第20話「配信者と聖剣使いと裏方と」
――死ぬかと思った、とミーシャ・キースリングは今日四度目になる言葉を口の中で呟いた。
一度目は、ドラゴンゾンビに攻撃が全く通らず為す術もなかったとき。猫を連れた黒髪の男の子に助けられた。
二度目は、突如出現したダークドラゴンが黒い雷を撒き散らしたとき。男の子の使い魔である黒猫が魔法で助けてくれた。
三度目は、ダークドラゴンがブレス(口からレーザー?)攻撃を行ったとき。攻撃の予兆に気付けなかったミーシャを男の子が庇ってくれた。……いや、この時は「男の子が死んじゃうかもしれない」という焦りの方が強かったけれど。
――輝く剣を持った男の子は、きっとミーシャたちを助けるために攻撃を放ったのだろう。その規模が大きすぎてミーシャたちもまるごと攻撃範囲に巻き込まれていたのは、さすがに彼の本意ではなかった……と思いたい。
目の前の笑顔からは、欠片も申し訳なさは伝わってこないが。まさか、自分の攻撃がミーシャたちを巻き込んでいたことに気付いていないのだろうか?
「怪我はないかな?」
ドラマ俳優のようなイケメンが、アニメや漫画に出てくるようなキラキラエフェクトを纏って手を差し伸べてくる。
乙女心を持った(ギリギリ)十代の少女であるミーシャとしては、憧れのシチュエーションだ。一枚画がバーンって感じで出て、後から何度もギャラリーを見返す素晴らしいシーンだろう。もしこのワンシーンだけを切り取ったなら、だが。
実際には、救助対象ごと攻撃に巻き込んでおきながら笑顔を向けてくる狂人のように、ミーシャの目には映ってしまうのだが――。
「あ――はい、私は大丈夫です……、っ!」
輝く剣を握った男の子の範囲攻撃から、どうやって自分達が生き残ったのか。
ミーシャをドラゴンゾンビから助けてくれた男の子の使い魔の黒猫――男の子は「シャル」と呼んでいたか――が、魔法で助けてくれたのだ。思い返せば、閃光がミーシャたちを飲み込んだとき、周囲にダークドラゴンの黒雷から守ってくれたものと同じ光の幕が張られていた気がする。
――いや、そんなことをぼんやり思い出している場合ではない。
目の前に伸びる手を放って、ミーシャは傍に横たわる少年へ目を向ける。ミーシャを庇って負傷した、黒髪黒目の少年へ――。
「にゃん」
猫の鳴き声、ではなかった。
聞き覚えのない、美しい少女の声がミーシャの鼓膜を打った。
「……間違えた。こちらは見なくて良い。今、我は誰の目にも映らないし、貴様以外には声も聞こえないようにしている。先にその聖剣を持った馬鹿の対処をしろ」
「え?」
「反応するな。聞くだけで良い。……貴様は配信者だったな。一度配信を終わらせた方が良いのではないか? とかく、こちらのことは無視しろ。良いな」
言いたいことだけ言い切ると、少女の声は聞こえなくなった。
周囲に視線を巡らせても、少女の姿はない。輝く剣を持った少年と、ミーシャを庇って倒れた少年だけ――。
「……あれ?」
ミーシャを庇った少年は、腹に穴が空いていたはずだった。
少年が倒れたところも、その風穴からドクドクと血を流すところも、ミーシャは確かに見ていた。
でも、どうしてか、傷が消えていた。黒雷によって灼き焦がされた服すらも、元通りになっていたのだ。
「どうしたんだい? もしかして、立てなくなっちゃったのかい?」
と、輝く剣を持った少年がミーシャの手を掴んだ。ミーシャは反射的に振り払おうとして、しかし彼の力が強く、そのまま引っ張り上げられ強引に立たされる。
「っ」
ふらつく体をなんとか両足で支えていると、ミーシャは視界の端が高速で動いていることに気がついた。
配信用のカメラが魔法によって映し出す、コメント欄だ。
もともとミーシャの配信は見に来る人が多く、コメントの流れも速い方だが、今は比較にならないほどに爆速だった。
それもそのはず、同時接続者数は常の十倍に膨れ上がっていたのだ。ダンジョンの
ミーシャは高機能配信用カメラに搭載されたピックアップ機能を使い、内容をざっと確認する。
【なにこのイケメン、すっっっっご!】
【ミーシャちゃん無事!? すぐに救助隊が行くからね!】
【ビームだこれw聖剣ビームじゃんwww】
【ダークドラゴンが一撃!?】
