第9話「ダンジョン・タイムアタック」
「RTAしよう」
「………………、は?」
パン、と手を叩いて提案した
「RTA……って、なに?」
「リアル・タイム・アタック、でRTA。ゲームをどれだけ早くクリアできるか、一連の流れを計測して競うやつだな」
「えーっと……タイムアタックってこと?」
「ゲームのRTAは休憩時間やリトライ回数も含めるから、ただのタイムアタックよりもミスがあったりするけどな」
まあ今からやるのはゲームではないし、リトライするなら日を改めて時間も計り直すのでタイムアタックの方が近いかもしれないが。
ともあれ、だ。
「俺、考えたんだ。どうやれば初心者ダンジョンで動画を撮っても面白くなるかって」
「はあ。別に初心者ダンジョンに拘らなくても良くない?」
「お前は初心者ダンジョンでもピンチに陥るのに、それを踏破しないうちに次のステージなんて行けるわけないだろ」
ジト目で言ってやると雨宮は「ぐぬぬ……」と悔しそうに唇を噛んだ。
「……それで、どうしてRTAが出てきたわけ?」
「初心者ダンジョンでできるネタなんてもう思いつかないから、さっさとクリアして他のダンジョンに挑戦できるくらいお前を鍛えようと思った」
「えぇ……」
呆れたような視線を向けてくる雨宮。だが、悠斗も同じくらい呆れた目を向ける。
「あのな。本当は生配信とかもやりたいんだよ」
「やれば良いじゃん」
「できねえよ。……いや実際できなくはないけどな? でも初心者ダンジョンの配信とかさ、誰が見たいんだよ」
「企画でもすれば良いじゃん」
「なんかネタあんのか?」
「……、」
雨宮は無言で目を逸らした。
「なんも思いつかないだろ? ならとっとと踏破して、他のダンジョンにいけるような実力つけようぜ」
「あ……なら初めての生配信で初心者ダンジョンクリアRTAする?」
「絶対事故が起こるから駄目だ」
RTA、なんてゲームをするように言っているが、挑むのは現実の
「……あんた、安全にやりたいのか面白さを取りたいのか、基準がわかりにくいわね」
「俺とシャルがフォローできればなんとかなる。初心者ダンジョンなんだし」
「にゃん(いつもの
……確かに、初心者ダンジョンでチンタラやっていることに焦っているところはある。だが、悠斗としては自分の思う基準で安全は確保できている、と思っての提案だった。
「初心者ダンジョンって『リューレン地下洞窟』よね? わたし、まだ一階しか行ったことないんだけど、そんなんでタイムアタックするとか無謀じゃない?」
「雨宮、お前は確かにクソ雑魚だ。チュートリアル戦闘で負けるようなゴミだ。ゴブリンにわざわざ背後から近づいたのに気合いの入った声を出したせいで気付かれるようなポンコツだ」
「酷い言われよう、傷ついた。慰めて」
「雨宮の可愛さは世界一」
「ん、許した」
それでいいのか。
ともあれ、
「お前の戦闘力が救えないレベルなのは事実だが、他の部分は問題ない。地図読みとかむしろ優秀な部類だ。技術を学べば
「そ、そう?」
「まあ不意打ちすらまともにできないからやっぱり戦闘面では期待できないけど」
「おい」
半眼で睨み付けてくる雨宮。悠斗は咳払いを挟んで、
「要はだな。戦闘面さえどうにかなれば初心者ダンジョンくらいどうにかなるだろ、ってことだよ」
「……でも、その戦闘がどうしようもないんでしょ?」
ふてくされた顔も可愛い、なんて言ってもさすがに機嫌は良くならなそうなので心の中に留めておく。
言葉の代わりに悠斗はあるアイテムを取り出した。
「……それは?」
「
用意したのは三種類で、トパーズ、ルビー、サファイアを土台にそれぞれ相性の良い術式が刻まれている。
「すご。これがあれば魔法が使えるってことでしょ?」
「そうだ。……こんなの使わなくても魔法を覚えられたら良かったんだけどな」
残念ながら二人とも魔法を扱う適性がなかったので、ファンタジーな現象を起こしたければこのような道具に頼るしかなかった。シャルに「にゃん(貴様らは魔力は持っているが、術式を構築する素質が皆無だ)」と断言されたときはちょっぴり……いやわりと本気で落ち込んだ。
「筋力がなくても、魔力はあるんだ。威力もそこそこ出るやつを選んだから、誰が使おうとも初心者ダンジョンの敵くらいなら一撃で倒せるだろうよ」
「ふぅん。……ねえ、これ高かったんじゃない?」
「まあな。つっても俺の小遣いから出してるから心配すんな。生活費には手を付けてない」
雨宮は実力的にまだ初心者ダンジョンにしか潜れないが、悠斗は(シャルとの契約のおかげで)それなりに戦えるため、定期的に少し難易度の高いダンジョンに挑戦していた。そこで稼いだお金は半分生活費として共有の口座(最初に神が用意していたもの)に振り込み、残りは小遣いとして手元に残している。今回の
「いくらしたの? わたしが使うんだから払うわよ」
「良いよ、俺が考えた企画なんだし。というかお前の小遣いじゃ払えねえだろ」
「うぐっ……ら、来月の分を前借りすれば……」
雨宮は自分の稼ぎがほぼゼロなので、お小遣いは毎月いくらと決めて共有の口座から出しているのだ。
「……待って、活動費から出せば良くない? 動画にできれば確定申告で経費にできるんだし……あ、領収書ちゃんと保管しといてね」
「あ、はい」
