第14話「配下、下僕、奴隷」
「……シャルは俺の使い魔で、
「にゃん(貴様は我が下僕なのだから、同僚という表現が正しい)」
「目がキモい……! あたしに何する気だよ!?」
シャルが鼻を鳴らし、
そんな友人の様子を見て
「……悠斗、
「お前ら結婚してんのかよ!?」
「け、結婚なんてしてないわよ! ちょっと同じ部屋に住んでるだけだしっ」
結果的に同棲しているだけである。……それでも南雲にとっては衝撃的であったようだが。
ともあれ、
「とりあえずお前は下僕だから美織って呼ぶぞ」
「やめろ」
「んで美織、お前はなんでダンジョンマスターになってたんだ?」
「無視すんなクソ野郎」
「あ、自己紹介必要? 俺の名前は――」
「
「あ、はい」
クラスカーストのトップ層にいる陽キャが底辺陰キャの名前を覚えていることに変な気分になるが、とりあえず今は流す。……
「で、なんでダンジョンマスターになってたんだよ?」
もう一度訊くと、南雲――美織は観念したように話し出す。
「……あの神様に願いを叶えてもらったからだよ」
「ダンジョンマスターになりたいって?」
「違う。ただあたしは――支配する側になりたいって、願っただけ」
中二病かな、なんて茶化すことはできないほどに、真剣な顔で美織は語る。
「そしたら、あたしはいきなりこの部屋で寝てた。意味がわからなくてパニクったけど……ダンジョンコアに触れたら、色んなことが頭ん中に流れ込んできてさ――」
ダンジョンコアには様々なことが記録されていて、それを閲覧することで美織はこの世界について理解していったらしい。
そして自分がこのダンジョンのマスターであり、人類の敵であること。このダンジョンが最弱のモンスターしかいなくて、その上外部の人の手によって管理されていること。圧倒的不利な現状にいることを知り、侵入してくる探索者たちに怯えながらコア部屋に引き籠もっていたという。
幸いにしてこのダンジョンのコアは破壊しないよう探索者協会が規定していたため、転生してから今日までの約一ヶ月間、南雲は誰にも見つからず生き残っていた。
「……ダンジョンマスターってさ、何も食わなくても生きていけるんだよ。コアに魔力があれば、あたしを延命させてくれる。人間じゃないみたいだ。……そりゃ人類の敵だしな」
乾いたような笑みを貼り付けて、美織は続ける。
「怖くて、怖くて、誰も来ないでほしいって思いながら、いつもコアの力でダンジョンの中を見てたんだけどさ……一週間くらい前かな。お前らを……雨宮を、見つけた」
「……、」
「楽しそうだった。生き生きとしてた。……あたしはこんなジメジメした暗い部屋で惨めに生きてるのに、お前は輝いてた。日本にいた頃と変わらない光だった。ホントにホントに――ムカついた」
逆恨みだ。差が生まれたのは神に願った要望の結果であり、雨宮に非はない。そも美織はチートを貰い、こちらは反対に生きる条件なんてものを付けられているのだから、そちらの方が総合的に恵まれているはずだ――そんなことを一瞬だけ頭で考えて、しかし悠斗は口に出さなかった。
「最初は思った。なんとか助けてもらえるかもって。でも、お前らの格好は探索者で……殺されるんじゃないかって思った」
「そんなこと……」
するわけない、という雨宮の主張は、美織の睨むような目に引っ込んでしまう。
「お前がどんな願いで力を貰ったかわからないんだ、日本にいた頃みたいにまた奴隷にされちゃたまらない」
「奴隷なんて――わたし、そんな風に美織を扱ったことなんてないわ」
「奴隷だよ。隣にいるだけであたしたちは引き立て役で、お前の言葉は全て命令。そういう風に受け取らなければ、あたしが周りから非難される。だってあの教室は雨宮を中心に回っているんだ。まるで女神を崇めるみたいに、みんながお前に向かって
――そんなわけないだろ。
口の中で呟いた言葉は、しかし悠斗自身で否定せざるをえない。
雨宮はカリスマがあった。
そのともすれば暴力的なまでの美貌、脳を冒す鈴の声、肌を灼くような琥珀の瞳。およそ同じ人間とは思えない――高次に存在する神聖なものであると錯覚するような存在感は、たった十六、七の少年少女を容易く狂わせる。
……実際に、そこまでカルト宗教のような崇め方をしていたわけではない。
ただ、雨宮
本人がどう思っていたかなど関係ない。
本人がそのように振る舞っていたわけでなくとも、自然と周りはそうなっていた。そして、その空気を一人ひとりが察するごとに、態勢は強固なものと成っていく。
「怖かった――周りの目が。惨めだった――あたしの振る舞いが。雨宮には誰も敵わない、だからコイツの下にいよう、周りを固めていよう……そう考えるあたしの心が嫌だった」
だから――、と美織は奥歯を噛みしめるように。
「願った。支配者になりたいって。……それがダンジョンのマスターなんて意味のわからない形だったけど……でも、お前を見つけたときに、幸運だって思えた。だって、これを使えば雨宮を魔法の力で縛れるから」
ダンジョンマスターは、コアに登録された配下に対し絶対的な支配権を有する。もし雨宮を配下として登録すれば、美織は雨宮の魂までも支配できるのだ。
教室では叶わなかったこと。周りの目、無言の圧力なんてここにはない。
