第17話「願ってもない状況」
動画配信での収益がない以上、生活費はダンジョン探索で稼がなければならない。
とはいえ、
そんなわけで、
妙にゲームのようなところがあるのだが、ダンジョンは難易度が上がるほど稼げる。
強く珍しいモンスターからドロップする素材は高額買い取りしてもらえるし、宝箱の中身もダンジョン自体の難易度に応じて充実していくらしい(そもそもあまり宝箱を見かけないが)。
とはいえ、難易度が上がれば危険も増す。必然的に事前準備にお金をかけねばならず、それを上回る収益を出すためにはそれなりの実力が求められるのだが――。
「にゃーん(我がいればこの程度の
悠斗の使い魔シャルが操る氷魔法は強力無比で、中級ダンジョン『愚者の墓場』においても猛威を振るっていた。
「……ここなら無双動画も撮れそうだな」
「にゃん(この程度の魔物を蹂躙する様子を見せたところで、誰も心を動かされまい)」
「そうか……?」
まああくまで『中級』なので、もっと上の人達と比較すると痛いやつがイキっている程度に見えてしまうのかもしれない。
「にゃーん(しかし我が契約者よ、我の下僕である小娘も連れてこなくて良かったのか? やつにも働かせるべきだと思うが)」
「あー、
シャルの下僕となった美織は、現在雨宮と一緒に留守番している。
美織はダンジョンマスターとしての力を失ったため、悪魔を召喚するようなことはできなくなった。だが、本人がダンジョンマスターだったときにコアから学んだ魔法は使えるらしいので、戦えないわけではない。
「つっても、探索者としてはド素人だからな。さすがに中級ダンジョンに連れてくるのは無理だろ」
どこかのタイミングで訓練する必要があるだろう。あるいは雨宮と一緒に少しずつ探索者としての経験を積ませていくか。
……ただ、一番の問題となるのは『探索者になること』自体だったりする。
なぜなら美織にはこの世界での戸籍がないからである。探索者協会に登録しないとダンジョンに潜る許可が出ないのだが、そのための書類が用意できなければどうしようもない。
「そのうちどうにかしないとなぁ」
「にゃん(ふん、いざとなれば我がどうにかしてやろう。下僕の面倒を見るのも我の役目だからな)」
「どうにかって……偽造でもするのか?」
「にゃ(そうだな)」
「ええ……犯罪じゃん」
この国――神が用意した拠点は、クルシュラ=アーヴァン王国という国にあった――の法律はザッとしか調べていないが、恐らく文書偽造は禁止されているはずだ。現代日本と同等以上には発展しているのだし。
「にゃにゃ(そもそも貴様ら二人の戸籍だって偽造されたものだろう?)」
「うぐ……それはそう……、って」
なんで知ってるんだ、と言おうとしたが、シャルはなんてことないように鼻を鳴らす。
「にゃん(ふん、我は星が使わす守り人だからな。そのくらいは当然わかる)」
「なんだそりゃ」
「にゃー(それに、あの娘の魂は……)」
「……シャル?」
「にゃーん(いや、なんでもない)」
シャルは誤魔化すように鳴いた。よくわからない猫である。
ともあれ、時折シャルと雑談しながらも、悠斗は順調にモンスターを倒し、お金になる素材を集めていった。
『愚者の墓場』に出現するモンスターはいわゆる死霊系――スケルトンやらゾンビやらゴーストやら、そういうお化け屋敷ご用達な奴らだ。悠斗はホラー系が駄目なわけではないが、ジメジメした空気も相まってあまり長居したい場所ではない。
「普通のスケルトンの骨じゃ金にならんし、赤いやつがいればなぁ……」
赤いやつ――たまに見かける亜種だの強化種だの言われるやつで、白い通常種よりも素材を高く買い取って貰えるため、お金稼ぎに来た悠斗はそいつを狙っていた。
「あと金になるのはアストラル系の種火だけど……触りたくねえ」
「にゃん(アレは魂の残り香のようなものだ、触れても乗っ取られることなどほぼないぞ)」
「そういうのを心配しているわけじゃないんだが……ん? 待て、たまに乗っ取られるってことかそれ?」
と、そんな話をしていた時だった。
場所は第八階層。全十五階層あるこのダンジョンのちょうど半分の階で、それは起こった。
「――うわぁぁぁああああッ!?」
絶叫が石材のフロアを突き抜ける。
次いで聞こえてきたのは、幾人もの悲鳴と、爆発音。打撃音や金属音と共に上がる裂帛の気合いから察するに、何らかの戦闘が行われているようだが――。
「グォォオォォォオオオオオオオオオ――ッッッ!!」
階層全体を震わせるような咆哮があった。
「なんだ、これ……?」
「にゃん(恐らく竜種だろう。場所が場所だから、ドラゴンゾンビといったところか)」
冷や汗を垂らす悠斗とは違い、シャルは至って冷静に分析していた。
