第27話「運動神経が壊滅的だと暴力系ヒロインにはなれないと思う」
中級ダンジョン『愚者の墓場』でミーシャを助けた、次の日の昼過ぎ。
昨日のことで、ネット上でなにか『あまみゃんチャンネル』が話題になったか――特にない。当たり前か。ミーシャのカメラの前でチャンネル名を出さなかったし、悠斗自身『あまみゃんチャンネル』で顔出しをしている訳ではない。ただ、もしかしたらシャルのことで何かしら突っ込まれることを予想していたのだが――今のところ何もなかった。
「……知られてないから話題にもならない、か」
単純にミーシャを「知っている」人間は、百七十五万の登録者だけではない。実際にはそれ以上の「知ってはいるけど、チャンネル登録まではしていない」人間がいる。そしてイレギュラーを映し出す配信ということでさらに視聴者が集まっていた。――それでも悠斗の使い魔シャルが『あまみゃんチャンネル』に出てくる黒猫と同じだと気付き、疑問を呈す人間はいない。その程度の知名度だから。
……あと、最後に登場した
『あまみゃんチャンネル』とは結びつかなかったが、一応悠斗とシャルが話題に
「まあ仕方ない、か……」
なんで異世界に転生してもクラスメイトに悩まされなければならないんだ、と不満には思う。せっかくウェブ小説みたいな「アイドル配信者のピンチに都合良く駆けつける」なんてことができたのに、それによって手に入れられる知名度は剣崎に持って行かれた。
だが、命を助けられたのは事実だから文句は言えない。
……ちなみに悠斗も剣崎に対してお礼をしようとしたのだが、剣崎に「キミからお礼をされるようなことではないよ」などと言われ、その後「もし魔王に関する情報を手に入れる機会があったら教えてほしい」と連絡先を渡された。借りを作ったままのような気分は早く払拭したいのだが、異世界でも一般ピーポーでしかない悠斗がそんなもの手に入れられるわけがないので、一生借りを返せず終わるかもしれない。そもそも魔王なんているのかよ、ウン百年前に滅んだんじゃないのかよ。
「……ん?」
と、パソコンに通知が表示された。メールの受信を知らせるものだ。
メールソフトを立ち上げ、確認すると――送り主はミーシャだった。
ミーシャにはこちらの連絡先として、
『お礼のアドバイスについて、直接会って話したい』
要約すると、そういうことだった。
これに加えていくつか日時の候補が書かれており、大丈夫なものを教えてくれとのこと。
悠斗は壁に掛けられた紙のカレンダー(ほとんど予定が書かれていない)を確認し、ついでにいつどこで買ったのか不明な巨大クッションの上でゴロゴロしながら携帯端末で動画を見ている雨宮に声をかける。
「雨宮、明後日の昼になんか用事あるか?」
「んー? ないと思う。あ、動画撮るの?」
「んや、ミーシャと会ってくる」
「は?」
何やらドスの利いた声が聞こえたが、とりあえず一番早い日にちを指定してミーシャに返事をする。するとすぐに了解のメールが返ってきて、そこには待ち合わせ場所の詳細も記載されていた。
「ちょっと、どういうこと? なんでミーシャちゃんとあんたが会うことになるのよ」
「昨日、帰ってから言ったろ? ミーシャにアドバイス貰えることになったって」
雨宮に答えつつ悠斗はカレンダーに新しい予定を書き込み、「重要!!」とばかりにぐるぐる赤線で囲んで強調しておく。
「……わたしも一緒に行く」
「は? ミーシャに会いたいのか?」
雨宮がたまにミーシャの動画を見ていることを悠斗は知っていた。ゆえに「ファンとして会ってみたいのか?」と聞いたのだが――。
「そうじゃなくて……」
どうしてか雨宮は言いよどみ、しばらく視線を彷徨わせた。
「……ほら、『あまみゃんチャンネル』はあんただけじゃなくて、わたしのチャンネルでもあるでしょ。それにわたしが一番カメラに写ってるんだし、アドバイスは直接聞くべきじゃない?」
「まあ……そうだな」
言ってることは正しいので納得し、悠斗は同行を認めた。
ついでに台所で片付けをしている
「美織は?」
「あたしはパス。めんどい」
バッサリ切り捨てる美織。
……美織にも何か動画撮影に協力させたいのだが、今のところ役割は決まっていない。一度冗談交じりに「百合営業でもしてみるか?」と提案したのだが、美織からは率直に「死ね」とゴミを見る目で言われ、雨宮からは無言で張り手が飛んできた。ぺしって感じで全く痛くなかった。
「……というか、本当にミーシャちゃんからアドバイスを貰えることになったの?」
雨宮はイマイチ信じ切れていないのか、疑いの目でこちらを見てくる。
「本当だぞ。助けられた礼がしたいって言われたから、なら俺たちのチャンネルのアドバイスをしてくれって頼んだ。快く了承してくれたぞ」
「ふぅん。……あの超・格好付けでも、キモがられなかったのね」
「ぐっ……い、いや、あれはカメラに写る上でちゃんと
「格好付けたのは事実でしょ? 普通にキモかった」
正面からキモいとか言われると泣きたくなる。女子高生の「キモい」はもはや戦略兵器である。悠斗の心は死んだ。
「……冗談。ちょっとは格好良かったんじゃない?」
こちらに顔を向けず、ぼそっと呟く雨宮。だいぶ心臓に悪いのでやめてほしい。……美しい金髪の間から覗く雨宮の耳が少しだけ赤く熱を帯びていたのを指摘するような余裕は、悠斗にはなかった。
「動画見ながら『キモいキモい』言ってたが、わりと雨宮は目ェキラキラさせてたよな」
などとニヤニヤしながら言う美織に、雨宮から抗議のクッションが飛ぶ。ちなみにヒットせずに美織の足下にぽすんと落ちた。深刻な筋力不足である。
「あー写真でも撮って見せてやりたかったなー。こいつ、まるで恋する乙女みたいな顔だったんだぜ?」
「美織、あんたの目腐ってるんじゃないの? 誰が悠斗の格好付けを見てそんな反応するのよ。まあ多少は? 良い感じに写ってるなーとは思ったけど??」
「刈谷の腹に穴が空いたときなんて、この世の終わりみたいな取り乱し方してたよなー」
「知ってる人が死にそうな場面を見たら誰だってそうなるわよ」
「そうかぁ? 刈谷だから特別ショックを受けてたんじゃないのか?」
「……まあ、ショックが大きかったのは事実だけど」
雨宮はそう認めてから、キッと悠斗に対して鋭い視線を向けてきた。
「でもそれは、『条件』達成のためのパートナーが死んだら嫌っていう至極真っ当な理由があったからよ。勘違いしないで」
「あ、はい」
悠斗としてはとりあえずそう返すしかなかった。
「……ホントに。勝手に死んだら、許さないんだから」
「え?」
「あんたが死んだらわたしが困るんだから、気をつけなさいよ」
なんだかツンデレ風味の心配をされているな、と悠斗は思ったが口には出さない。
が、代わりに美織がからかうように、
「『あんたの命はもうあんただけのものじゃないんだからね!』ってマジで結婚してるやつの台詞だぞ。ウケる」
「はあ!? このっ」
今度はクッションではなくグーで行ったが、美織はひらりと躱してしまう。悲しいまでの運動神経のなさがこんなところにも表れていた。
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