第13話「お前もお猫様の配下にならないか?」



あまみや。――こいつを殺されたくなかったら、あたしの下僕になれ」


 ぐもの要求を聞いて、雨宮はしばらく反応を見せなかった。

 じっと南雲を見つめ続ける。


 南雲の要求を聞く必要なんてない。雨宮が犠牲になってゆうを助けるだなんて、そんなことはあってはならない。雨宮は悠斗を見捨てて逃げるべきだ。

 そう叫ぼうとしても、意地汚い生存欲求が――自己中心的な心が悠斗の口を縫い止める。


「ちっ」


 やがて焦れた南雲が見せつけるように銃口を悠斗の側頭部に接着させると、ようやっと雨宮は口を開いた。


「……わたしがあんたの下僕になったら、悠斗はどうするの?」

「まあ雑用には使えるだろうから、お前と一緒に飼ってやるよ」


 馬鹿にしたような声色で言い放つ南雲。

 雨宮は少しだけ考えるように視線をさまわせて、


「……ならいいか」

「よくねえよ!?」


 思わず叫んでしまった。

 苛立った南雲が銃口をさらに押しつけてきたので再び閉口する。


「お前はてっきり自分が一番じゃないと気が済まない性質たちだと思ってたんだが……なに? もしかして、こいつがいればあとはどうでも良いとか、そういうやつ? 熱々なの? 超ウケる。雨宮なつが、こんなモブに縛られてるなんてな」


 人をモブ呼ばわりとか失礼が過ぎる。雨宮に比べたら全人類モブなのは否定しないが。


「……別に、縛られてるとか、そういうわけじゃないわよ。恋人でもないし」


 雨宮は呟くように言葉を零す。


「ただ……今は悠斗しかいないから。わたしには、悠斗が必要なの」

「……は? マジ?」


 予想外に真に迫った言葉に、南雲は目を丸くした。


 これもう告白だろ、と思わないでもないが、これをに受けて彼氏づらなんてした日には「陰キャの勘違いキモい」と蔑まれそうなので決して悠斗は勘違いしない。転生してから雨宮と過ごした二週間が、悠斗の破滅を防いでくれる。


「……へえ、そこまでなんだ。いやマジで予想外だったけど……あの雨宮を操る方法が、こんな簡単なことだったなんて。あはっ」

「……、」

「あ、もしかして下僕って言ってもただの召使い程度に考えてる? 甘い、考えが甘いんだわ。お前は一生あたしの奴隷にする。口約束なんかじゃねえ、キッチリ魔法で縛ってやるよ」


 南雲は右手で悠斗に銃を突き付けたまま、左の掌を上に向けてみせた。すると部屋の中央にあったダンジョンコアがふわふわと移動し、南雲の掌に数センチ浮くようにして収まる。


「これ、ダンジョンコアって言うんだけどさ……凄いんだよ。これがあれば、雨宮、お前を魂ごと縛り付けることだってできるんだぜ」


 南雲の言葉に呼応するように、ダンジョンコアが赤黒く発光する。


「にゃーん(なるほどな。ダンジョンに所属する存在として登録することで、マスターの管理下に置くということか。確かにそれなら、こやつが小娘の全てを支配することもできる)」


 シャルの説明に、悠斗は自分の表情がさらに険しくなったことを自覚する。


「……ダンジョン所属の配下にするって、ダンジョンに配置されるモンスターと同じようにするってことか?」

「扱いとしては名付きネームドだからそこらの雑兵よりは上だぞ。ダンジョン内なら死んでもコアの魔力を使って生き返られるし」


 ボスの再配置リポップと仕組みは同じだろう。

 ……ダンジョン内限定とはいえ、生き返られるとはとんでもない恩恵だ。その代わり、ダンジョン自体の支配者である南雲には逆らえなくなってしまうのだろうが。


「あたしの配下になればダンジョンコアと繋がるから、食事や睡眠も要らなくなるんだぜ。まあその分、外には出にくくなるけど――」

「待って」


 調子よく語り出した南雲を遮って、雨宮は疑問を口にする。


「あんたの下僕になったら、ここから出られなくなるの?」

「出られなくはないけど、恩恵を一時的に失うしなんかペナルティも喰らうっぽいんだよな。……ま、そもそもお前は当分外に出さないけど」

「それは困るわ」

「困ってくれるならあたし的には嬉しいわ」


 歪に笑う南雲に対し、雨宮はチラリと悠斗を見て、


「ここから出られないと、わたしたちの条件が達成できなくなる。それは絶対に、駄目なの」


 ――そうだ。

 悠斗と雨宮は、『配信者として登録者数百万人』を達成しなければならないのだ。それも一年という期限付きで。


 ダンジョン内でも(この世界の謎技術で)ネットに接続できるが、機材がない。よしんばダンジョン内に機材を用意できても、このダンジョンに引き籠もってできるネタだけで百万人なんて集められるわけがない。そもそもここでやれるネタが思いつかないから、卒業試験的な意味で踏破RTAをしていたのだ。


 ……世界初のダンジョン勢力系配信者としてデビューする? 速攻で討伐隊が組まれて期限が来る前に殺されるわ。


「お前の事情なんて知ったこっちゃないんだよッ。あたしはこのチャンスを――お前をひざまずかせられる絶好の機会を逃さない……!」


 吐き捨てるように言って、南雲は左手を高く掲げた。

 いっそう強い光を放つダンジョンコア、その禍々しい輝きに悠斗も雨宮も表情を険しくする。


「ダンジョンコアよッ! 雨宮千夏の魂を登録し、支配下に置け――!!」


 高らかに言い放った南雲の命令により、ダンジョンコアから赤い魔法陣が浮かび上がった。複雑怪奇な紋様のそれは回転しながら高度を上げ、天井すれすれの所で制止すると、一際強く発光する。


