第24話「もしも主人公がいるのなら」
長引いた事情聴取が終わったようで、
「ダンジョンの壁ぶっ壊すのって、そんな問題だったのか?」
「うーん、どうなんだろう? ダンジョンの壁がどうこうよりも、なんかオレの剣のことばかり聞いてきたんだよね……」
「聖剣のことか?」
「うん」
頷き、剣崎は腰に下げていた輝く剣を鞘ごと持ち上げる。
一目見た感想は、「綺麗な剣」だった。
だが、鞘に収めたままで刀身は窺えずとも、少しでも剣を握ったことがあるものなら感じられるほどの『オーラ』のようなものがひしひしと伝わってくる。その柄や鞘の美麗さはとんでもない価値を持つ芸術品のようだが、もちろんその強さは彼が先刻振るって見せた通りで、この世界に存在するどんな魔法剣よりも凄まじいものだ。
なるほどこれが剣崎のチート能力――この場合はチートアイテムか、と悠斗は感慨深げに眺めていたが、ミーシャは聖剣を驚愕の目で見つめていた。
「……これ、本当に聖剣なの?」
恐る恐るといった調子で問いかけるミーシャに、剣崎は特に気負う様子もなく頷いた。
「うん、神様からはそう言われたよ。正式名称は確か……『
「お前……」
「いやあ、さすがに細かい数字なんて覚えられないよ」
「そうじゃなくてだな」
「神様から貰った」なんてことを、転生者ではない人間に言うものではない。
こうも気楽に言ってのけるところを見てしまうと、もしかしてこいつは色んなところで無意識に転生者アピールをしているのではないかと心配になってくる。
……いや、悠斗が心配することではないか。本人が困ってないなら、口を挟む問題でもあるまい。
まあ悠斗と剣崎が同郷であることはミーシャには気付かれていると思うので、影響がないわけではないのだが……。うん? ちょっと不味いかもしれない。特に発信力のある人気配信者に知られた辺りが。いや、ミーシャはいたずらに噂を広めるような人間ではないと思うが、それでも一人に知られたらいつの間にか色々なところに広まってしまうものだ。「これ秘密だからね?」などという言葉は世界で一番信用できない。
具体的に転生者だと知られて困ることってなんだ? などと遠い目で被害を予想し始めた悠斗を放って、ミーシャが言葉を絞り出す。
「……ダークドラゴンを一撃で吹き飛ばした光景を実際に見たから信じざるを得ないんだけど……でもそうなると、キミは『勇者』ということになるのかな」
「勇者?」
「ああ、なんか仲間からもそんなことを言われたよ。『聖剣の持ち主であるあなたが現れたということは、魔王が復活し世界を脅かそうとしているはずです』って姫様が……それでオレは姫様と一緒に旅してるんだけど」
――おいおいどこのラノベだよ。というか姫様って、こいつもう王女様的な存在と知り合いなのかよ? しかも一緒に旅してる!?
なんか凄い物語的な展開に巻き込まれている元クラスメイトに、顔を引き攣らせる悠斗であった。
「えっと、どこのお姫様かは知らないけれど……どうなんだろうね。魔王自体は『異世界の勇者』がこの世界から消し去って、魔王派閥は五百年前に『最後の勇者ジークハルト』が完全に討伐したはずだし。でも、異世界の勇者が持って行ってしまった聖剣を持っているなら、キミは最新の勇者ってことになる……のかな?」
唸るミーシャだったが、話が壮大になって頭が痛くなってきたのか額を手で押さえながら頭を振った。
「……まあ、詳しいことは協会が調べるか」
そう結論づけるように呟くと、ミーシャは剣崎にまっすぐ向き直る。
「キミにももう一度礼を言うわ。助けてくれてありがとう。何かお礼をしたいんだけど、何か欲しいものとかある?」
「お礼なんて、気にしなくて良い…………あ、ちょっと待って」
はっと何か気付いたような顔をすると、剣崎は空中に亀裂のようなものを作り出して、その中に手を突っ込んだ。もの凄い異質な光景だが、恐らく空間系の魔法である
……というか剣崎は魔法が使えるのか。悠斗は魔力はあるが術式を操る才能がなく魔法を使えないので、滅茶苦茶羨ましい。本当にチート転生者だなコイツ……。
妬ましさ全開で睨む悠斗など気にした様子もなく、剣崎は魔法の収納スペースから取り出した携帯端末を操作する。十秒ほどして、ピロリンと通知音が。誰かとメッセージアプリでやりとりしているようだ。
「やっぱりそうか。――ミーシャ。お礼なら、サインが欲しいかな」
「サイン? そんなもので良いの?」
「キミの名前をどこかで聞いたことがあると思ってたんだけど、オレの仲間がキミのファンだったんだ。その子のために書いてくれないかな?」
「わかった。ちょっと待ってね」
頷くと、ミーシャも何もない空間からサイン色紙とペンを取り出した。この人も魔法を使えるのか。なんて羨ましい。
「その子の名前は?」
「ルーチア。フルネームだとルーチア・ミト・ヘイシアだったかな」
「名前からしてアラヤの人?」
「うん。オレが最初にいたところがアラヤ王国だったから、仲間もみんなそこで出会ったよ」
「……なるほど、勇者誕生で姫殿下が喜ぶ訳だ。これマジで異世界人の可能性ががが」
悠斗にはよくわからない情報であるが、ミーシャは何か察したらしく遠い目をしていた。
