第19話「本物のチート能力」
「にゃッ(やらせん――)」
押し返すような魔力の本流。それはシャルの魔法。
シャルが作り出した球状の安全エリアの中で、悠斗は戦慄する。
アレは人間が敵うものではない。
無謀にも
それほどまでの絶望的な力を見せつけられた。
「なんで、あんなのが……あんなのがいたら、みんな、死んじゃう……!」
シャルの作った防御幕の内側には、ミーシャも入っていた。ついでにカメラも彼女にじっと付いてきていて、目の前の惨状を地上に中継している。
……この危機的状況を見て、探索者協会が動いてくれるのを待つのが現実的だろうか。
配信を見た誰かが、とっくに協会に通報しているはずだ。あるいはドラゴンゾンビに実際に遭遇した探索者が、(謎技術でダンジョン内でも通じる)携帯端末を使ってイレギュラーを知らせているはず。
しかし、シャルの防御がどこまで持つのかわからない。
そもそも――探索者協会には、あれを倒せる存在が、いるだろうか。
「……『レイジ』さんとか、『ラベリオ』さんなら勝てる……か?」
呟いた名前は、悠斗が見ているダンジョン配信者のものだ。その二人はかなりの強者で、特に『ラベリオ・マークツー』という配信者は世界的に見ても五本の指に入るレベルの強さを誇る。
「おじ……あの
「え、そうなん?」
「
誰に聞かせるでもない独り言をミーシャに拾われて驚くと同時、救助してくれる存在がいないことに絶望する。
「……ダークドラゴンに勝てるような探索者……あ、でも救助隊は組まれてるんだ。なら、このまま耐えれば……」
「え? どうして救助隊が組まれたって――」
「コメント」
ミーシャはふわふわ浮かぶカメラを指さして、
「この子はね、配信者の視界にコメントを表示してくれる便利な機能があるのよ。で、視聴者さんが教えてくれたってわけ」
「……なるほど、高級品だ」
全くもって羨ましい。レンズを拡張する機能が付いていることといい、とんでもなく金がかかっている。悠斗たちの稼ぎではとてもではないが手が出せない。さすが登録者百七十万人越えのアイドル系ダンジョン配信者ミーシャである。
「あ、というかキミも映っちゃってる……ごめん」
「いやそれは別に……そんなこと気にしてる場合じゃないし」
そもそもバズることが目的で飛び込んできたので、文句を言うことはできない。
「にゃ(む……)」
ふと、黒雷が止んだ。
自身の魔法で矮小な人間が死んでいないことをダークドラゴンは不思議に思ったのか、少しだけ首を傾げるような動作をした……ように見えた。それからのし、のしとゆっくりこちらに歩いてくる。
「やばいな……シャル、まだあいつの攻撃を防げるか?」
「にゃん(先ほどの術を上回るものがなければ問題ない)」
「……、」
必殺の攻撃、といった感じではなかった。悠斗の目には絶望的な威力に映ったが、それでもやつには必死さがない。ただの小手調べ程度だったのだろう。
「なんとかして逃げよう」
提案したのはミーシャだった。
「
「かい……ああ、引っ張るってことね。その前に追いつかれる気がするが……そもそもこのダンジョンの最短脱出経路とか、わかるのか?」
「当然」
ミーシャはパチンッと自信満々にウインクしてみせる。
「見かけによらず用意周到なところも私の売りなんだから!」
「……さいで」
「あー! なんか興味なさそうな返事しちゃって! 良いわ、ここから脱出したら、あなたも『ミシャ友』にしてやるんだから!!」
ぷんすか! と怒ったような仕草を見せるミーシャ。その体が少し震えていたことは、きっとカメラ越しでは気付けなかっただろう。
「はいはい、生き残れたら、な――」
ついでに今更ながらに敬語がどこかに行っていたことに悠斗は気付くが、謝罪は後回しにする。……なんだか生き残った後はそれはそれで怖いな。
「グラァッ!!」
「にゃ!(行けッ!)」
ダークドラゴンの攻撃をシャルが魔法で弾き返したのを合図に、悠斗とミーシャは走り出す。
道を知っているミーシャが前、彼女にぴったりとカメラが張り付き、悠斗がその後ろを走る形だ。
先導するミーシャはふと振り替えって、
「ちょっと、あの猫ちゃんは良いの!?」
「シャルは強いからなんとかなる!」
「いやいや一緒に逃げないと……!」
足を止めようとしたミーシャに見せつけるようにして、上からシャルが降ってきた。魔法か脚力か、走っている悠斗の頭上を飛び越えてきたのだ。シャルはそのまま悠斗の肩に乗り、首に顔を寄せる。
「にゃ(思ったより力が出ない。血を貰うぞ契約者よ)」
「って猫ちゃん!? なんかご主人様に歯向かってない? 大丈夫なの!?」
「そういう契約だから問題ない」
むしろ問題なのはシャルがミーシャのカメラに写ってしまい、さらに悠斗の使い魔として扱われていることだが――。
……ただ同じ種族でたまたま名前が同じだっただけ、で済ませられないだろうか。
血を吸われながら悠斗はそんなことを考えていた。
「にゃん(あれに何の強化も乗っていなければ我の敵ではないのだがな。あの様子では、少々厳しい)」
そんなことを言いながら、シャルは魔法を発動させる。
いくつもの青白い魔法陣が中空に浮かび上がった。それらの前に氷でできた様々な武器が生成され、シャルの鳴き声を合図に黒竜に向かって一斉に発射する。
