第23話「獲得報酬:先人とのコネ」



『あんたってわりとクズいわよね。利益のためなら人の心すら利用する』


 その昔、ネトゲで知り合った友人から言われたことだ。


 当時まだ小学生だったゆうは「なんて酷いことを言う人なんだ」と思ったものだが、この人とは親友というか相棒というか、そのような間柄になってからも言われ続けたことなので、本当に自分はそうなのかもしれないと今では少しだけ思っている。


『ああ、非難しているわけじゃないわよ。私の方がもっと酷いし。それに、結果を出すためには非情になることも必要だしね』


 そんなことを続けながら、その人は最後にこう締めくくった。


『その割に親しい人に対しては過度にリスクを恐れているというか、妙に過保護なのよね。ま、そんなやつだからこうしてつるんでるんだけど……。でも、場合によってはその親しい人からは信用されていないと思われるかもしれないから、気をつけてね』



 なんでそんなことを思い出しているかと言えば、今日の自分の行動を振り返ってみて、「ああ、やっぱり言われた通り自分はクズなのかもしれない」と思ったからだった。


 中級ダンジョン『愚者の墓場』で発生した非常事態イレギュラー、それに遭遇した悠斗は、ミーシャやけんざきと共に探索者協会の人間に詳しく説明した。後日調査隊が組まれてダンジョンマスターの有無やその他の原因を調べる参考にするためだという。


 問題はその後、『愚者の墓場』の前に設置された探索者協会支部の一室にて、ミーシャから言われたことだった。


「助けてくれたお礼がしたいんだけど、なにかしてほしいことある?」


 悠斗は『イレギュラーに遭遇したアイドル配信者を助けて、自分たちのチャンネルをバズらせる』という利己的な考えでミーシャを助けた。ゆえにこれは望むべく状況なのだが――悠斗は心が鋼鉄でできている訳ではないので少しだけ良心が痛んだのだ。先の言葉を思い出したのは、これが原因である。


 とはいえ、それでも自分の目的を優先するのがかり悠斗という人間だ。自分と一蓮托生のパートナー・あまみやなつの来年以降の命もかかっていることなのだから、良心の呵責などにかかずらっている場合ではない。


 ちなみにこの場に剣崎はいない。ダークドラゴンをオーバーキルした際の攻撃がダンジョンの地形が変わるレベルだったので、事情聴取が長引いているらしい。だからこそミーシャは先に悠斗にこの話を持ち出したのだろうが。


 ――しかし、具体的に何を要求すれば良いのだろうか。

 悩む悠斗に、ミーシャはこう続けた。


「悠斗くんは配信者だよね? そっち関係のお礼の方がいいかな」

「え……なんで俺が配信者だと思ったんだ?」


 ぎょっとしてミーシャを見ると、桜色の髪(この世界では偶に見る色、地毛らしい)をツインテールにした人気配信者はクスリと笑って、


「カメラの写りを気にしてたからね」

「……なるほど。わかりやすかったか」

「ううん、現場で見ないとわからないと思う。良い映像になったと思うから、私としてはありがたいかな」


「あ、出演料払った方が良い?」などと冗談交じりに言ってくるミーシャに、悠斗は湧き上がってきた羞恥心を抑えながら苦笑する。……確かにカメラ写りを意識した動きだったのだが、それが人にバレているとどうにも恥ずかしい。


「出演料なんて取れねえよ。むしろ俺が払うべきだろ、ミーシャ……さんの人気的に」

「呼び捨てで良いわよ、共に死線をくぐり抜けた仲でしょ」


 パチンッと眩しいウインクを飛ばしてから、ミーシャは表情を苦笑に変えた。


「って、一方的に助けられた身で言うのはがましいか」

「いやいや、ミーシャが色々動いていたから他の探索者が助かったんだし……というか結局は俺も剣崎のやつに助けられたわけだしな」

「……あれ、下手すれば私たちも巻き添えで死んでたけどね」

「…………やっぱりそうだよな?」


 なんで悠斗たちが死んでいないのか不思議なレベルの攻撃だった。まさにチート能力、という感じのハチャメチャ威力で、ダークドラゴンの黒雷をまともに受けて意識が朦朧とする中でも明確に死を連想したほどだ。


 悠斗の全力の攻撃がかすり傷程度で、シャルの魔法すら平然と突破するダークドラゴンを一瞬で蒸発させる殲滅兵器の一撃に巻き込まれて、どうして悠斗たちは生きているのか――未だに不思議でならない。


「あと、キミの使い魔にもお礼を言わせてほしいな。あの子のおかげで私たちは生きてる訳だし」

「シャルか? そういえば、あいつどこ行ったんだ……?」


 剣崎の「聖剣ブッパ」の後から、シャルの姿が見えない。使い魔契約パスを通じて「我のことはしばらく無視しろ。あと、小娘どもには『問題ないからこっちには来るな』と伝えてある」という言葉を一方的に送りつけてきたのを最後に返事すらしなくなった。


「主人の悠斗くんにも姿を見せないの?」

「ああ……今は魔力パスを通じた呼びかけすら無視されてる」

「そっか、それは残念。ちゃんと直接お礼を言いたかったんだけど」


 律儀だな、と悠斗はミーシャの人柄に対する評価を一段階上げる。アイドル売りしているからキャラを作っている可能性もあるが、それを感じないほど悠斗の目には自然に見えた。