ミーシャは慣れた手つきでさらさらと色紙にサインと指定された名前を書き込むと、剣崎に手渡す。「それだけだとアレだし」とついでに
「こ、これは?」
「私のグッズ。もう公式で売ってない初期のやつもあるから、それなりに価値があるはず。要らないなら売って」
「へえ、凄いね配信者って。うん、ルーチアも喜ぶと思う。ありがとう」
「お礼だから気にしないで」
と、そこで、ミーシャのポケットから音が鳴った。携帯端末の呼び出し音だ。
「ごめん、ちょっと出るね」
端末を取り出しながらミーシャは部屋から出ていった。
「……とりあえず、グッズ仕舞ったら?」
山ほど抱えて苦笑いをしていた剣崎に言うと、彼は先ほどよりも大きな亀裂を作り出してその中にグッズたちを入れ始めた。
その存外に丁寧な手つきを眺めながら、期せずして転生者だけになったことをありがたく思い、悠斗は口を開く。
「ダンジョンでは信じてもらえなかったけど、俺たちが転生特典を貰えなかったのはマジの話なんだよ」
「あの神様がそんなことをするとは思えないよ」
「剣崎があの神にどんな印象をしているのかは知らないが……」
コイツの性格からして、感謝している対象を貶す発言をするのはNGだ。
なにか神を下げず、されど自分の発言を「あり得るかもしれない」と思わせるような良い表現はないか――。
「……あれだ。あの神様はな、ドジっ子なんだよ」
「え? ど、ドジっ子?」
目をぱちくりさせるイケメンに、悠斗はにやりとしながら続ける。
「そう、ドジっ子で人間想いな神様は、ついチート能力をプレゼントし過ぎてしまったんだ。そのせいで全体の配分をミスってしまい、半分くらいでチート能力を与えるための『容量』とやらが足りなくなった」
「そんな……」
「人間にいっぱい力を与えたかったのに、それが
「神様は、優しすぎたんだね」
「そうだな」
んなわけねーよクソ野郎だったわ、と心の中でこき下ろしつつ、表情には出さない。
「転生させないわけにもいかない。でも転生させる分すら『容量』とやらが足りない……そこで『条件』を付けることで、他の神から『容量』を融資してもらったらしい」
「そんなことができるのかい?」
「神ができるって言ったらできるんだろ。詳しいことは知らんけど」
「でも、他の神様もただで助けてあげれば良かったのに」
「まあ色々あるんだろ神々の間にも。……ともあれ、そうして前半組のお前らは転生特典を貰えたが、俺たち後半組は代わりに『条件』を付けられてしまったってわけだ」
「……そうなのか」
剣崎は顔を伏せ、何か考えているようだった。
あの神様が人間想いだとか笑いそうになったが、きちんと真剣な顔を作って説明しきったから大丈夫だろう。信じさせられた、はず。
ややあって、剣崎は顔を上げる。
「大変だったんだね……。キミはどんな『条件』なんだい?」
「俺は『一年以内に配信者として登録者百万人の達成』だよ」
「へえ、それは大変そうだ」
たぶん欠片も大変さをわかっていないと思うが、「それなら大丈夫だろ」とか言われなくてちょっとだけほっとした。……なんでそんなレベルで心が軽くなっているのやら。
と、剣崎ははっとしたように声を上げた。
「そういえば、
剣崎の口からその名前が出たとき、どうしてか悠斗はチリッと首の裏に電気が走ったような気がした。
奇妙な感覚を押し殺し、悠斗は答える。
「ああ、後半組だぞ」
「そうか。もしかしたら、雨宮もこの世界にいるのかな? なら、オレが助けてあげないと」
困っているかもしれないから、助けたい。
それは純粋な善意で、責められるようなことではない。
けれど――。
どうしてか、一瞬、悠斗は脳が沸騰するような感覚を味わった。
「――ッ」
衝動のままに口を開きかけ、しかし意味のある言葉を吐き出す直前に噛み殺す。
……今、自分は何を言おうとした?
燃え上がった激情の正体は、いったい何だ?
茹だる頭を冷ましつつ、なんとか平静を取り繕って悠斗は再度口を開く。
「……さあ、どうだろうな。世界中探し回ればいるかもしれないが……あいつはたぶん、どんな状況でもやっていけると思うぞ」
「キミは薄情な人だね。クラスメイトが苦労しているかもしれないのに、助けないなんてありえないよ」
なんて答えるのが正解だろう。
「自分のことで精一杯なんだ」「お前みたいにチート能力も正義感もない」――色々と面倒な文句を返されそうだ。
考えても良い言葉は浮かびそうになかったので、悠斗は皮肉げな笑みで嫌味を言う。
「……お前のそれは女子限定だよな」
「うん? そんなことないさ。男子だって、困っているなら助けるよ」
「そっすか。俺も滅茶苦茶困ってるけど、助けてもらえるのか?」
「キミも困っているのかい? そうは見えないけれど。嘘は良くないし、怠惰はもっといけないことだよ」
「……さいで」
やっぱりこいつの感性というか基準がよくわからない。
話していると色々と嫌な気分になってくる。たぶん、根本的に合わないのだろう。元クラスメイトとして薄情かもしれないが、関わらないのが一番か。
――もし、雨宮
ふと、頭の中に誰かが問いかけてきた、ような気がした。
質問に対する答えは、すぐには浮かんでこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます