第10話「ゴブぞうゴブすけゴブざえもんはいずこへ」
「わきゃっ! なんでゴブリン!?」
「にゃん(
「おりゃあ
「にゃ……(ノーコンなのか貴様……)」
「いやあ来ないでぇ! わっ、ちょ、
「にゃにゃ(おい敵から目を離すな馬鹿)」
それはもう、どったんばったん頑張った。
敵と遭遇したらすかさず
少しでも急ぐために走ったら(自分が撃ちまくった魔法の影響でできた)穴に
なんとか失態を誤魔化そうと立ち上がったらスライムを踏みつけ(怒ったスライムに足を取られて転んだが、なんとかシャルがフォローした)、
涙目になりながらよわよわな体力を振り絞ってダンジョンを駆け抜けた。
散々な様子に、悠斗は遠い目で呟く。
「早まったかもしれない」
あと二週間くらい、地道に初心者ダンジョンで力を付けていった方が良かったかもしれない。
そんなことを思った。
……事前に地図を読み込んでいたので道に迷わなかったのは幸いか。さすがにそこまで駄目だったらダンジョン配信者を引退させているが。
そして、なんやかんやすったもんだの末、ようやっと雨宮は最後の難関――ボス部屋に辿り着く。
「や、や……や、やっと、ボス部屋、だ……」
「にゃん(とりあえず、毎朝走り込んで体力を付けるべきだな)」
シャルの言うことはもっともである。明日から強制的にやらせよう。……悠斗が発破かけながら無理矢理連れて行けば走るだろう、たぶん。
ともあれ、ボス部屋である。
ボス部屋というのは通称であり、正確にはダンジョンコア――ダンジョンを形成する核のようなもの――を破壊されないように、コアの前の部屋にガーディアンが待ち構えている場所だ。基本的に大部屋で、そのダンジョンに出現するどのモンスターよりも強いものが配置されている。
ボスは一定期間で
『リューレン地下洞窟』のボスは、ゴブリン三兄弟だ。実際に兄弟なのかは不明だが、身長がそれぞれ頭一つ分ずつ違うゴブリンが似たような粗雑な剣を持って待ち構えているため、そのような呼ばれ方をしている。
「よし……よしっ。行きます!」
気合いを入れて、雨宮はところどころ赤茶けた金属扉を開く――。
「――――――、は?」
マイクが自分の声を拾ってしまう可能性を一瞬忘却して、悠斗は声を出してしまった。
「あれ……? ゴブリンじゃ、ない……?」
雨宮の呟き、そして――
「うにゃ……?(悪魔、だと……?)」
猫目を鋭く細め、シャルが雨宮の前に出る。
そう。
悪魔。
本来、緑色の醜悪な子鬼たちが待ち構えているはずの場所に、山羊の頭を持った二足歩行の怪物が佇んでいた。
「…………
こういうのは望んでない、と悠斗は背筋に冷たいものを感じながら呟いた。
悪魔にはいくつかの等級があり、強さもそれぞれ違う。悠斗には悪魔の等級を見分けられるような知識も経験もない。だが目の前の悪魔が放つプレッシャーは、少なくとも初心者に打倒できるような存在ではないことを伝えてくる。
「雨宮、引き上げよう。悪魔なんて――」
無理だ、と言おうとして。
ガシャンッ! という音に遮られる。
雨宮はボス部屋の扉を開けただけで、部屋の中には足を踏み入れていなかった。だがダンジョンには意志でもあるのか、侵入者を逃がさんと言わんばかりに、なかなか入ってこない悠斗たちの後ろに柵を降ろしたのだ。
――退路を断たれた。
ボス部屋までは狭い一本道だった。もしダンジョンを直接弄くることができる存在がいるのなら、容易く封鎖し探索者を閉じ込めることができるだろう。実際にそういう罠が仕掛けられているダンジョンもあるという。
だが、ここは初心者用のダンジョンなのだ。
「にゃ(なるほど、面倒な)」
「シャル……?」
