第12話「制服と銃って相性良いよね(白目)」



「――動くな。手に持っているものを置いて、両手を上げろ」


 小型の拳銃。魔力駆動式が多いこの世界の銃にしては珍しく火薬で飛ばすタイプのもの。確か、魔力探知に引っかからないため対魔法使い用に活躍しているとかなんとか、武器紹介動画で見た気がする。


 それを両手で構えているのは、茶髪サイドテールのだった。


「……違った、動いても良いからとりあえずその手のやつを地面に置け」


 アニメやドラマで良く聞く台詞だが実際には矛盾してて無理じゃね? などとネタにされるものを先んじて封じてくる少女。


 ふざけている場合ではないので、ゆうは言われた通りに手に持っていたカメラを地面に置き、それからゆっくりと両手を上げる。


「よし。……あ、待て。お前、なんか魔法とか使ってないよな?」

「使ってない。というか使えない」

「そ、そうか。まあ確かに魔法使えるならあまみやの援護でもしてるよな……」


 ――今の言葉で、悠斗は確信した。

 見覚えのある制服を着た少女に、悠斗は固い声で問いかける。


「お前、ぐもだよな?」

「――ちっ」


 返って来たのは舌打ちだった。

 しかしその表情から、悠斗の口にした名前が合っていたとわかる。


「さっき雨宮のこと言ってたし……というか制服のままなんだから、さすがにクラスメイトだってわかる」


 南雲おり

 悠斗たちのクラスメイトで――雨宮の友人グループに所属していた、クラスカースト最上部の人間。


「……そうだよ」


 今度こそ肯定され、悠斗は異常感をさらに強く覚えた。


 クラスメイトに、銃を向けられている。


 ……そんな経験、もちろん前世でもしたことがない。ましてやここは異世界のダンジョンで、さらに言えば皆それぞれ望みの世界に転生していたはずだ。こんな状況に陥るなど、誰が予想できるものか。


「同じ世界に転生してたんだな」


 南雲が何を思って銃を向けてくるのかはわからない。

 悠斗は当たり障りのないことを言いつつも、少しでも情報を引き出そうと神経を集中させる。


「みたいだな。あたし的には知り合いなんていない方が良かったんだが……でも、あいつを連れてきてくれたのは感謝してる」

「……雨宮のことか?」

「そ」


 銃口が少し震えている。こいつも雨宮と同じで筋力や体力が不足しているのか、腕を伸ばして水平に保っているだけで限界のようだ。拳銃の重さも関係しているだろうが、なんとも非力なことである。


 ――あるいは。

 人間に対して銃を向けることを、躊躇しているのか。


「長々とお喋りする気はないから。――ゆっくりこっちに来い」

「……、」


 悠斗はシャルとの契約のおかげで強化されているとはいえ、弾丸を見切って躱せるかはわからないし、鋼鉄の肉体でもないので皮膚で跳ね返すことなどできないだろう。大人しく要求に従い、南雲に向かって足を動かす。


