第8話「ペット系(幻獣、魔獣、妖精etc)」



 転生から二週間が経ち。

 ついでに言えば『あまみゃんチャンネル』開設から一週間。


 かりゆうの心はすでに折れかけていた。


 ……ちなみにチャンネル名の『あまみゃん』はあまみやなつの配信者としての呼び名だが、この名前になったのは練習で自己紹介動画を撮影した際、彼女が自分の名前を噛んで「あまみゃんににゃちゅ」と言ってしまったことから来ている。雨宮は熟れた林檎の如く真っ赤になったが、落ち着いてからもう一度判断したところ語感が可愛かったので正式採用と相成った。


「そもそも一年で百万人とか……無理があるだろ……」


 もはや口癖になったレベルで吐いてきた愚痴が部屋を抜ける。

 相方が毎日のように呟くせいで聞き慣れてしまった雨宮が、溜息交じりにいつもの答えを返す。


「それでも最低五十万はいかないと死んじゃうわよ。嫌だからね、あんたと心中なんて」

「それはこっちの台詞だ……」


 美少女と運命を共にする。文字に起こせば美しい物語の終焉かもしれないが、無謀にも輝かしい未来を夢見て止まない十七歳の元男子高校生としては、死が恐ろしすぎて到底受け入れられるものではない。


「ところで、ノルマ」

「はいはい。――雨宮は可愛い」

「ん。じゃ、次の動画について話しましょうか」


 他の配信者グループからは変な目で見られそうだが、これが二人の一日の始まりだった。ルーティーンのようなものと考えれば多少羞恥心も和らぐ。……心を込めて言わないと雨宮が拗ねるので、毎回毎回意識して「可愛い」と口にしてはいるが。


「前回の動画……スライム討伐再挑戦のやつは、まあいつも通りの再生回数だ。評価割合は四対一……こっちもいつも通りだな」

「ふぅん。コメントは?」

「『スライム相手にボロ負けとか、さすがに演技だよな?』……とか言われてんぞ」

「は? ぶん殴る」


 無理だろ、お前の実力じゃ返り討ちだよ。


「好意的なコメントは、これもいつも通りだな。容姿は褒められてる。あとシャルも」

「んー……」


 雨宮は顎に手を当てやや俯き加減になり、思考に耽っているように見せる。


「やっぱり、なにかしらインパクトが必要かしら。あっと驚かせるようなことができればいいんだけど……」

「まだゲームのチュートリアル戦闘を終えた段階だからな。それも味方の力で」


 それはそれで需要があるし、雨宮の人並み外れた可憐な容姿も相まって『ポンコツな初心者が、なんとか頑張っている姿』で売り出すことができている……とは思う。ただ、それを続けて視聴者を増やせるかと言えば微妙だ。


「どうすれば、もっと色んな人に見てもらえるんだろう……」


 素材は良い。技術的な問題は(探索者としても配信者としても)あるとはいえ、一番の問題は別にあった。

 すなわち、


「――そもそもダンジョン配信者が多すぎて、目に付く機会がない」

「それ。ホントそれよね」


 動画は、そもそも見てもらわなければ評価されない。


 どんなに内容が良くても、「見てみたい」と視聴者に思わせなければ意味がないのだ。だからこそサムネを凝って、タイトルを工夫して、数ある動画の中から少しでも選んでもらえるように目立たせる必要がある。


 だが――そういった地味だが重要なテクニックを駆使しても、すぐに埋もれてしまうほどにダンジョン配信者たちの動画が多い。


「こないだネットニュースで見たんだけど、ダンジョン配信系のHeyTuberヘイチューバー、確認できるだけでも十万人超えたって」

「うわっ。……そのうち何人が配信だけで食っていけるんだろうな」


 何度も言っているが、ダンジョン配信はこの世界の一大コンテンツだ。


 探索者になること自体、実はそう高いハードルではない。制限項目は十五歳以上であることだけ(一応細かいアレコレもあるみたいだが、基本的に引っかかることはない)。探索者協会で同意書にサインすれば、試験もなしに即日探索者を名乗れるのだ。


