第28話「肥だめ生主」



 おりに殴りかかっても「ポカポカ」といった調子で、まるで幼児が駄々をこねるみたいなアクションにしかならず、体力がゴミなあまみやは五分ほど暴れた末に力尽きてしまった。自分が投げたクッションを拾うと、ぶすっとした顔でそれを抱き締めて座る。


 美織は苦笑しつつ、話を切り出した。


「話を戻すか。……ミーシャさんにアドバイス聞くときに、ついでに次の企画を出してみて、それに対する意見も聞いてみたらどうだ?」

「ん? そうだな……」


 美織の提案に頷き、ゆうはPCでテキストソフトを立ち上げる。いつも動画のネタを書き出しているファイルを呼び出し、内容をざっと眺めながら口を開く。


「とりあえず……いつもの『リューレン地下洞窟』は再検査だか何だかで封鎖されてるから、どこか初級のダンジョンを探すか。できれば動画にできなかった卒業試験的なやつのリベンジをしたかったけど、閉まってるなら仕方ない」

「中級には行かないの? だいたいのダンジョン配信って、中級以上でやってるじゃん」

「あのな、雨宮……お前が今のまま中級ダンジョンに挑んでも置物にしかならないだろ。初心者ダンジョンを突破したとはいえ魔宝石マギジュエルのごり押しだったんだし」

「むぅ……それはそうだけど」


 シャルがいれば問題ないことは、生活費稼ぎのためのダンジョンアタックで理解している。だが初心者ダンジョンのときよりも「雨宮が何もできない」というを撮るのは、さすがにいただけない。


「なんでリューレン封鎖されてるんだろうな……あたしのことが気付かれたのか……?」

「にゃん(さあな。だが恐らく大丈夫だろう、コアと貴様の繋がりはその痕跡ごと消してある)」

「……だよな? でも不安だ……死にたくねえ……」


 なにやらシャルと美織が別のことに意識を持って行かれているようなので、悠斗はわざとらしく咳払いを一つ。こちらに視線が戻ってきたことを確認して、話し出す。


「企画内容は……まあ『新しいダンジョンに挑戦してみた』ってだけでも良いか?」

「わたし、リベンジしたい」

「リューレンは閉まってるから無理だつったろ」

「ちがくて。あのときと同じように、一気にダンジョンを攻略するやつをやりたい」

「あー……」


 あのときと同じ企画……だとすると、また高価な魔宝石マギジュエルを用意する必要がある。正直財布的には大ダメージなのだが、せっかく雨宮がやる気なのだ。背中を押してやりたいところだが……。


「初挑戦でいきなりクリアを目指すのは、さすがに危険すぎるな」

「そう? でも、初級なんでしょ?」

「具体的な場所は決まってないが、難易度的にはリューレンより少し難しい程度にするつもりだ。けどお前、リューレンのゴブリンやスライムにも魔宝石マギジュエルがなければボロ負けするだろ? そんな実力で初見クリアは無謀すぎる」

「ぼ、ボロ負けはしないわよ。わたしだって日々進化してるんだから」


 などと反論しているが、視線が合わないので雨宮自身も自分の実力では無茶だと悟っているのかもしれない。


 と、そこで美織が「あのさ」と口を挟んできた。悠斗と雨宮が目を向けると、彼女はどこか不思議そうな顔で言う。


「お前ら、生配信しないの?」


 美織の言葉に、悠斗と雨宮は二人して視線をそむけた。

 そしてそれぞれに言い訳を並べる。


「いやその……事故が怖くて」と悠斗。

「トークに自信がない」と雨宮。


 二人の様子に、美織は呆れたように溜息を吐いた。


「ダンジョン配信で稼ぎたいなら、生配信するのが一番だろ。軽く調べたんだが、お前らみたいな売り方をするなら、動画よりも視聴者とのやりとりがしやすい生配信の方が盛り上がるし」

「うぐ……それはそうなんだが、いざというときのフォローが生配信だとできないんだよな……」

「なんでだ?」


 半眼のまま首を傾げる美織に、悠斗は苦虫を噛みつぶしたような顔で答える。


「男が出たら炎上するだろ」

「……クソ猫様ならどうとでもできると思うが」


 確かにシャルがいれば大抵の危険ははねのけられる。だが、それでも絶対はないのだ。


「お前はカメラ持ってるだけで良い、なんかあったらあたしがカメラの前に出るから。あたしなら燃えないだろ?」

「それは……まあ」


 悠斗が完全に納得しないまでも一応の理解を示すと、美織の矛先は雨宮へと移った。


「んで雨宮。お前は……そうだな、とりあえずコメントに反応する練習をしろ」

「えっと、どういうこと?」

「生配信は視聴者との対話も重要な要素だからな。コメントされたら、なにがしかのリアクションをする。まずはそれができるようにしろ」

「う、うん。わかったわ」


「お前らの登録者数だとコメント欄も全く動かないだろうが……マジで何もコメントされなかったら、あたしがアカウント作って適当に打つから、それに対応しろ」

「あ、ありがと。……でも、コメントに反応するって、どんな感じにすれば良いの?」

「そんな難しいことじゃねえよ。普段トモダチと会話するような感じで良いし、なんなら煽りまくっても良い。お前のキャラじゃないだろうが、いつかはそれなりのプロレスもできた方がコメント欄をコントロールしやすくなるし……ってかり、何だその顔」


 悠斗が少々呆けた顔をしていると、美織は言葉を切ってギロリとこちらを睨んできた。


 悠斗は肌を刺す視線の強さに若干の恐怖を覚えながら、


「なんというか……美織、詳しいな?」

「うるせえ。ちょっと調べただけだ」

「いやいや、ちょっとってレベルじゃないだろ……なんというか、実感のこもったアドバイスだったし」

「は、はあ!? んなわけねーだろ変なこと言うなよな! あたしが配信したことあるなんてお前のキモい妄想を口にするんじゃねーよキモいなッ」


 鼻息荒くそう捲し立てる美織に、悠斗は「す、すんません……」と謝るしかない。


 ……というかこの反応、もしかしたら美織は日本にいた頃に配信活動をしたことがあるのかもしれない。皆に内緒にしているのは、黒歴史なのか、ただ単に恥ずかしいだけなのか……。


「んんッ! と、とにかく……トークは回数こなして慣れていくのが一番だからな。まずはやってみろ。案外なんとかなるもんだぜ」

「うん……」


 もの凄く「経験者からのアドバイス」という感じの言い方に、雨宮は苦笑を浮かべた。


「ちなみに美織、日本ではなんて名前で活動してたの?」


 雨宮はド直球に切り込んだ。


「なななななにを言ってるのかわわわわからないが!?」

「すっごい動揺するわね。教えてくれたら見に行ったのに」

「お、教えるわけねえだろ、クラスでのあたしの立ち位置的に! ……というか、雨宮にあんな肥だめを見せるのはさすがにやべえし」


 果たしてどんな配信をしていたのか気になるところだが、とりあえず配信経験者なら役に立ってくれそうなので悠斗は刺激しないことにした。


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