「にゃにゃん(管理者が変わったのだろう。あるいは新しく就いた、と言うべきか。これは新任マスターの方針なのだろうな)」
「それは、どういう……」
マイクに声が入ってしまうことなど、気にしていられなかった。いいや、そもそもカメラで撮影している場合ではない。目の前には悪魔がいて、脱出は不可能な状況なのだから。
「にゃーん(わからんか? ここはもう、初心者用のダンジョンなどではなくなった、ということだ)」
「んな……馬鹿な。だってここは、国や探索者協会が管理しているんだぞ……?」
「にゃにゃ(そもそも資格もなくダンジョンの内部まで手を入れようとするのが間違いなのだ。正当な主ができてしまえば、星はそちらを味方する。どれだけ外部の人間が弄くったところで、マスターがコアに働きかければ一瞬で変貌してしまうのだよ)」
知識が足りないのでシャルの説明を正しく理解することはできないが、言わんとすることはなんとなくわかる。
ダンジョンマスターがいるのだ。
ダンジョンの仕組みは解明されていない。だが、稀にダンジョンマスターと呼ばれる存在が現れ、ダンジョンを劇的に変化させることがある、ということは知られている。そうした管理者の存在するダンジョンは総じて凶悪なので、マスターがいると判断されれば探索者協会によって入り口を封鎖され、相応の戦力を集めてから一気にマスターの排除及びコアの破壊に取りかかる。ダンジョンマスターは、それほどまでに危険視されているのだ。
「やばい、やばい、くそッ、なんで今なんだよ……!?」
いつダンジョンマスターが発生したのかなど知らない。
だが明日以降に動いてくれれば、問題なく撮影を終えられて、悠斗たちはこのダンジョンから離れたのに――。
自らに降り注いだ不幸を嘆く悠斗に、しかしシャルは首を傾げた。
「にゃーん?(なにを焦っている? むしろ喜べ。撮れ高だぞ)」
「――――」
んなこと言ってる場合かよ、と命惜しさに現実的な頭が叫ぶ。
確かに得がたいチャンスだ、と動画作成者の嗅覚が知らせる。
「……俺が前に出て、シャルが火力を出せばなんとかなるか? いや、それだと動画として使えない。雨宮が出ないと……駄目だ、雨宮にアレの相手なんて――」
「悠斗」
凜とした声だった。
そこに恐怖は感じられない。いや、感じていないわけがない。だが、恐怖心を押し殺して、雨宮千夏は前を向く。悪魔を睨む。
「あの悪魔を倒せたら、合格?」
「雨宮、お前……」
「……初心者ダンジョンで発生した
危険すぎる。動画のことなんて良いから、安全な場所まで下がっていろ。
本来かけるべき言葉は、しかし喉の奥に飲み込んだ。
代わりに悠斗は、
「頑張れよ」
「うん」
頷いて、雨宮が一歩足を踏み出す。
シャルがこちらをチラリと見て、しかし何も言わずに雨宮に並んだ。
「――そうだ、ノルマ」
と、雨宮がこちらに振り返った。
悪魔はまだ動き出さない。
こんな状況で言うことではないだろう、と悠斗は苦笑する。
「……今言うことか、それ?」
「今じゃなきゃ駄目」
「いや、後でいくらでも言うから」
「駄目。今、言ってくれなきゃ頑張れない」
「えぇ……」
……まあ、どうせここは編集でカットするから良いだろ。
悠斗は大げさに溜息を吐いてから、少しでも雨宮のやる気が上がるように真剣な表情を作り、雨宮にだけ通じる魔法の呪文を口にする。
「可愛いぞ、雨宮。どんなアイドル配信者よりもお前が可愛い」
「んっ」
ふわりと笑って、雨宮は再び視線を悪魔に戻した。
手に握るのは三色の
「――行くよ、シャルちゃん!」
「にゃん(上手いことサポートするさ、良く映えるようにな)」
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