相方がしっかりしててありがてえ、と悠斗は思った。
――そもそも収益化していないのだから確定申告以前の話だろ。
――あと確定申告できるまで生きていられればいいなぁ。
ちょっと遠い目になる悠斗であった。
◆ ◆ ◆
翌日、午前五時。
悠斗たちはダンジョン前に配置された扉の前に立っていた。
「……なんでこんな早い時間からやるのよ」
雨宮のあくびを噛み殺しながらの文句に、悠斗は毅然と答える。
「ここのボスは倒されても日付が変わったらすぐ
初心者ダンジョン『リューレン地下洞窟』は、朝一で来たことも相まって、かなり空いていた。探索者が一人もいないわけではないだろうが、いたとしてもどうしてかここを訪れる人たちはパーティーを組まないソロ探索者が多く、他のダンジョンよりもいっそう閑散として映る。
一応今は混んでいるシーズンらしい。「四、五月は新しく探索者になる人が多いので、初心者ダンジョンに訪れる人も増えるんですよ」とは探索者協会にいる受付のお姉さんの言葉だ。同時に「まあ最近は探索者を育てる専門の学校がそれぞれ管理しているダンジョンがあるので、若い子たちはそっちに行っちゃうんですけどね」とも言っていたが。
とはいえ、やはりこんなに早い時間から挑む人間はおらず、ほぼ貸し切り状態だった。
「……しまった、RTAなら道具を準備するところからタイムを計測しなきゃいけなかったんじゃん」
「もう普通のタイムアタックでいいでしょ。どうせ記録更新なんて狙えないんだし」
ちなみに『ダンジョンアタック・フルスピード』というサイトに載っている『リューレン地下洞窟』の最速記録は、『ラベリオ・マークツー』というダンジョン配信者が出した五秒だ。……この人、本当に人間か?
「一応ルールを説明するぞ。目的はダンジョンのクリア、最奥のボスの討伐だ。いわゆるany%……地図埋めや仕掛け解除の達成率は不問で、とにかく早くクリアするやつだな」
「……あんたちょくちょく専門用語使うけど、RTAやってたの?」
「いんや? つか専門用語ってほどじゃないだろ」
ただ趣味で見まくっていただけである。
「扉を開いた瞬間に計測開始、地下三階のボス部屋に待ち受けるゴブリン三兄弟を倒し、その死体が完全に消滅したところで
「魔法がすでにズルみたいなものだけどね」
「プレイヤースキルの範疇なんで……」
転移魔法なんかタイムアタックにおいてズルの極地みたいなものだが、そもそもダンジョン内で正確に転移するのは凄まじく難易度の高いことであるらしく、わざわざ制限する必要がないそうな。
「敵が出てきたらとにかく
「うん、わかってる」
「気をつけるのは不意打ちと……魔力切れか」
「にゃん(貴様らは魔力量だけは多いから問題ないだろ)」
魔力は多いのに魔法が使えないとか、宝の持ち腐れである。悲しみ。
「あと、
「こわっ」
ぎょっとして
「わざとオーバーフローさせて手投げ爆弾みたいに使う戦法もあるらしいが、さすがに勿体ないからやめろよ」
「うん。というか怖くてできないわ」
「お前、足下で爆発させそうだしな」
「それは見くびりすぎでは?」
雨宮がむっとした表情で言ってくるが、今までのへなちょこ運動神経ぶりを見ていると本当にやりそうなので悠斗は発言を訂正しない。
「にゃーん?(ところで、今回我はどうするのだ?)」
「もちろんシャルにも協力してもらうぞ」
「待って、悠斗。シャルちゃんは今回は付いてくるだけにして」
「なんでだ?」
眉を顰めて聞き返すと、雨宮は真剣な表情で自らの考えを語った。
「たぶんシャルちゃんの力を借りると、全部シャルちゃんが怪物を倒して終わりになっちゃうんじゃない? それは動画としてどうなんだろう、って思うのよ」
「……まあ確かに、シャルの後ろを走って付いていくだけになりそうだな」
ルール的には問題ない。シャルはただの使い魔なので。
だが、動画としての面白さ――もっと言えば『雨宮がわちゃわちゃ頑張る姿』を見に来る視聴者が満足してくれるのか。そのことを一番に考えなければならない。
「あくまで雨宮がメインで、シャルは軽いサポート程度に留めておく方が
「うん。……それに悠斗は、今回のことをわたしが次のダンジョンに挑むための区切りにしたいんでしょ? なら、わたしの力で頑張らないと」
雨宮の眼は本気だった。
「……アイテム使いまくってる時点で今更感もあるけどな」
「道具を使いこなすのだってわたしの実力でしょ」
悠斗が茶化してやると、雨宮は不敵に笑ってみせた。
「雨宮の考えはわかった。シャルは雨宮に付いていって、偶に魔法でサポートする程度にしてくれ」
「にゃん(ま、楽ができるならそれはそれで)」
「マジで危ないときは俺も手を出すけど、そうしたらやり直しだからな」
「わかってる。大丈夫よ、あんたが用意してくれた
「……そうだな」
自分で企画して、安全だと判断したから提案したが、今更になって不安が湧き上がってくる。
それでも、このくらいは雨宮の力でなんとかできなければ、これからもダンジョン配信者としてやっていくことなんてできない。
だからこれは、試金石だ。
悠斗は一つ深呼吸をしてから、カメラを構える。
「――じゃ、始めようか」
「オッケー!」
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