ドガガガガガンッッッ!! とまるで銃器掃射でも行ったかのような強烈な破砕音が背後から響いた。と同時、黒竜の咆哮。痛みに呻くものではなく、己の行動を邪魔するものに苛立ちを覚えたような声だった。
「にゃ(硬いな、属性相性は悪くないはずなのだが)」
「つかシャル、お前本当に倒せないのか? なんか強力な魔法でドカーンってできねえのか!?」
「にゃん(我が真の力を出せばできる。だが今は無理だな、恐らく許されないだろう)」
「は? どういうこと?」
訳のわからない理由で否定するシャルに、悠斗はわずかな苛立ちと多大な焦りでもって問いかける。
「にゃ(無理だということがわかれば良い。ついでに言えば貴様が急激に強くなることもないから、まあ打つ手なしだな。このまま逃げ切るしかない)」
「……やってみなきゃわかんないぞ?」
九割九分無理だと理解しているが、それでも一縷の望み――あるいは奇跡に縋るように、悠斗は剣を構えて振り向いた。
膨大な強化魔法によって実現した人外の身体能力をフルに発揮して、悠斗は走ってくるドラゴンを迎え撃つように剣を振る。イメージとしては、バッティングセンターでまっすぐ飛んでくるボールを打ち返すような感じ。
だが。
「かっっっっったいッ!?」
まるで分厚い鉄筋コンクリートを叩いたかのような感触だった。
「にゃにゃ(ほう、思ったよりはやるな我が契約者よ。額に傷が付いたぞ。小指の爪ほどだが)」
「誤差だろそんなの! ってうお!?」
苛立ったダークドラゴンが噛みつき攻撃を仕掛けてきたので、悠斗は咄嗟に後ろに飛んだ。ガチンッ、と目の前で口が閉じる。とんでもない恐怖体験だ。
悠斗は再びダークドラゴンに背を向けて走り出す。
先ほどの悠斗の攻撃(とも呼べない程度のものだったが)を逃げながら見ていたミーシャが、追いついた悠斗に問いかけてくる。
「さっきの攻撃とドラゴンゾンビの首を落としたの、どっちが強い攻撃?」
「さっきのやつ。向こうの突進の威力も利用してたからな」
「……そっか」
ミーシャは渋い顔で呻いた。彼女は「悠斗ならもしかして」と思っていたのかもしれない。……これで本当に倒せたら悠斗は滅茶苦茶注目されたかもしれないが、無理なものは無理だ。
こんな状況でもバズることを考える自分に内心で苦笑しつつ、
「ミーシャさんはなんか有効な攻撃……いや、足止めできないか?」
「無理! だって私の攻撃、ドラゴンゾンビにも効かなかったんだよ? キミ以下の攻撃しかできないのに、あんなのに通じるわけないじゃん」
「……なんか必殺技とか」
「あるけど他の人たちを逃がすために使っちゃった!」
そういえばドラゴンゾンビの前にはミーシャしか残っていなかったが、それは皆が彼女を見捨てたのではなく彼女が逃がしたからだったのか。
今更ながらに理解した悠斗は、ミーシャって配信上のキャラ作りを抜きで良い人なのか、などと考えて――。
「ッ、まずいッ!!」
咄嗟に叫びながら、悠斗は体当たりするようにしてミーシャを突き飛ばす。
――直後。
漆黒の雷が、悠斗の体を貫き、直線上に突き抜けた。
「――――ぁがッ!?」
世界がぐにゃりと曲がった、ような気がした。
自分がその場にひっくり返ったのだと気付いたのは、驚いた表情でこちらを見るミーシャが横向きに映ったときだった。
全身が焼けたように熱い。神経は痛みだけを脳に伝え、体を動かそうとする命令は飲み込まれてしまう。口から赤いものが飛び散った、かもしれない。
「にゃッ(ちっ、範囲を
シャルの思念が遠くぼやける。
「いやッ、わた、私を庇って……っ! ひーる、はやく、治療しないと……!!」
なにか硬いものが体に触れた。ミーシャが回復魔法の籠められた高価な
そんな場合じゃない。
足を止めずに、早く、早く、逃げろ。
だって、すぐ近くに、黒竜が来ている――。
「グォォォオオォォオオオオオ――ッ!」
低い、地底から響くような重い声。
ダークドラゴンが、ついに追い詰めた人間の命を刈り取る――。
「聖剣、抜刀」
清らかな魔力が突き抜けた。
どこかで聞いたことのある声だった。
「――神威を示せ、カリバーン!!」
一瞬の閃光があった。
そして、まるでレーザー砲のような魔力の奔流が世界を飲み込んだ。
「――――ッッッ!?」
声なき絶叫が響く。
ただ指向性を持たせただけの聖属性の魔力はしかし、そのむせかえるようなまでの濃度と爆発的な速度によってダンジョンを蹂躙する。
黒竜だけではない。その周辺を巻き込んで、塗り潰して、消し飛ばすのだ。
ややあって、光が止んだ。
閃光に灼かれた目では正確に把握できないが、少しずつ慣らして現状を確認する。
――ダンジョンに、穴が穿たれた。
閃光は破壊不能なはずのダンジョンの壁をどこまでも突き抜けていったのだ。
とんでもない威力だ。
ああいうものを、チート能力と呼ぶのだろう。
「大丈夫かい?」
周辺被害を考えていないような範囲攻撃をしておいて、笑顔でそんなことを言いながら手を差し伸べてきたその少年――一振りの輝く剣を握った級友に、悠斗は心の中で返答した。
お前に殺されるかと思ったわ、と。
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