 歩きながら、悠斗は目だけで周囲を確認する。

 見慣れた岩壁の部屋。『リューレン地下洞窟』のどこかであることは間違いない、はず。


 どうしてここに転移させられたのか、理由はわからない。

 だがここが何の部屋なのかは、部屋の中央――南雲の隣に浮かぶ赤黒い水晶のおかげで判明した。


 ――水晶は、ダンジョンコア。

 つまりここはボス部屋のさらに奥に存在する、立ち入り禁止のコア部屋であり――。


「よし、止まれ」


 悠斗が一メートルほどの距離まで近づくと、南雲は制止した。

 指示通りに悠斗はピタリと足を止める。


「なあ南雲、なんでこんなことするんだ?」

「お前と話す気はない」


 ――駄目だな、交渉すらできない。


 悠斗は南雲に特別恨まれるような心当たりはない。……いや、もしかして雨宮関係か? だとしても、拳銃を突き付けられるようなことはないはずなのだが。


「お前は人質だ。相応の振る舞いをしろよ」

「初めて人質になったから、そんなこと言われてもわっかんねえわ」

「うるせえ、大人しくしとけ。じゃないと撃つ」


 南雲は両手を上げたままの悠斗の横に立ち、側頭部に銃口を当ててきた。


「……腕、辛くないか?」

「辛い。――ってうっさいな、こんぐらいなんともないわッ」


 キッと睨み付けてくる南雲。腕はぷるぷるしたままだったが。

 からかったわけではないのだが、激情のままに撃ち殺されてはたまらない。悠斗は空気を変えるために、核心に切り込んだ。


「ところで、?」

「――――」


 ダンジョンコアのある部屋に、制服姿の南雲。

 彼女が探索者であるようには見えない。


 状況から推測しただけの、半ば鎌を掛けたようなものだったが――果たして、南雲は盛大に舌打ちした。


「……なんでも良いだろ」

「確かお前、早いうちに神に呼ばれて転生してたよな? ってことはチート持ちか。もしかしてダンジョンマスターになるのがチート――」

「バインド」


 言い切ることはできなかった。

 悠斗の体に絡みつくようにして魔力の縄が現れたのだ。初級の捕縛魔法。南雲が魔法を使い、悠斗を黙らせたのである。


 ……この魔法自体に沈黙サイレントの状態異常を起こすような効果はないが、唐突なことに驚いて声を詰まらせてしまった。


「……お前、魔法使えるんだな」

「もうマジで黙っとけ。次に余計なこと言ったら本気で撃つから」


 これで悠斗の勝ち目はさらに薄くなった。自分の不用意な発言で状況を悪化させてしまったことは反省せねばなるまい。


 ――と、そんな時だった。



 バゴンッ!! と盛大な音を立てて、金属の塊が悠斗の足下まで吹っ飛んできた。



 それは扉だった。真ん中の辺りでひしゃげているが、恐らくこの部屋と外とを隔てる唯一の存在。


 厚さ五センチほどの金属板を無残な鉄くずに変えた犯人は、堂々とした足取りで部屋の中に入ってくる。


「にゃーん(ヒトかマスターのどちらが封印を施したのかは知らぬが、ずいぶんと脆いな。撫でただけで弾け飛んだわ)」

「うわ……豪快だなぁ、シャルちゃんは」


 気楽な調子のシャルと、おっかなびっくりその後をついてくる雨宮。


「雨宮ァ……!」


 ギリリ、と南雲は奥歯を鳴らした。仲の良い友人と再会したやつの反応ではない。


「美織……? なんであんたがこんなところに?」


 雨宮は転生時に離ればなれになったはずの友人に首を傾げ、次いで悠斗が拳銃を突き付けられているさまにぎょっと目を剥く。


「あんた、何して……ッ!」

「おっと動くなよ雨宮、あと猫もな。余計なことしたら恋人の頭を吹っ飛ばすぞ」


 こちらに走ってこようとした雨宮の足がピタリと止まる。シャルも様子を見るようで、雨宮の足下に並んだ。


 雨宮はすっと目を細めて、


「……悠斗は恋人じゃないけど」

「嘘吐けェ! ジャクソンくんの前であんなにイチャついてただろうが!」

「い、イチャついてなんかないわよっ! というかジャクソンって誰よ!?」

「お前が殺した悪魔だよ、クソがッ!」


 あの悪魔、そんな名前だったのか。


「にゃん……(いやアレは傍から見ればイチャついてたな)」

「シャル……真面目にしてくれ……ご主人様がピンチなんだぞ……」


 お猫様は気楽にあくびでも零していた。煽ってんのかコイツ?


「悠斗をどうするつもりなの?」

「こいつはただの人質だよ。人質が何のために使われるのかってことくらい、わかるよな?」

「……犯罪者が、自らの要求を通すため」


 雨宮の答えに、南雲は邪悪に笑ってみせた。


「雨宮。――こいつを殺されたくなかったら、あたしの下僕になれ」


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