第22話「トクベツ」



『――ミシャ友のみなさん、私はこの通り無事です。すみませんが、一旦ここで配信を切ります。詳しいことはまた後日枠を取ります』


 いつもと違いかしこまった姿勢で画面の中のミーシャが配信を終わらせる。


【このライブストリームは一秒前に終了しました】のポップが表示されるのを睨むように見ていたあまみやなつは、呻くように声を絞り出した。


ゆう、大丈夫かな……?」

「映ってる限りは無事っぽいな。ダークドラゴンのブレスが直撃したときはさすがに不味いと思ったが……おおかたあの猫がなんかしたんだろ」


 おりの推測はやや楽観的なものだったが、配信から読み取れる情報ではその程度しかわからない。

 とはいえ、最後らへんに画面端にちらりと映り込んでいた悠斗の姿は全くの無傷であり、恐らく無事のはずだ。……直前の状況から考えればあり得ないのだが、やはり悠斗の使い魔であるシャルがなんとかしたのだろう。それ以外に思い当たる節がない。


「とりあえず、迎えに行きましょう」


 端末をポケットに仕舞って立ち上がると、美織が目を丸くしてこちらを見る。


「は? かりを、か?」

「うん。だって心配でしょ?」

「まあ……でもあの使い魔が付いてるから大丈夫だと思うが」

「シャルちゃんが付いていても、使い魔にはわからない怪我があるかもしれないじゃない」

「あの人外にわからんことがあたしらにわかるとは思えないが……」


 美織が渋るのはただ単に面倒くさいからだろう。もしくは悠斗のことが嫌いだから、だろうか?


「いや、お腹空いたからだが?」

「え、そんな理由?」


 ぎょっと目を剥くと、美織はからから笑って、


「冗談だよ。……さっきクソ猫から魔力パスを通じて連絡があった。現地は規制かかって出入りしにくいから来るな、だとさ」

「……そっか」


 イレギュラーの対策に探索者協会が動かなければならず、そのために人の出入りを制限しているのだろう。


 あとは、ミーシャがいるからか。彼女は登録者百七十万人越え(しかもさっきの配信で何千人か増えていた)の大人気配信者なので、ファンや野次馬、ネット記者などがどうしても集まってきてしまうのだ。


「悠斗の怪我は大丈夫なの?」

「クソ猫が言うには魔法で治したから問題ないそうだ。あの猫、なんでもできるな。どういう種族なんだ……?」


 神が用意した携帯端末は雨宮千夏が使用しているので、配下契約によってパスが繋がっている美織を通して悠斗(正確には使い魔のシャル)と連絡を取っている。美織には「スマホ買わねえの?」と聞かれたが、まだ金銭的に余裕がないので見送っていた。……が、こんなことがあるなら買っておけば良かった、と思ってしまう。


「……悠斗の声が直接聞ければ、安心できたのに」

「彼氏を心配する女みたいな反応だな」

「違うけど」


 茶化してくる美織にきっぱりと断言する。

 すると美織は苦笑を浮かべて、


「ま、あたし的には落ちてくれるならそれはそれで良いんだけどさ」

「なにそれ」

「気にすんな、ただの下賤な取り巻きのひがみだよ。……というか、あたしは配信にけんざきが映ってたことの方が気になるんだけど」


 美織の言葉に、配信に映った級友の姿を思い浮かべる。


 剣崎りゅうすけ。雨宮千夏たちのクラスメイトで、教室では男子の中心として振る舞っていた人物だ。顔が整っていて、明るい人柄で(妙な正義感に目を瞑れば)人気者なので、それなりにモテていたと思う。


 ……個人的には、高校に入学したばかりの頃に告白されて、意義を見出せなかったのでフッたことくらいしか記憶にない。二年生に上がってからもそれなりに話しかけてきた気がするが……なんだろう、あんまり思い出がない。


 まあ、クラスメイトとはいえ所属するグループが違えばそんなものだ。ついでに言えば雨宮千夏は男子とはあまり関わらなかった……というより近づかないような協定が勝手に作られたり進んで自治を行うような人がいたりしたために、一定範囲に男子が近づくようなことがあまりなかったので、記憶に残っていないのも仕方ないのかもしれない。


「なんというか、一人ずつ転生させていくって感じだったから、てっきり全員別の世界に行くと思ったんだがな。すでに同じ世界に四人もいるんだし、もしかしたら最初にいた地域が違うだけで、案外みんな同じ世界にいたりしてな」