 そして配信者になるのも『アカウントを作成し、開いたチャンネルに動画を投稿する』だけ。この世界の人としては、ツーリング動画や登山動画と同レベルなのだ。……一応、敵対生物を相手にするので危険意識はそれらより高めではあるが、ダンジョンが身近すぎるせいで地球出身の悠斗たちからすればあまりにも気楽に見えてしまう。


 探索者は、ダンジョン内から持ち帰るアレコレでそれなりに稼げるとはいえ、安全に探索するための準備でかなり金を使う。場合によっては治療費でさらに出費が嵩む。ゆえに、さらにお金を稼ぎたい、あるいは人気者になりたいと思う人間はそれなりにいるわけで。配信者はその副業として適していた。ダンジョンという場所が動画配信と相性が良かった、というのもある。


 さらにいえば、ダンジョン配信者用の便利グッズ――使用者を自動追尾するカメラだの、生配信のコメントを空中に投射して読めるようにする端末だの、謎技術のものが色々ある――が次々開発されているのもダンジョン配信者の増加を後押ししていた。まさにこの世界は今、大ダンジョン配信者時代なのである。


 そんな中で、悠斗たちの『あまみゃんチャンネル』の人気を稼ぐためには、果たして何をすれば良いのか。悠斗たちは頭を悩ます。


「雨宮の容姿ならアイドル売りが良いんだろうが……ちょっとエロいコスプレでもしてみるか?」

「嫌。ぜぇっっったいに、嫌」


 拒否の言葉とゴミを見る目が悠斗に突き刺さった。


「にゃん(我が契約者よ、我に良い考えがあるぞ)」

「ん? なんだ、シャル」

「にゃにゃーん(先の動画で、我の強さを讃える言葉があった。ならば、我が高難度ダンジョンの敵をバッタバッタなぎ倒す動画をれば、再生数もうなぎ登り滝登りのぼばりではないか?)」

「滝登りはともかく登り梁は違うだろ」


 そんな突っ込みはともかく。

 悪い案ではない……のかもしれない。が、そもそもの問題として、


「そんな無双動画が撮れるほど強いのか、お前?」

「にゃん(我が真の力を解放すればな。する気はないが)」


 じゃあ駄目じゃん。


「……シャルがゴロゴロしている動画でも撮るか。猫動画はそこそこ人気出るし」

「にゃにゃっ!?(貴様、我をおとしめる気か!? 我は高貴な姿しか人前に出さぬぞ!)」

「ほーらシャルちゃん、もふもふー、ごろごろー」

「にゃーん、なーご……」


 雨宮にモフられ顎を撫でられゴロゴロ言わされるシャル。とりあえず写真を撮ったので、後でチャンネルに紐付けたSNSに上げておこう。


 とはいえ、だ。


「動物コンテンツで稼ぐって言っても、もうコイツが普通の猫じゃないのは見せてるしな……」

「可愛いから人気出るんじゃない?」

「それなりにはな。こっちの言葉を理解してくれるんだから、地球じゃ偶然でしか撮れないようなものも狙って撮れるんだし。……実際にシャルがやってくれるかは置いといて」

「それなら……」

「でもさ」


 リラックスモードに入ってしまったお猫様(偉大なる使い魔)を尻目に、悠斗はこの世界での動物コンテンツの難しさを口にする。


「この世界は魔法が存在するファンタジー世界なんだぜ。幻獣魔獣妖精何でもござれ。言葉を理解する動物が存在する以上、前世と同じようにペットコンテンツでバズるのは難しいんだよ」

「……偶然、奇跡的に、動物の気まぐれで起きたものを見られるから前世の動物コンテンツは人気だった、って言いたいの? さすがにひねくれすぎでしょ。単純に可愛いから見てたって人達の方が圧倒的に多いわよ。あとは、飼えないけど好きだからとか」