【なんかキラキラ光ってて草】
【ほんとだイケメンくんの周り光っとるw】
【ミーシャちゃんが無事で良かった】
【イケメンくんが持ってるやつ聖剣じゃね?】
【聖剣は六百年前に異世界の勇者が持って帰っちゃったでしょ、おじいちゃん】
【イケメンと美少女で絵になるな】
【ミーシャちゃんのお手々を触るとか許されざる。イケメンに死を】
【ええやろ手くらい、ミーシャちゃんの命の恩人やで】
コメント欄は、お祭り騒ぎだった。
ミーシャを心配したり生きていることに安堵したりするコメントもちらほらあるが、それらはダークドラゴンを一撃で屠る聖剣使いのイケメンに対する賛辞によって押し流される。
それだけ強烈なインパクトだった、ということか。
ミーシャを巻き込むような攻撃に聖剣使いの少年を非難するコメントも少数あるが、ミーシャが傷ついていないところを見て消えていった。恐らく、聖剣使いの少年が当てないように工夫したと解釈したのだろう。……実際は、黒髪の少年の使い魔が防御しなければミーシャも光の魔力に飲み込まれていたのだが。
「……、」
個人的な心情としては、目の前の聖剣使いに言ってやりたいこともある。
だが助けられたのは事実だし、――配信者としてはここで文句など言えるわけがない。
「助けてくれて、ありがとう」
「ああ、無事で良かったよ。キミみたいな可愛い子が傷つくところなんて、見たくないからね」
歯が浮くような台詞をとびきりの笑顔で言う姿は、輝くようなルックスのおかげでまるで舞台の上の
それをじっと見ているのがキツくて、ミーシャは一言断ってから振り返ると、カメラに向かってやや早口に挨拶した。
「――ミシャ友のみなさん、私はこの通り無事です。すみませんが、一旦ここで配信を切ります。詳しいことはまた後日枠を取ります」
いつもは「おつみしゃ~!」と続けるのだが、今はそんな気分になれなくて、硬い挨拶で配信を切った。
「……なるほど、キミは配信者だったのか」
「はい。ミーシャって名前で、
「そうなのかい? まあ、良いよ。そう困るものでもないし」
見られることに慣れているのか、ただ単に危機意識が薄いのか。ミーシャには判断が付かない。
ともあれ聖剣使いに対する思考を打ち切り、ミーシャは倒れたままの黒髪の少年の前で膝を突く。
やはり、傷はない。衣服の汚れすら不自然なほど綺麗に消えていた。
そして、傍にいるはずの使い魔の姿も、見えなくなっていた。
「――いや、我は傍にいるぞ」
「っ!」
「反応するな。貴様以外には聞こえん。……そろそろ我が契約者も目覚めるな。適当に聖剣使いの相手をしながら、ダンジョンから出ろ。我のことは気にするな」
気にするなって言われても無理があるのだが?
そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、ミーシャは黒髪の少年の顔を覗き込む。
「ああ、他にも人がいたんだ」
後ろから聖剣使いが声をかけてきた。
「気付いてなかったんかい」と小声で呟いてしまったが、幸いにも彼の耳には届かなかったようだ。
「ん……」
と、黒髪の少年が
それからぼんやりと目を開いていき、徐々に焦点がミーシャに合うのを確認して、
「っ! 良かった、目が覚めて……痛いところはない?」
ミーシャが声をかけると、黒髪の少年はゆっくりと唇を動かした。
「ぁ、あ……大丈夫だ」
「無理しなくて良いからね。本当に、本当に死にかけてたんだから……死んでもおかしくない状況だったんだから」
「いや……なんか大丈夫っぽい。体も動くし、痛みもない」
ぎゅっぱっと確かめるように手を閉じ開きする少年の姿に、ミーシャはほっと息を吐いた。
「……シャルが治したのか? ってかシャルは……?」
呟いて、黒髪の少年がキョロキョロと辺りを見回す。と、黒髪の少年と聖剣使いの目が合った。
先に口を開いたのは、聖剣使いだった。
「キミは、この子とパーティーを組んでいたのかい? きちんと守らないと駄目だろう。キミが情けないから彼女が怖い思いをしてしまったじゃないか。オレがいなかったら、大変なことになっていたよ」
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