「あと、猫缶で良いのかも聞きたかった」

「は?」

「お礼の話。あの子にも何か渡したかったんだけど……そうだ、悠斗くん。あの子って幻獣? それとも悪魔? ブロックメイトとか食べるかな……?」


 ブロックメイトとはこの世界で売られている経口栄養調整食品……異世界版カ○リーメイトである。どうしてそれをお礼の品として例に挙げたのかはちょっとわからない。


「……まあ何でも食べると思うぞ。食わなくても生きていけるらしいが」


 生物の血液――正確にはその中に含まれる魔力さえ補給できれば生きていけるらしい。吸血鬼みたいな生態である。見た目は猫だが。


「ふぅん……精霊に近いのかな? まあいいや。とりあえず連絡先交換しましょ」

「ああ……って悪い、今端末持ってない」


「雨宮が携帯端末を専有しているので悠斗には使えない」が正しいのだが、不携帯なことには違いない。金銭的余裕ができたら自分の分を買おうと思っていたが、こういうとき――有名配信者とのコネ作りのときにすぐに対応できないのはいただけない。自身の準備不足を悔やみつつ、仕方ないので番号とメールアドレスだけ教えて濁す。


「よく連絡手段をってダンジョンに潜れるわね。確かに探索者にはダンジョン内で壊すのが怖くて持ち込まない人もいるけど、最近のは安物でも防護術式がかなり優秀だから大丈夫だと思うんだけど。……というか緊急連絡でも飛んでたらどうすんのよ。今日みたいに」

「それを言われると痛いな」


 やっぱりちゃんと買おう、と心に決める悠斗であった。


 ……ちなみに大抵のダンジョン前には探索者協会の支部(正しくはダンジョン前出張所)が設置され、探索者はダンジョンに入る前に必ず協会で手続きをする(といっても簡易なもので、入った探索者が何日も戻らないようなことがあったり探索者同士の事件や事故が起きた際に対応できるように、入場記録を管理するためのもの)のだが、その際に緊急連絡が可能なように霊子携帯端末まほうのスマホを持っていない人間には協会との連絡のみ可能な端末が貸し出される。なので個人用のものがなくても問題ないのだが、緊急時に知り合いと気軽に連絡が取れる手段がないのはやはり怖い。


「あ、お礼に最新の霊子端末でも買ってあげようか? 確かダンジョン配信者向けとか言って、防水防塵防弾防魔が高水準の超ハイエンドモデルが最近出てたわよね。それとかどう?」

「そんなウン百万もするようなやつ要求できねえよ」


 というか憧れはするが、そんな高価なもの普段使いにはしたくない。怖くて持ち歩けないし。


「感謝の気持ちを値段で示すなんてちょっと嫌だけど、キミはそれだけのことをしてくれたんだから良いのよ。――本当に、感謝してるんだから」

「……、」


 むしろ最高のタイミングで助けにいけるように調整していたくらいなのだから、こうして本気で感謝されると心の奥でチクリとした痛みを感じてしまう。


 喉の奥から飛び出そうとした罪悪感に塗れた言葉を噛み殺し、悠斗は代わりにこう言った。


「……あのさ、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

「なにかな? 私にできることならなんでも言って」


「なんでも」なんて気軽に言うようなことじゃないだろ、と思いつつ、それが彼女の良いところなのだろうとも納得する。


 苦笑しそうなところを真剣な仮面で取り繕い、悠斗は要求を口にした。


「俺たちのチャンネルがバズるための、アドバイスをしてほしい」


 ミーシャを助けてから、悠斗はずっと考えていた。


 どうやって『あまみゃんチャンネル』に導線を繋げるのか。真っ先に思いついたのはコラボだが、これは得策ではない。抱える登録者の数が違いすぎるからだ。


 百七十五万と十一人。月とすっぽんどころか太陽と消しゴムのカスレベルの差がある中でコラボなど、視聴者がどう思うだろう。


 コラボとは普通、どちらにも利益があるからするものだ。今の『あまみゃんチャンネル』ではミーシャに利益を与えることなどできないし、強行したところで『あまみゃんチャンネル』に付くのはアンチだけだろう。


 肉親やかねてからの友人だと大物配信者側が説明しても批判の嵐は免れないのだから、この手は取れない。

 結果、悠斗が考えたのは――「短期間で大量の登録者を稼いだ先達からアドバイスをしてもらう」ことだった。


「ミーシャは俺を配信者だって言ったよな? 実際のところ俺は裏方なんだが、運営しているチャンネルをどうすれば伸びるのか、大人気配信者の視点でアドバイスが欲しい」

「へえ……」


 ミーシャは少しの間すっと目を細めて悠斗の顔を見ていたが、しかし「うんうん」と頷くと、にやりと笑ってみせた。


「良いよ。そんなことでお礼になるとは思えないけど、キミが望むのならアドバイザーになってあげる」

「俺らみたいな底辺にとっては、ミーシャのような売れっ子の意見が貰えるのはマジでありがたい。ありがとな」

「ううん、お礼だしね。プロデューサーにはなってあげられないけど、私の経験や考え方で良いなら、色々教えてあげられると思う」


 ミーシャという配信者は、『あまみゃんチャンネル』が目指すべき姿だと言える。


 なぜなら彼女は――化け物だからだ。


 悠斗と雨宮が達成しなければいけない条件を、実際にクリアして見せた実例。その張本人のアドバイスは、ウン百万の金銭よりも価値がある。


「……これでちょっとは、光明が見えたか」


 自分達の力だけでは不可能だったことが、ほんの少しだけ可能性の芽が出てきた。

 そう考えて、悠斗は気付かれない程度に小さく息を吐くのであった。


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