第18話「ドラゴンゾンビを墓地に送って」
「イレギュラーだ!」
「ミーシャちゃんが逃げ遅れてる!」
そんな声を聞いて
「バズるチャンスだ」
であった。
ピンチに陥ったアイドル配信者を助けて、底辺配信者が注目されて人気配信者になる。
そんな小説だか漫画だかを読んだことがあった。
でもその主人公は底辺配信者であっても、なにか光るものを元々持っていたのだ。ともすれば狂気的な行動を自然とやってしまう異常性、チート転生者のような常識離れした戦闘能力――。
そういうものが、悠斗にはない。
それがわかっていても、このチャンスを逃すまいと――すっかり配信者として染まった思考に突き動かされ、逃げる探索者たちの流れに逆らってドラゴンゾンビが暴れる場所まで来た。
「どうして……なんでこんな強いのが、『愚者の墓場』なんかにいるの……!?」
自分の攻撃が全く通じないことでへたり込んでしまった女性――配信者『ミーシャ』の姿を認めて、悠斗はさらに己の幸運に狂喜した。興奮した。――人として間違っている感性だとしても、目の前に転がり込んできたチャンスに感謝した。
ミーシャという配信者を、悠斗はよく知っている。人気のダンジョン配信者を調べた際、登録者を百七十万人も獲得している彼女は当然ながら調査対象だった。
ミーシャは誰もが知る人気配信者だ。そして彼女の傍を浮遊するカメラを見るに、配信を行っているのだろう。
浮かびかけた笑みを抑えると、悠斗は通常よりも赤みがかった動く竜の屍へ視線を移し、使い魔に問いかける。
「シャル、俺でもあれを倒せると思うか?」
「にゃ(貴様には我との契約により力が授けられている。あの程度ならば、まあなんとかなるだろう)」
「そうか、それは本当にありがたい」
ミーシャの自律判断式浮遊カメラの撮影範囲を計算しつつ、悠斗は準備を整える。
正直言って、悠斗が活躍したところで、『あまみゃんチャンネル』に人を呼び込むことができるかと言えば、非常に難しい。
悠斗は裏方だ。そしてチャンネルのメインが
だが登録者百七十万を超える大人気アイドル配信者に恩を売れれば、大きなプラスを得ることもできるはずだ――もちろんデメリットもあるが、それを勘定してもメリットの方が大きい。
「シャルは
「にゃん(恐らくもう映ってるぞ。あの飛行端末は、術式によってレンズの限界を拡張しているからな)」
「マジか、じゃあ今も撮られてるのか」
すぐに動かなかったことを咎められるのは痛いが、仕方ない。戦う準備をしていたと誤魔化すしかないだろう。
「……強化魔法とかかけてくれないか?」
「にゃ(ま、あった方が良いか。貴様は戦士として未熟すぎるからな)」
余計な一言を加えつつもきちんと魔法をかけてくれたことを確認し、悠斗は事前に抜いていた剣を構える。シャルの魔法は
「くぅ、まずい――」
ちょうどその時、ドラゴンゾンビの攻撃がミーシャを襲った。
ナイスタイミング、と最低なことを口の中で呟いて――地を蹴る。
さながら舞台の上で物語の英雄を演じるように。
「はぁぁああああ――ッ!」
後で見返したらあまりの格好付けに悶絶しそうだが、こういった誇張演技は本当にピンチの場面においてはそれなりに映えるものだ。……演じる本人の見てくれが及第点以上であればの話だが、まあそこはシチュエーションが肯定的な色眼鏡を付けさせてくれることを願う。
炎を纏った斬撃を、ドラゴンゾンビの手を跳ね上げるような形で直撃させる。ミーシャに振り下ろされた攻撃は、強化魔法がたっぷり乗った悠斗のカウンター気味の攻撃によって完全に相殺した。
「お、らぁッ!」
続け、二撃、三撃と剣を振るう。攻撃を止められて怯んだドラゴンゾンビは無防備に悠斗の斬撃を受けることになり、ヘドロのような体液を撒き散らしながら苦悶の声を漏らした。
「一旦、ブレイク!」
渾身の力を込め、横薙ぎに剣を振るう。直接指示したわけでもないのにシャルは悠斗の思考を完璧に読んでいて、斬撃に合わせて追加の強化魔法を悠斗と剣に乗せてくれた。
膨大な魔力によって過剰に強化された剣はドラゴンゾンビの側頭部を打ち据え、痛烈なノックバックを発生させた。ぐるん、と首を横に曲げながらドラゴンゾンビが二歩ほど後退する。
「大丈夫ですか?」
内心の緊張を押し殺しながら振り向くと、ミーシャはこくりと頷いてくれた。
「は、はいっ。あの、ありがとうございます、助けてくれて……」
「いえ。……でも、遅れてすみません、って言うべきかもしれない」
「そんなことない。本当に私、死ぬかと思って……」
「にゃーん(おい、とっとと倒してからトークしろ)」