前方から何人かの探索者が走ってくる。――いや、逃げてくる。
「イレギュラーだ、逃げろぉ!」
◆ ◆ ◆
雨宮
手にはスマートフォンによく似た端末、画面に映るのはとあるダンジョンの風景と一人の少女。
「ミーシャちゃん、つよー」
つまりはダンジョン配信者の生配信を見ていた。
「旦那が外で稼いでいる間に、家でゴロゴロする主婦……」
「別にそういう関係じゃないから」
昼食の用意をしながら呟く美織にきっぱりと言い返して、再びごろんと転がる。うつ伏せだと若干胸部が苦しいので、少しだけ上体を起こした。
今見ている配信は、ミーシャというチャンネル登録者を百七十五万人も抱えるアイドル系ダンジョン配信者のものだ。挑んでいるダンジョンは中級ダンジョンの『愚者の墓場』で、陰鬱な雰囲気が漂う場所にあってもミーシャの輝くような魅力は見るものを虜にする。
「『愚者の墓場』か? そこって確か、今日
グリルで魚が焼き上がるのを待つだけで手が空いたのか、美織が後ろから画面を覗いてきた。
「あー、なんかそう言ってたわね。ってことは悠斗、ミーシャちゃんと会えるのかもしれないのか……」
むぅ、と無意識に唇をすぼめる。
「……それ、どういう感情だよ?」
「え? んー、変なことにならないかなーっていう……心配?」
「なぜ疑問形」
心配、なのは間違いない。ただ、細部は違う。それを言葉にする勇気はないけれど。
と、急に配信が慌ただしくなった。
画面全体が揺れている。手振れ、ではないはずだ。ミーシャが配信で使うカメラは自動追尾式の飛行端末だとどこかの動画で言っていた。ならばダンジョン自体が揺れているのか。
『あれ、なんだろ……? どうしたのかな、他の探索者さんたちが走って――』
画面の中のミーシャが別の場所に顔を向け、自律判断したカメラが視線の先を
果たして、通路の奥から数人の探索者が必死の形相で走ってきた。熱狂的なミーシャのファンがミーシャに気付いて集まってきた、わけではない。彼らは「逃げろ」だの「イレギュラーだ」だの叫びながら通り過ぎていく。
『え、なに? なにがあったの?』
ミーシャが困惑して振り返った、――直後のことだった。
ドォンッ! と、ミーシャの背後が爆発した。
『グォォオォォォオオオオオオオオオ――ッッッ!!』
ミーシャの背後に着弾したソレは、巻き上げた砂埃を吹き飛ばすような勢いで咆哮する。
有能な高級浮遊カメラは、そいつの全身をしっかりと撮していた。
「どら、ごん……?」
「いや、ゾンビだ。ドラゴンゾンビ……でもなんだこいつ、赤い……?」
美織の疑問に答えを出したのは、画面の中のミーシャだった。
『ドラゴンゾンビの、強化種……!』
震える声を絞り出すアイドル系ダンジョン配信者の姿を見て、雨宮千夏はふと以前の悠斗との会話を思い出していた。
『あー……ウェブ小説みたいに、イレギュラーに当たったアイドル配信者をさくっと救って一気に有名になれたらなぁ……』
『なにそれ』
『なんでもない。ただの妄言だよ』
「……悠斗、カメラ持って行ってたっけ?」
「は、はあ? ……いや、撮影するわけじゃないから機材は持ってないと思うが」
それは惜しいことをした。
いや――しかし、ミーシャのカメラは優秀で、配信主が指示せずとも撮し続けている。……あるいは、なにも指示しないから続行しているのか。
そして、画面の端に見慣れた少年と黒猫を見つけ、雨宮千夏は自然と口の端を上げていた。
「バズるチャンスよ、悠斗」
ここからどう『あまみゃんチャンネル』に導線を繋げるかは、まだ考えていない。
でも、このダンジョン配信者が飽和する時代で、こんなチャンスは二度と訪れない。絶対に、何かに繋げなくてはいけない。
それが自分の力ではないことが少しだけ悔しいが――それでも、条件達成に近づけるなら、構わない。
「もとよりわたしの魅力なんて、ゴミみたいなものだから」
美織に聞こえないくらい小さな声で呟いて。
自分達の今後を決める他人の配信に、再び意識を戻した。
「……というかこれ、ミーシャちゃん危なくない? 年齢制限かかるような事態はやめてほしいんだけど」
「出血程度じゃキッズが弾かれるだけだよな? あーでも確か、腕が飛んだりしたら十八禁になって、あんまりにも重傷だと配信自体が強制終了されるんだったか」
「ミーシャちゃん超逃げて!」
自分達のチャンネルがバズるためのチャンスは熱望していたが、さすがに他人が取り返しの付かない被害を受けることまでは許容できない。
一瞬浮かんだ自分本位な考えを振り払い、全力で配信者を心配するのであった。
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