「どうかしら。『○○な世界に行きたい』って言ってた人は、違う世界かもしれないけど」


 ただびとに神の仕事を詳細に知ることはできない。ゆえに美織の推測が合っているとも間違っているとも言えないが、こうも知り合いを見つけてしまうと他にもいるのではないかと疑ってしまう。


「んで、剣崎にも『わたし可愛い』テロ起こすのか?」

「?」


 おかしなことを聞いてくる美織に首を傾げると、茶髪サイドテールの友人はやや辟易した顔になりながら言う。


「あれだよ、あたしや刈谷にお前のことを毎日『可愛い』って言わせるやつ。剣崎も巻き込むのか?」

「それ、『わたし可愛いテロ』なんて呼んでるの?」

「刈谷が発祥だから文句はそっちにどうぞ」


 などと責任転嫁する美織に、溜息を一つ。


 ……確かに「毎日一回『可愛い』と言ってもらう」なんて、普通の人からしたらおかしなことかもしれない。でも、雨宮千夏にとっては必要なことなのだ。


 だが、それに新たな人を加えるかと問われると、雨宮千夏は首を横に振る。


「ううん、剣崎くんはいいや。異性の評価は当てにしてないし」

「異性を当てにしないでどうすんだよ。あれか? 異性なんて何をしても持てはやしてくれるんだから意識する必要がないってか?」

「そういうわけじゃないんだけど」


 呆れたような声色の美織に苦笑して返すと、美織は怪訝な顔になった。


「どういうわけなんだか。というか異性を当てにしないなら、刈谷のやつはどういうことなんだよ?」

「悠斗は別」


 確かに悠斗は男性だ。別に雨宮千夏は刈谷悠斗のことを異性として認識してない、というわけでもない。


「……なんだ、お前にとって特別な人だから、ってか? まあ同棲してるくらいだし、やっぱ恋愛感情はあるか」

「違うわよ、勘違いしないで」

「はいはい。で? どういうことなんだ?」


 なんだか適当にあしらわれているような感じがするが、きちんと言葉を重ねれば理解してくれると信じて説明を続ける。


「ほら、悠斗って恋愛に興味なさそうじゃない? あと女の評価にも厳しそうだし」

「はあ? そうは見えないが」


 何言ってんだコイツ、という目でこちらを見てくる美織。


 この世界に来てから一緒に暮らすうちに気付いたことだが、悠斗は同年代の異性を恋愛対象にしていないような気がするのだ。同性が性愛の対象というわけでもない。恐らく年上の女性が好み、のはず。悠斗と恋愛談義なんてしたことはないが、並んで街を歩いたときの視線からだいたい察せられる。――、ではあったことだけれど。


 しかし、自分から積極的に恋愛をしようという感じはしない。状況が状況だから、というのもあるだろうが――雨宮千夏は別の理由を推測した。


「あのね、悠斗は昔の女……いや、過去の失恋かしら? それをずっと引きずってそうなのよね」

「あー、そういう? ……って、それがどうして刈谷には『可愛い』って言ってもらうことに繋がるんだよ」

「んー……」


 ――最初は、彼しかいなかったから。そして、彼ならちょうど良いと思ったから。

 ――今は、どうしてか、彼の評価がないと不安定になってしまうから。


 ぼんやりとそう考え、さてどう説明しようかな、と頭を動かそうとしたところで。


「何か焦げ臭くない……?」


 鼻を突いた煙の臭いに、眉をひそめる。

 話を逸らされたことに一瞬むっとした美織だったが、自分も異臭を感じ取ったのか、はっとしてキッチンに駆け寄った。


「うぎゃあ、魚忘れてた! あああタイマー設定間違えてたぁぁああああ!!」

「……お昼ご飯は炭なのね」


 ぷすぷすと煙を上げる燃えかすを遠く見つめながら、「まああの配信見た後に食欲湧かないから、別に良いけど」と呟いた。


 それはそれとして貴重な食材を無駄にした美織には、天誅とばかりに頬をつねってやったが。あとこれからこいつの食事当番は減らそう。ただでさえ美織の影響で食費が膨れたのに、無駄にされてはたまったものではない。


「……、」


 それにしても、と雨宮千夏は振り返る。


『お前にとって特別な人だから、ってか?』


 先ほどの美織の言葉を思い返し、それに対する答えを訂正する。


「わたしにとって、悠斗はトクベツよ。――あんなにも憎いと思ったやつ、ほかにいないんだから」


 小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく消えていった。


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