「心配だったのはお前がどんな力を貰ったのかだったが……ダンジョンに来るお前を観察してたら、問題ないと思った。無様なくらい何もできないみたいだったからな」
「……無様で悪かったわね」
「あたしにとっては良かったよ。そんでもって大いに笑ったぜ、あの雨宮が馬鹿みたいに非力なんだもの。……周りに人間がいなけりゃこんなものか、って思った」
その声には、わずかな失望の色が混じっていた。
美織も美織で、雨宮を神聖視していたのだろう。自覚のあるなしは定かではないが――きっと、あの
「そんで、今日、お前は最奥まで来た。あたしのすぐ近くまで来たんだ。だから、前からずっと溜め続けていたコアの魔力を使って、悪魔を呼び出したんだよ。お前を捕獲するために」
「……捕獲って言う割には、本気で殺されかけたんだけど」
「ちゃんとジャクソンくんには命令したんだけどな……生かして捕らえろって。あと顔に傷は付けるなって。雨宮の綺麗な顔を傷つけるのは、あたし自身でやりたかったし」
さらりと言ってのける美織に、雨宮は体を一歩分引いた。
「にゃん(アレは下級悪魔だからな。戦闘能力が等級の割に強めな代わりに、知能が全くないのだろう。貴様の言葉を理解できていなかったのかもな)」
「マジか……でもコアの力で配下に命令は伝わるはずじゃ……?」
「にゃー(簡単な命令なら伝わる。あの部屋を守れ、どこそこで迎え撃て、とかならな。だが罠を仕掛けろだの、地形を使って奇襲しろだの高度な命令は、ある程度以上の知能を有するやつでなければ理解できん。あの悪魔はゴブリン以下の知能しかなかったのだろうよ)」
「ジャクソンくんが……ゴブリン以下の知能……!?」
絶句する美織。唯一シャルの思念が通じない雨宮は首を傾げていた。
……もしあの悪魔が高度な知能までも有していたら、雨宮は勝てなかっただろう。そう考えると、こちらとしては幸運だった。
「……ともあれ、切り札が通じなかったんだ。もうどうしようもないって思ったけど、雨宮の恋人――」
「恋人じゃないわ」と雨宮。
「……奴隷?」
「ふざけんな」と悠斗。
「…………刈谷なら人質になると思ったから、コアの力を使ってあたしの前まで転移させた。弱そうだったし」
一言余計だぞ、と言うべきか。
半眼を向ける悠斗を無視して、美織は自嘲するように笑った。
「あとは知っての通りさ。猫に負けた。マジであり得ねえ」
「にゃん(我は偉大なる現代魔族の始祖であるからな、この程度は容易なことよ)」
「それがおかしいんだよ……コアの記録に載ってたけど、コアのシステムって神様が整えたんだろ? 神様の作った魔法を上書きするって、マジでやばすぎる」
「にゃー(所詮神といえど我の偉大さには敵わぬからな。……そもそも、アレの知識について我より詳しいものなど現代には残っておらん。当然のことだ)」
なんか尊大な態度で言っているが、見た目はただの黒猫なのでただただ可愛らしいだけだ。人の血を吸うのでその正体は幻獣か悪魔か不明だが。
「あたしが転生してからの話はこんだけだよ。……で、お前らはあたしをどうするつもりだ?」
そう問いかける美織は、どこか諦めたように達観していた。
「にゃん(この小娘の血は我が契約者よりも美味くなさそうだから、我としては捨てても良い)」
「っ」
「にゃー(ゆえに我が契約者よ、貴様が決めろ)」
シャルは美織の扱いにさほど興味がないようで、猫らしくのんびり毛繕いを始めてしまった。その様子を尻目に、悠斗は思考する。
――美織をどうすべきか。
美織は転生者で、元クラスメイトだ。
しかし彼女はダンジョンマスター――すなわち人類の敵でもある。
そしてついさっき、シャルの配下になった。
……本音を言えば、悠斗たちの条件達成を手伝ってほしい。
美織に配信技術があるかはわからない……というかたぶん一般視聴者程度だろうが、人手が欲しいのだ。何なら雨宮と一緒に動画に出て盛り上げてほしい。美織は(雨宮ほどではないとはいえ)容姿は整っている方だし、そこそこ画面映えするはず。しかも魔法が使えていたのだ、戦力としても当てにできる。
……美織の意志? あいつはもうシャルの下僕なのだ。だからシャルの主である悠斗、そして悠斗の一蓮托生のパートナーである雨宮の決定に文句は言わせない。魔法で縛られ銃を突き付けられたことを根に持っているわけではない。ないったらない。
「……俺としては、条件達成を手伝わせたい」
悠斗の提案に、雨宮は「そうね」と頷いた。
「美織はトモダチだから、何の援助もなしに放り出すなんてできない。だから、美織がこの世界で生きていけるように、助けてあげたい」
「……雨宮」
ふわりと笑う雨宮に、美織は震えた声で名を呼ぶ。そこに込められた感情が何であるか、悠斗には正しく読み取れなかった。
「でも、美織。一つ訊かせて」
「なに?」
美織は顔を伏せて、呟くように聞き返した。
雨宮は美織の一歩前に立つと、その茶髪を見下ろしながら、問いかける。
「あんたはわたしのこと、どう思ってたの? ――本音で良いわよ、それを聞いてどうするとかはないから」
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