第11話「爆発オチなんてさいて……いや最高だわ」



「喰らえ――ッ!」


 先手必勝。

 相手が動き出すのを待つ必要なんてない。


 あまみやはトパーズの魔宝石マギジュエルを眼前に掲げ、気合いと共に魔力を籠める。

 起動した術式は電撃の魔法。

 初級に分類されてはいるが、雨宮が充分以上に魔力を注ぎ込んだため、その威力は並のモンスターを一瞬で焼き殺してしまうだろう。


 刹那の閃光、そしてバヂィッ!! と弾ける音。

 雨宮の攻撃は、狙い違わず悪魔へと直撃して――。


「グォ」


 体の芯を震わせるような、低い声だった。


「ガァアァァアアア……!」


 悪魔がうなり声を上げながら全身の筋肉を膨張させると、体表を滑るように電気が霧散する。


「なにあれ!? 筋肉万能説なのっ?」

「にゃお(馬鹿が良くろ、魔力を体外に放出して吹き飛ばしたのだ)」


 シャルの思念は雨宮には通じずただの鳴き声にしか聞こえないのだが、雨宮は悪魔の魔力を肌で感じ取ったようでたらりと額から汗を垂らした。


「やっばい……けど、こっちはどう!?」


 次に起動した魔宝石マギジュエルはルビー。刻まれた術式は初級の火炎魔法。

 雨宮の眼前に炎の球が出現し、一拍おいて標的に向かって飛び出した。


「グルァ!」


 悪魔が唸り、拳を振るう。魔力を纏った右手は炎の球を貫き、霧散させてしまった。


「これも駄目なの!?」

「にゃん(そもそも悪魔相手に魔法は相性が悪い。やつの魔力量はそこらの人間よりも遥かに多く、相応に魔力抵抗力も高いからな)」

「魔法が駄目なら、剣で――」


 魔宝石マギジュエルを左手に持ち替え、空いた右手で腰の剣を抜き放つ。


 ――スライム相手にロクなダメージを与えられなかった雨宮が、あの筋骨隆々な悪魔を相手に接近戦で敵うわけがない。


 果たしてゆうの予想は正しかった。


「ガァアアッ!」


 悪魔が吠え、山羊頭を落とし前傾姿勢で地を蹴った。

 ぐんっ、と加速した悪魔はたったの三歩で雨宮の目の前まで体長二メートル越えの体を運んでしまう。


「ぇ――」


 気付いたときには、悪魔は右腕を引き絞っていた。

 剣で迎え撃つことすらできず、雨宮の顔に岩のような拳が迫る――。


「にゃん」


 愛らしくもどこかふてぶてしい猫の鳴き声。

 本来聞こえてくるべき骨を砕く音は、しかし甲高い打撃音に取って代わる。


 雨宮と悪魔の間に割り込んだシャルが、魔力障壁を張って拳をはじき返したのだ。


「グォ……ッ」

「にゃにゃ(貴様らは本質的に魔法種族エレメンタルだろう、受肉もせずに肉弾戦など阿呆が過ぎる)」


 見た目はただの小さな黒猫が作った魔力障壁を食い破れなかったことに苛立ったのか、悪魔が二撃、三撃と両の拳を交互に突き出す。だがシャルの防御は丸太のような腕が繰り出す攻撃をものともせず、衝撃を完全に封殺してしまった。


「ありがとうシャルちゃんっ! ――チャンス、だぁっ!」


 悪魔の注意がシャルに向かった隙に、雨宮は側方から剣で斬りかかった。あの巨体に立ち向かう勇気だけは尊敬するが――彼女の筋力で悪魔の分厚い皮膚を貫けるとは思えない。


 しかし、雨宮も自分の非力さは自覚していたようで。

 切っ先を斜め上――悪魔の顔に定め、剣を突き出した。


 ――顔、いや目を狙ったのか。


 今は撮影中、一秒たりとも逃したくない大ボス戦。マイクに余計な声を入れないよう口の中だけで呟いた悠斗は、感心すると同時に不安を覚えていた。雨宮の命中精度は止まっている相手にすら外すレベルだが、大丈夫か――?


