第21話「現地人と異世界人と級友と」



「キミは、この子とパーティーを組んでいたのかい? きちんと守らないと駄目だろう。キミが情けないから彼女が怖い思いをしてしまったじゃないか。オレがいなかったら、大変なことになっていたよ」

「……、」


 聖剣使いの言葉に、ミーシャは固まってしまった。

 だが黒髪の少年は、苛立つでもなくどこか笑いを堪えているように見えた。


「……悪いね。俺にダークドラゴンを倒せるような力がなくて」

「本当だよ。あのくらいのやつも倒せないでダンジョンに潜るなんて、何を考えているんだか。しかも女の子を危険に曝すなんて、どうかしている」

「強さの基準バグってんのか」


 ダークドラゴンを「あのくらい」なんて言えるのは、禁域指定されるような最上級ダンジョンにも挑めるトップレベルの探索者くらいで、全体から見れば本当に一握りの人たちだけだ。中級ダンジョンに潜るのにそんな強さを要求されては、ほとんどの探索者はダンジョンに入れなくなってしまう。


「――マジで変わんないな、けんざき


 黒髪の少年が口にしたのは、聖剣使いの少年の名前だろうか。響きからして、東の方にルーツがあるのだろう。

 言われた聖剣使い――剣崎は、しかし不思議そうな顔をして首を捻った。


「あれ? どうしてキミは、オレのことを知っているんだい?」

「マジで言ってんのかお前」


 口の端を引き攣らせる黒髪の少年。彼は「ああそうか、あいつらは本当に人が良かったんだな」などとしみじみと言いながら天井を仰ぎ、それから感情を押し流すように大きな溜息を吐いた。


「そりゃ知ってるさ、クラスメイトだったんだから」

「クラスメイト? キミみたいな人、クラスにいたかな……?」

「……まあ、教室の隅っこにいるような人間なんて覚えてないのが普通なのかもな。俺はかりゆう。修学旅行のバス席決めで勝手に先生のすぐ後ろの席にされた可哀想な男子だよ」

「……ああ! あれは単に、キミと……ええと、もう一人の男子が仲よさそうだったから、配慮してあげたんだよ」


わたとは今まで一度も話したことなかったわ。何を見てそう思ったんだよ」

「そうだったのかい? でも、キミたちは雰囲気が似ていたし、オレたちのおかげで仲良くなれたんじゃないかな?」

「……、」


 どうやら彼らは旧知の仲だったようだ。

 ……いや、内容からして仲が良いわけではないようだが、一応顔見知りではあるらしい。学校の同級生でも所属する仲良しグループが違えば案外そんなものなのかもしれない。


「そっか、クラスメイトだったのか。ならキミも神様からギフトを貰っているはずだろう? どうしてそんなに情けないんだい? 女の子を危険に曝すなんて、本当に最低だ」

「言いたい放題かお前は。……前半組の剣崎は知らないだろうけどな、後半組は貰えてないんだよ。逆に変な条件なんか付けられる始末だし」


「ええ? そんなわけないだろう。あの優しい神様が、そんな不義理なことをするはずがない。どうしてそんな嘘を吐くんだい?」

「嘘じゃないが……」


 チラリと、黒髪の男の子――悠斗(東の人ならこちらが名前のはず)はミーシャを見てから、


「あー、剣崎、後で話そう」

「どうして?」

「察しが悪いな、…………なんて人前で話すことじゃないだろう」


 一部だけ悠斗が剣崎の耳に口を近づけて小声で囁いたので、ミーシャには聞こえなかった。


「……そうだね、後で話そうか。その時には、どうしてキミがそんなに情けないのか、問いたださせてもらうよ」

「ねえ、ちょっと」


 二人の間の話だ、部外者が口を挟むべきではないかもしれない。

 それでもさすがに、我慢ならなかった。


 険しい視線を剣崎に向けて、ミーシャは言う。


「さっきから悠斗くんのことを『情けない』だなんて、どうしてそんなことを言うの?」


 ミーシャの言葉が意外だったのか、剣崎はきょとんとした顔になった。


「どうしてって……彼は力を持っていながらキミを危険に晒したんだ。情けないことだろう」

「……悠斗くんは私を助けてくれた。あのとき倒れていたのは、私を庇ってしまったせい。悪く言わないで」


 剣崎は何か言いたそうに口を開いたが、聞きたくなかったのでミーシャは言葉を被せる。


「助けてくれたことは感謝してる。ありがとう。後できちんとした礼もする」


 個人的には何度も顔を合わせたくはない。――なんというか、失礼なことだとはわかっているのだが……気味が悪いのだ。言葉の端々から察せられる剣崎の思考が、どうしてかおぞましさを感じてしまう。


