では成人年齢が十八歳で、酒が飲めるのは二十歳なので日本と同じだ。悠斗の年齢はミーシャに伝えていないと思うのだが、見た目だけで正確に割り出したのか……?
「昨夜、そこの美少女に聞いたのよ。キミらまだ高校生なんでしょ?」
「ああうん……中退扱いだけど……」
「ま、詳しくは聞かないわよ。色々あるんでしょうし」
やむにやまれぬ事情(異世界転生)など説明できないので追求されないのはありがたい。
「十代でダンジョン配信者やってるのなんて、基本的にぶっ飛んでる奴だからね。知り合いの配信者も学校にミニヒュドラ解き放って退学になった奴とか、色んなスライムを配合して虹色の巨大スライムを作って校舎水没させた奴とかいるし」
「んなぶっ飛んだことはしてないが……。もしかして
「失礼ね、私は常識人よ。ダンジョン配信者の中では感性が一番一般人に近いわ」
果たして彼女の
ともあれ。
一杯おいくらなのか怖くて確認できないマスカット風味のドリンクで喉を潤しつつ、悠斗は気を取り直して話を切り出す。
「ミーシャ。アドバイスの件なんだが……」
「うん。……っと、その前に一応自己紹介しとく?」
ミーシャが視線を向けたのは雨宮だ。そういえば雨宮とミーシャは初対面か、と今更ながらに気付いた。電話で話したことはあるようだが、きちんと顔を見て名乗り合った方が良いだろう。
「そうね」
雨宮が頷くと、先にミーシャが名乗った。
「ミーシャ・キースリングよ。配信歴は二年くらい。しばらくキミたちのチャンネルのアドバイザーをすることになったわ。よろしくね」
パチンッとウインクを飛ばすミーシャ。本名で活動していたのか、と悠斗は少しだけ意外に思った。
視線から悠斗の内心を読み取ったのか、ミーシャはこちらに目を向けて、
「私、高二のときに配信活動始めたんだけど、通ってたのが探索者を育成する学校だったんだよね。で、当時、配信でお小遣いを稼ぐのがめっちゃ
「最初は『みりん』っていう結構可愛い名前だったんだけどなー」と言って唇をすぼめるミーシャ。知り合いにネット上で本名をバラされるとは、なんとも悲しいことだ。友情に罅が入るなんてレベルじゃない。……この場合、彼ら彼女らに友情があったかのかは悠斗には知る由もないが。
ともあれ、ミーシャの自己紹介が終わったと判断した雨宮が口を開く。
「わたしは雨宮
雨宮が自分を「底辺」と卑下するのは珍しいシーンかもしれない。
などと意外に思うよりも「誰が唐変木じゃい」という文句の方が先に口から出ようとするが、どんなチクチク言葉が返ってくるのかわかったもんじゃないので半眼を向けるだけに留めておく。
するとミーシャが、
「名前からしてキミもやっぱり東の人?」
「え? えっと、まあ……たぶん?」
「やっぱそうなのかー。まあ異世界が東にあるのかは知らんけど」
バレてーら。
「……ねえ、異世界人とか転生者って内緒にしてた方が良いんじゃないの? ちょっと調べたことがあるんだけど、この世界、あんまり異世界に良い印象抱いてない人が多いみたいだし」
悠斗の耳元に口を近づけて囁く雨宮に、悠斗は密かに冷や汗を垂らしながら弁明する。
「お、俺のせいじゃない……
「ふぅん……口止めした方が良いんじゃない?」
「ああ……でもまあ、ミーシャは好き勝手に拡散するような人じゃないと思うけどな……」
「へえ……会ったばっかなのにそんな信頼してるんだ」
じとっとした視線が飛んでくるが、悠斗は上手い返しが思いつかなかった。
「ちょっとそこ、イチャイチャしない」
「してないわよっ」
ややトーンの低くなったミーシャの突っ込みが入る。いつの間にか密着するような距離になっていたことに気付いた雨宮が、悠斗の顔を横からぐいっと押しのけた。酷い扱いである。
「……キミらその距離感で本当にカップルじゃないの?」
「違うから。こいつはその……一緒にチャンネルを盛り上げるためのパートナー……みたいなものだから」
「ふーん?」
なにやら含みのあるミーシャの声だったが、
「ま、裏でどうなのかはともかく、カップルチャンネルじゃないことくらいはわかっているわよ。キミたちのチャンネル見たし」
そもそも今日はアドバイスを聞くために会っているのだから、事前にミーシャが『あまみゃんチャンネル』を見ているのは当然と言えば当然か。でなければアドバイスなんてしようがないのだし。
「ちょおーっとムカつくことが重なった上で、悠斗くんがトンデモ美少女なんて連れてくるからはっちゃけちゃったわ。ごめんね」
「はあ……」
「でもキミらの様子を見て本当にカップルなんじゃないかと思ったのも事実だけどね。……逆にそれで割り切れたとも言えるけど」
「はあ?」
「あはは、なんでもない」
誤魔化すように笑ってから、ミーシャは真剣な顔を作って、
「……キミらが異世界人云々ってのも、誰かに言ったりはしないわよ。そういう趣味はないし」
「え、あ……それは、ありがとう」
悠斗は一瞬虚を突かれた顔になったが、素直に感謝を述べる。するとミーシャは苦笑を浮かべて、
「別に私自身が異世界をどう思ってるとかはないんだけどね。積極的に関わりたいものでもない……というか面倒だから関わりたくなくなったし。聖剣ハーレムのせいで」
「はい?」
何やらおかしな単語が登場した気がして悠斗が首を捻ると、ミーシャは光の消えた目になった。
「……あんのクソ王女様どんだけDM送ってくんのよ。しかも私が聖剣野郎に惚れたみたいな書き方しやがって……テメェの感性でこの世の全ての女性を測るんじゃねえよ、むしろテメェは少数派だろ異世界かぶれがぁ……!! っち、自分らは男囲んで幸せですぅ特別なイケメンとベタベタできてしかもゲームみたいな事件の解決をして町の人からもちやほやされてるんです良いでしょあなたも一緒に来ない? ってうぜぇえええええええッッッ! 私は別にちやほやしてくれる男が欲しくて配信者してるんじゃねえよ! 国の財産貢いだあげく男から捨てられてリアルから
なにやら抑えきれない闇があるのかヒートアップしながら毒を吐くミーシャだったが、悠斗が(若干引きながら)困惑の目で見ていることに気付くと、わざとらしく咳払いをした。
「おほん。まあその……異世界がどうとか私はなんも突っ込まないけど、約束通りアドバイザーはするから安心して」
「あ、はい……ありがとうございます……」
ニコッと笑っているのが逆に怖いな、と悠斗は思った。
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