「あ」


 間抜けな声。

 剣は悪魔の眼前を通り過ぎ――勢い余ったのか雨宮の握力がクソ雑魚だったからか、すっぽ抜けた。


 僅かな静寂を挟んで、からんこととん……と地面に落ちる音。

 お馬鹿、と思わず声に出すところだった。


「ガァ、アア?」


 悪魔までもが困惑したように唸る。


「………………えっと、シャルちゃん」


 シャルは鳴かず、ただただ馬鹿を見る目で雨宮を見つめていた。


「たすけてぇ」


 涙声の雨宮。剣は悪魔を挟んで向こう側、身を守る盾すら(重量過多で動けないから)ない丸腰で、敵対する悪魔とはわずか一メートルの距離もない。


「アガガァ」


 悪魔はどこか笑ったように声を上げ、目の前の獲物に向かって拳を振り下ろす――。



「なんてね」



 ――閃光がほとばしる。

 次いで、ゴッガッッッ!! という爆発音が全身を殴打した。


「――――――ッ!?」


 ごうッ!! と嵐が吹き荒れた。火柱が天井を突き、細氷が渦巻き、電撃が縦横無尽に踊る。三色の魔力は無秩序に荒れ狂い、手当たり次第に物質界を蹂躙する。


 爆心地から巻き起こる爆風に倒されぬよう悠斗は踏ん張った。特に、カメラをブレさせないように気をつけて。

 飛んでくる破片に当たらないよう細心の注意を払いながら、悠斗は目の前で起こった現象について答えを得ていた。


 

 剣が――いや、


『――魔宝石マギジュエルに魔力を過剰に籠めるのもやめろよ。リミッターがついてるから基本的には大丈夫だろうけど、許容量を超えて魔力を注ぐと爆発するから』

『わざとオーバーフローさせて手投げ爆弾みたいに使う戦法もあるらしいが――』


 悠斗自身が言ったことだ。雨宮はそれを覚えていて、土壇場で採用した。そして、成功させた。


 やがて魔力の嵐が収まると、小さな鳴き声が土煙を払うように上がった。


「にゃにゃん(なるほど、考えたな。魔力を過剰に籠めた魔宝石マギジュエルを剣と一緒に投げていたのか)」

「うぐぇっ、やばい砂がめっちゃ口に入った! 髪もぐちゃぐちゃだし……ほんっと最悪っ」


 爆心地にほど近い場所にいた雨宮は、爆風によって巻き上がった砂埃の被害に涙目だが、目立った傷は負っていない。だが対照的に彼女の周辺の地面は荒れ果てていた。雨宮の足下だけが無事。その理由は雨宮の足下で鳴く存在を見ればすぐにわかる。シャルが障壁を張ったのだろう――直前に雨宮が願ったとおりに。


 悪魔は肉体の一片も残さず消滅していた。

 ……ついでに雨宮の剣も蒸発した。当然か、まさに爆発の中心にあったのだから。


 ――正直言って、シャルが一緒に戦う以上、ある程度戦ったらシャルがトドメを刺すと思っていた。


 だからこれは大金星。

 撮れ高抜群の、最高のだ。


「スゲえな……」


 ぽつりと、マイクが拾わない程度に賞賛の言葉を呟く。

 それが耳に届いたわけではないだろうが、雨宮がこちらに振り返って、


「勝った!」


 Vサインと共にとびきりの笑顔を見せた。


 その光り輝くような笑顔に思わずドキリとしつつ、悠斗はカメラを構えたまま近づいていく。おめでとう、はまだ言わない。クリアした熱を持ったままエンディングトークを撮って――。


 と、今後の流れを考えていたときだった。


「あ?」

「悠斗――!?」


 悠斗の足下に魔法陣が現れた。

 突然のことに思わず足を止めてしまう。


 どう考えても悪手だ――咄嗟の行動をそう評価したときには、悠斗の目はボス部屋を映していなかった。


 代わりに、


「――動くな。手に持っているものを置いて、両手を上げろ」


 ファンタジーなダンジョンには不釣り合いな銃口が、悠斗に狙いを定めていた。


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