 ミーシャが悠斗の方に向き直ると、なぜか彼も剣崎と同じようなきょとんとした顔をしていた。ミーシャは疑問に思いつつも、言葉を並べる。


「悠斗くん。今は傷が治っているとはいえ、一度病院で診てもらった方が良いよ。探索者向けの場所紹介してあげる」

「え、いや、大丈夫だが……」


「駄目よ、ちゃんと診てもらわないと。探索者は体が資本なんだから。……あ、それともかかりつけのところがあった? それならそっちにきちんと行ってね。治療費が必要なら私が出すから」

「さすがにそこまでしてもらわなくても大丈夫だ」

「ううん、きちんとお礼もしたいし……あーでも、」


 途中で思い至ったことに、ミーシャは溜息を一つ。陰鬱な気分になりそうなところを無理矢理元気を絞り出しながら、悠斗と剣崎の二人を視界に入れて、


「その前に、二人とも協会に顔を出した方が良いかも。救助隊も来てるみたいだし、合流したら状況説明とか諸々事情聴取があるからね……」


 面倒なことだが、ダンジョンで異常事態イレギュラーに遭遇した場合、報告義務がある。この場合、悠斗が死にかけたことを説明すれば彼を先に病院に行かせて、ミーシャと剣崎だけで対応することもできるだろうが……本当に失礼だと思うが、この聖剣使いと二人きりはちょっと、いやかなりキツい予感がする。できれば悠斗にも一緒に状況説明をしてほしい。


「オレは今日中にボスを倒しに行こうと思ってたんだけど……」


 という剣崎の言葉に、悠斗が呆れたように言う。


「無理だろ、諦めろよ。あんなのダンジョンマスターの出現が疑われるレベルなんだ、協会側が色々調査しなきゃいけなくなる。このダンジョンにいる探索者には全員帰還命令が飛んでると思うぞ」


 悠斗の言葉は事実だった。実際に、協会に登録されている探索者への一斉メールで避難勧告が出ている。これ以上の探索は協会から認められていない。


 しかし剣崎は納得いかないのか、腰に納めた聖剣の柄尻をコツコツとつつきながら、


「でも、さっきみたいなのが出てもオレは問題なく対処できるけど?」

「……そういや自分が問題ないと思うなら先生の指示をガン無視するタイプだったなお前」


 呆れ返って天を仰ぐ悠斗に変わり、ミーシャが口を挟む。


「イレギュラーへの対処は国家条約で定められてることだから、勝手なことはしない方が身のためよ。報告義務もあるんだし、一度ダンジョンから出ましょ」

「条約? そんなものがあるのかい? この世界の人は大げさだな……」


 彼の視点は一体どこにあるのだろう。まるで違う世界から来たみたいな言い草だ。


 ……異世界との接触は六百年前の大事件を契機にその方法すら失われたはずなのだが、まさか時空の穴でもくぐってきたのか? そんなものがあるのか知らないけれど。


 そんな突飛な思考はともかくとして。

 ミーシャと悠斗の説得(剣崎が納得しているかは微妙なところだが)の甲斐あって、三人は救助隊の合流を機に、無事地上へ帰るのであった。


 ――とりあえず、お礼するために二人の連絡先を手に入れておかないと。

 ――剣崎には菓子折でも渡すとして。悠斗くんには……どうしよう、猫ちゃん用にも猫缶でも用意した方が良いかな?


 ただ、最後に聞こえた少女の声の正体が悠斗の使い魔であるのなら、猫用アイテムではなく普通に人間相手のものを用意した方が良いのかもしれない。あるいは魔族用か? 精霊だの幻獣だの言われたら何を渡せば良いのか本当にわからない。主人である悠斗に聞いた方が良いか。


 ――あああというか視聴者への説明どうしよう!? 見返すの怖い、アーカイブ非公開にしたい! ってか場合によっては協会側から非公開にしろって言われるよね。ほんっとにまっっっっじで今後のことを考えると頭が痛くなるよう。ぐすん。


 ――でも注目度はあったし……最後の同接も凄かったし、良い感じに登録者は稼げたのかも? そういえば悠斗くんって配信者っぽいよね。カメラ気にしてた立ち回りだったし。お礼はそっち方向の方が良いのかな?


 そんな思考を回しながら、自分のファンだという救助隊の隊長へファンサするミーシャであった。


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