 確かにひねくれた考え方かもしれない。だが、こういう分析も大切だろう。


「そういった側面があったのも事実だろ? ……ともかく、この世界には魔法で動物と心を通わせられるようなやつだっているんだ。ペットの日常やちょっとしたハプニングを見せる程度じゃバズれない」

「うーん……わたし日本にいた頃あんまり動物系見てなかったから比較しにくいんだけど、HeyTubeヘイチューブでオススメに出てくる動物系の動画、特別何かしているような感じじゃなかったわよ?」


 雨宮は動物系見ないのか。ちょっと意外。


「それ、映ってたのたぶん希少レアモブの幼体とかそんなんだろ」

「あ……そうだったかも。ケットシーとかなんたらドラゴンの子供(生後三ヶ月)とか紹介されてた気がする」


 本気でペット系のHeyTuber(この世界で大手の動画共有サイトHeyTubeで活動する人達の俗称)を目指すなら、そういう世にも珍しい存在でもなければ、この世界ではバズれない。……平々凡々な日常系を売りにするペット系チャンネルも見かけたことはあるが、登録者をがっつり稼げるかというと微妙なところだ。


「シャルがあくまでただの黒猫だと主張できる段階なら、色々芸を仕込んだように見せかけて稼げたかもな」

「そういう嘘はさすがに……」

「やんねえよ、もう魔法を使えるところも見せちゃったから無理だし」


 仮にその手法で稼いだとしたら雨宮のダンジョン探索の相棒として動画に出せなくなるので、結果オーライである。……いや結果オーライかはこれから次第か。


「珍しさで売るのも、難しいだろうな。シャルって見た目は本当にただの黒猫だし、魔法を使えるって言っても妖精やら動物型の悪魔やらで見慣れてる視聴者も多いだろうし」


 まあ可愛い猫なのは間違いないので、美少女の相棒として添えるくらいがちょうど良いだろう。あとシャルのおかげで売れまくって、使い魔ごときにでかい顔されるのは腹立つし。


「にゃーん……(なんか失礼なことを言われている気がする)」

「気のせいだろ」

「シャルちゃんは可愛いなぁ」

「にゃん、にゃうん……(貴様はそろそろ我から手を離せ小娘ェ……あ、やば、気持ちよすぎて眠くなってきた……)」


 すうすうすぴすぴと睡魔に負けてしまったシャルを優しく抱きかかえる雨宮を眺めながら、悠斗はふと思いついたことを脳のフィルターを通さずに口に出した。


「あとは、コラボするとか、だなぁ」

「え?」


 自分で言っておいて、いや無理だな、と切り捨てる。


「コラボって、誰かと一緒に動画を撮るってこと?」

「んあ……まあそういうことだが、無理だな。『あまみゃんチャンネル』はまだまだ無名だし、コラボしてくれる相手なんていねえわ」


 地球のツ○ッターのようなSNSに作った『あまみゃんチャンネル』に紐付けたアカウントでダンジョン配信者たちをフォローしており、何人かはフォローをし返フォロバしてくれたが、コラボを誘いかけるのは難しいだろう。会える距離にいるのかという問題もあるし、そもそも雨宮が弱すぎて他人ひと様とダンジョンに挑ませるのが恐ろしすぎる。


「あー……ウェブ小説みたいに、イレギュラーに当たったアイドル配信者をさくっと救って一気に有名になれたらなぁ……」

「なにそれ」

「なんでもない。ただの妄言だよ」


 そうそう起こらないから異常事態イレギュラーなのだ。さらに言えば、たまたまそれに遭遇したアイドル配信者が、偶然自分が倒せる程度のモンスターに襲われてピンチに陥り、奇跡的に駆けつけられる位置に自分がいる……なんて、どんな確率だ。現実ではあり得ない。


 そう、この時は思っていた。


 奇跡は起こる。

 ただしそれが、自分にとって良い方向に向くとは限らないが。


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