「にゃ(契約魔法だな。魔力は星から引っ張っているのか)」

「分析してる場合じゃねえだろッ」


 泡を食って叫ぶ悠斗だが、その体は南雲の魔法によって縛られているので身動きが取れない。


 ――ふと、雨宮と視線が合った。

 雨宮は、どうしてか申し訳なさそうに笑った。


「――クソッ」


 このまま雨宮が南雲の下僕にされるなんてことは認められない。


 悠斗と雨宮は一蓮托生のパートナーだ。

 神から与えられた理不尽な条件に立ち向かう、相棒なのだ。


「ッッッァァァアアアアア――ッ!!」


 叫んで。

 力んで。


 魔法という超常の力は、そんなものでどうにかできるものではない。

 かり悠斗にはチート能力なんてないのだから、なおさらだ――。


 しかし。


 ――パリン、と。

 ガラスが割れるような音と共に、悠斗の体を縛っていた魔力の縄が霧散した。


「――は?」


 訳がわからない。

 わからないが――。


 このチャンスを逃すまいと、悠斗は刹那で判断して、左手を横に薙いだ。


「あぐっ!?」


 ごっ、という鈍い音。

 悠斗の左手の甲が、南雲の顔面を直撃したのだ。


 痛みに思わずうずくまる南雲。しかし彼女の手から離れたダンジョンコアは、主人の制御などなくとも魔法を止めない。


 捕縛の魔法はなぜかどうにかなったが、宙に浮くアレはどうにもならない。


 剣を投げてみるも、ダンジョンコアが発する魔力によって弾き飛ばされてしまった。


「なら……!」


 南雲が取り落とした銃を奪って、ダンジョンコアに向かって発砲。リアルで銃を撃ったことなどないのでまともに目標物に当たった弾は三分の一もなかったが、しかし命中した弾も妨害防止のために展開された魔力障壁に阻まれてしまう。


 これより強力な遠距離攻撃手段など悠斗にはない。雨宮――は持っていた魔宝石マギジュエルを爆弾として使ってしまった。


 為す術がない。

 ――いや。


「シャル、どうにかしてくれッ!」


 方法なんてわからない。だが丸投げの指示でも、悠斗の使い魔は問題なく解をもたらす。


「にゃん(いつもより多く血を戴くからな)」

「ああ、好きなだけ持っていけ!」


 契約の代償、シャルの餌。――それは悠斗の全身を流れる血液だ。

 シャルは悠斗の手首に飛びつき、容赦なく牙を立てた。体内の何かを吸われる感覚。ごっそりと、血液以上に別のものを持って行かれた――ような気がした。


「にゃー(相変わらず美味だな、我が契約者は)」

「やばい頭がクラクラする……っ」

「にゃにゃ(その程度で済むのだから貴様は優秀だよ。血液タンクとして)」


 失礼なことを言って、シャルは翼もないのに空中に浮かび上がった。魔法、だろうか。シャルはそのままダンジョンコアまで近づき、その小さな前足を魔法陣にかざす。


「な、にをする気だ……ッ」


 顔面の痛みに呻いていた南雲が、宙に浮くシャルに向かって問いただす。

 シャルは南雲を一瞥して、不快だと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「にゃん(我が契約者は我のものだ。我の下僕なのだ。そして小娘は我が契約者の伴侶である。それを我の許可なく配下にしようなど、断じて認められるものではない)」

「なんか色々間違ってるんだが!? 俺はお前の下僕じゃねえし雨宮とは結婚してねえよッ!!」


 血液タンクという名の餌係な悠斗の反論など、お猫様は聞いちゃいなかった。


「にゃん(ゆえに――、新米ダンジョンマスターよ)」


 宣言と同時だった。

 


 複雑な紋様を作り出していた線が動き出し、曲がり、あるいはまっすぐに伸びて、違う模様を編み上げていく。もともとどんな記号的意味があったのか、新しくどんなシンボルを設定しているのかなど悠斗にはわからない。しかし、これだけは理解できる。


 すなわち、術式が書き換えられた。

 魔法が、別の魔法に置き換わっているのだ。


「な――――」


 天井の魔法陣を見上げ、絶句する南雲。魔法が扱える彼女には意味が理解できているのだろうか。いいや、ただ自分の魔法が他人に奪われ、塗り潰されるさまにショックを受けているだけかもしれない。


「にゃあ」


 鳴き声一つ。

 直後、赤い光の柱が南雲を貫いた。


「ぁ――っっっ!?」


 目を見開き、声にならない悲鳴を上げながら、南雲の体が光に飲まれた。


「ねえ、これ大丈夫なの……?」


 衝撃的な場面に思わず雨宮が不安げに零す。


「にゃん(問題ない、肉体的な痛みは発生しないからな。これはちょっとした演出みたいなものだ)」

「……ただの演出だってさ」


 シャルの思念は契約を交していない雨宮には通じないので、悠斗が端的に伝えてやる。雨宮は「なら良いんだけど……」と言うが、言葉とは裏腹に心配そうな顔でしゃっこうの中の南雲を見つめた。


 ――やがて。光が弱まると、呆けた顔の南雲が現れる。


「にゃあ(これで貴様は我が配下だ。しっかり尽くすのだぞ)」

「なんであたしが猫の配下に……ってか猫がしゃべっ……違う、なんか副音声が聞こえる……!?」

「え、ずるいっ! わたしもシャルちゃんとお喋りしたいのに……」


 混乱して頭を抱える南雲に対し、雨宮は少しだけいじけた様子でそんなことを呟いていた。


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