シャルが口を挟んできたので、悠斗は「アレを先に倒してきますね」となるべく頼りになる人間に見えるよう意識して振る舞う。シャルが呆れたような鳴き声を漏らしたが、悠斗の思考を読んだのかミーシャを守るように彼女の少し前に移動した。
「……うっし」
自然な動作でカメラの位置を確認し、剣を構え直す。
ドラゴンゾンビは自身を傷つけた敵対者の存在に怒りを覚えたようで、向き直った悠斗に向かって咆哮する。
「
全身を包む強化魔法の感覚を確かめながら、足を踏み込んだ。
「俺たちがバズるために、いっぺん死ね――!」
シャルとの契約の恩恵は凄まじい。そしてシャルのかけてくれる強化魔法は、さらに凄まじい。
首を伸ばし噛みつき攻撃をしてくるドラゴンゾンビをひらりと躱し、裂帛の気合いと共に一刀で首を切り落としたことで、悠斗は使い魔のとんでもなさを改めて実感した。
「すごい……強化種を、一撃で……!」
あー賞賛の声が気持ち良いー! ……などという内心の汚さを隠しつつ、悠斗は自然な動作で――されど格好良く映るように――剣を納める。
アイドル配信者ミーシャを颯爽と助けたあいつは誰だ! と悠斗は一躍時の人となるだろう。ドラゴンゾンビの強化種という中級ボスレベルどころか上級ダンジョンの階層ボスレベル(高難度のダンジョンにはボスだけではなく、区切りの階層ごとに強力なガーディアンが待ち構えている。階層ボスとはそれのこと。大抵は最奥のボスの次に強い)にも届くような存在の首を一撃で落としたのもポイントが高い。映える動きだ。色んな配信者の動画で勉強した甲斐があった。
さて、これからどう動けば『あまみゃんチャンネル』に導線を繋げられるかな、とりあえずミーシャに何かしら協力を取り付けられれば良いか、大物配信者の伝手を借りられれば滅茶苦茶ありがたい――などと考えていた、が。
「にゃ?(待て、何かがおかしい)」
シャルの制止に、悠斗は再び剣の柄に手をかける。
「は?」
それは悠斗の驚愕だったか、ミーシャの困惑だったか。
モンスターは通常、ダンジョン内で死亡すれば、その体は黒い霧のようになって消滅する。その場に残ることがあるのはドロップアイテムと呼ばれるいくつかの素材(稀に装備品)だけで、死体は残らない。
ドラゴンゾンビも他のモンスターたちと同じように霧散するはずだった。
だが、そうはならなかった。
死体が見覚えのある赤黒い光に包まれる。
「これは……コアの、魔力……?」
『リューレン地下洞窟』で、美織がコアを使って魔法を発動した時にも見た光。
肌を灼く濃密な魔力が、最悪の事態を悠斗に連想させる。
「うにゃ……!(いや、あの時の術ではない。これは召喚術だ。屍の竜を捧げ、星の魔力を流し込み、何かを
「なにっ、なんなの、なにが起こってるの……!?」
いつになく真剣な思念を飛ばすシャルに、異常事態にパニック気味の声を上げるミーシャ。悠斗は剣を構え直し、光の中を見つめながら、
「シャル! あれは前みたいに中断できないのか!?」
「にゃん(無理だ、あのときの術式の防御機構とは干渉難度が全く違う……! この術は、なぜ、どうして――?)」
そして、魔力の爆発があった。
属性変化の異常が起こったのか空気中をバチバチと稲妻のように魔力が走り、フロアの端々で火の粉が舞う。
「ォォォオオォォ――……」
――ドラゴンゾンビの死体が横たわっていた場所に、新たな竜が佇んでいた。
部屋を圧迫する巨大な体と、魔力の燐光をぬるりと照り返す漆黒の鱗。生え揃えた杭のような牙は原始的な恐怖を呼び起こし、ゆったりと広げた翼の威容に体の芯から震え出す。
「ダーク、ドラゴン……?」
ミーシャが呟くように零した名前は、悠斗も何かの動画で見たことがあった。
ダークドラゴン。黒い巨大な竜であるそいつは、最低でも最上級ダンジョンの階層ボスとして登場するレベルの、圧倒的強者だ。中級ダンジョンのボスレベルでしかないドラゴンゾンビなんかとは比べものにもならない。
「にゃ……(先の屍の竜も妙な強化がかかっていたが、それでもこいつほどではない……なぜ、こんなものを……?)」
「っ、逃げろ――!」
のんびり分析している場合じゃない。
配信
背後のミーシャに向かって叫び、悠斗も足止めしながら逃げだそうと考えて――。
「――ォォオオオオオオッッッ!!」
甘い考えだった。
夢は一瞬で打ち砕かれた。
ダークドラゴンの咆哮は合図。やつは如何なる方法でか魔法を
「な――」
「きゃ――」
悲鳴は轟音によって塗りつぶされる。
漆黒の竜を中心に巻き起こった黒雷の嵐は爆発的に広がり、一瞬にして悠斗たちを飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます