第7話「ダンジョンで配信者ドリームを掴んでみせる!(なお実体)」
そんなこんなで二人の異世界生活が始まった。
見知らぬ地でいきなり生活を始めるのは大変だったが、神が標準装備として付けてくれた現地の言葉を理解する能力と、なにより現代日本とほぼ変わらない文明レベルのおかげで、海外留学でもしている気分でなんとかなった。
初期資金の十万メルクを切り崩しながら生活環境を整え(ちなみにメルクという通貨単位はなぜかほぼ円と同じだった。……神が何かしたのだろうか?)、時間が空けばこの世界のインターネットの海に飛び込み――三日経つ頃にはある程度この世界のことについて理解できた。
そして――
「悠斗――ダンジョン配信者で百万人目指すわよ!」
「一番危ないやつ選んだな……」
神が定めた条件――『一年以内に、配信者として登録者数百万人』を達成するためには、自分達のチャンネルを作り、そこで活動する内容を決定しなければならなかった。
まずダンジョンとは、ゲームに登場するような『
雨宮が口にした『ダンジョン配信者』とは、そのダンジョンに探索者として踏み込み、モンスターとの戦闘や財宝を手に入れる様子を動画に撮って投稿したり生配信をしたりする者たちのことだ。ダンジョン配信自体がこの世界で今一番の人気コンテンツであるらしく、有名なダンジョン配信者たちは膨大な数の登録者を抱えている。
一年という期限が付いている以上、人気のコンテンツに参入するのは正しい判断だろう。
ただし――
「……俺たちがダンジョンで戦えるのか?」
悠斗も雨宮も、ただの高校生――正確には元・高校生――だ。RPGの主人公の如く戦う能力なんぞありはしない。
「でもダンジョン配信が一番登録者を稼げると思うわよ」
「それはそうかもしれないが、俺たちには無理だろ。剣なんて振ったことないし、銃だって初心者がまともに撃てるとは思えない」
「やってみなきゃわからないじゃない」
「期限が来る前に別の理由で死ぬとか嫌なんだが?」
とはいえ、一番ホットなジャンルに参入できないのは痛い。この世界ではダンジョン配信というコンテンツが強すぎて他が前世の世界よりも下火気味なのだ。
そして、雨宮の言うことも一理ある。やってみなきゃわからない。だから悠斗たちはなけなしの初期資金を削り、最低限の装備と配信機材を揃え、初心者用のダンジョンへと踏み込み――。
結果、雨宮のクソ雑魚ナメクジな運動神経が
「……レベル一の村人なの、お前?」
「な、なにおう!?」
「いやレベル一の村人でももっと筋力あるわ。彼らは日々の労働で鍛えられてるし。お前はあれだ、魔法の使えない魔法使いだ。物理攻撃しかできないのに筋力値最低の役立たず」
「うるさいうるさいっ」
ポコポコ殴ってくる雨宮だが、彼女の攻撃力はスライムにも劣るので大したダメージにはならない。なんなら初日のビンタの方が痛かった。……あれ、よくよく思い出せば彼女の手の方がダメージを負っていた。つまり捨て身でもなければ有効な攻撃はできないらしい。
「そもそも格闘技も習ったことのない人間が、ダンジョンなんて危険地帯に行こうとすること自体がおかしかったんだよ」
「でもあんたもわりと乗り気だったじゃない。剣を選ぶときとか、眼をキラキラさせちゃってたし」
「う、うるさいな。男の子はこういうのが好きなんだよ。そんでゲーム好きにとってはリアルにダンジョンがある世界に興奮しないわけがない。よって俺は正常だ」
まるでゲームの世界に入ったかのような状況にワクワクが止まらないのはゲーム好き男子としては当然のことだ。……ちょっとテンション上げすぎていたことは否定しないが。
「だいたい、なんであんたは普通に戦えるのよ! おかしいでしょ! 山育ちなの!?」
「俺はたぶんこの世界の普通の人間レベルだと思うぞ。お前がクソ雑魚なだけ。あとYAMAで育った
別に悠斗はフィクション世界の住人の如く、超人的な戦闘力を有していたわけではない。ちょっと運動が得意な人間がまあままな戦闘勘を持っていてそこそこ要領が良かったら、初めてでもゴブリンを殴り倒してオークを斬り裂いてオーガと相撲できるだろう。たぶん。
……いや、さすがに冗談だ。ただの男子高校生がそんなことできるわけがない。
悠斗がそんな超人的な振る舞いができたのは、
「にゃーん(我が契約者には、我の力が逆流しているからな。そこらの人間よりは強くて当然なのだよ)」
そういうことだった。
この使い魔、シャルという愛称の黒猫は、雨宮が路地裏で倒れているところを見つけた。
ダンジョンに突入するために色々買い揃えていたときのことである。雨宮が「猫ちゃんが倒れていたの」と黒猫を抱えてきた。悠斗はどんなものかと様子を見ようとしたら、黒猫はボロボロな姿からは想像も付かないほど俊敏な動きで悠斗に飛びつき、首に噛みついてきたのである。
そしてその行動がトリガーになったらしく、勝手に使い魔契約を結ばれていた。
全く以て意味がわからない。
「にゃん(我が契約者よ、お前が従で我が主だ。間違えるな)」
「どこの世界に猫に従えられる人間がいるんだよ。俺が主だ」
「でも人間はお猫様の
「それとこれとは別問題だ」
シャルは自分のことを『偉大なる魔族の始祖』だの『星が使わす守り人』だの中二病染みたことを言っていたが、さすがにただの黒猫がそんな大層な存在であるわけがない。……いや血を吸ったり魔法を使えたりする猫がただの猫であるわけがないが、どうせ低級の魔獣だの猫型の妖精だの、そういう良くあるファンタジーな存在なのだろう。
ともあれ、シャルのおかげで悠斗はそれなりに戦えたが、雨宮は初心者用の人の手で調整されたダンジョンの一階すら踏破できなかった。
とてもではないが、こんな実力ではダンジョン配信者などできるわけがない。
「……悠斗がメインで動画に出れば良いんじゃない?」
やや拗ねたようにそんなことを言う雨宮に、しかし悠斗は首を振る。
「俺程度の実力じゃ埋もれるだけだ。見た目も人目を引くようなものじゃないしな」
「確かに……」
素直に頷かれると傷つくのだが?
「それに、技術も知識もない。配信者として売れる強みが俺にはないんだよ」
「……でも、技術や知識がないのはわたしも同じでしょ」
「だが、お前には容姿がある」
「っ」
天に愛されたかのような美貌。声も良い、振る舞いも人目を引く。雨宮千夏は持って生まれた人間であり、ぼやっとした凡人である悠斗とは違って光り輝く側の人間だ。
「ちょっと許容できないレベルで動きが悪いが、上手く矯正すれば『ポンコツ』程度にはなるだろ。強みに変えられる」
「……それは褒めてるの?」
「褒めてるぞ」
配信者としては褒めている。『ポンコツ可愛い』とでも思ってもらえればファンも増やせるだろう。
とはいえ危なっかしすぎるし、そもそも初心者用のダンジョンで苦戦するような姿をいつまでも映していて劇的に登録者を増やせるとは思えない。
……ちなみに。
何度かダンジョンに潜った時点で、悠斗は自分がダンジョンで配信活動をしなくても、探索者を続けようと思っていた。理由は単純に、生活費を稼げるからである。
探索者はダンジョンの中でモンスターと戦い、討伐できれば
稀に出現する宝箱を見つけられれば超ラッキーで、本当に運が良ければ一瞬で億万長者になれるほど。ダンジョンドリーム、というやつである。
「……わたしが頑張れば、登録者百万人も達成できるかしら?」
「さあな。でも、お前が表に出るのが一番可能性が高い」
俺がお前をプロデュースしてやる――なんてことは言えない。だが、精一杯協力するつもりだ。条件をクリアできなければ悠斗にもペナルティが降りかかるのだし。
一蓮托生のパートナー様は、ふんっ、と気合いを入れるように鼻を鳴らして、
「悠斗。可愛いって言って」
「は?」
「やる気が出るから」
「そういうもんか……?」
「ほら、ノルマでしょ」
「はいはいカワイイカワイイ」
「もっと心を込めて」
「えぇ……可愛いぞ、雨宮」
何だか一日一回以上に「可愛い」と言っている気がするが、まあこれでやる気を出してくれるなら安いものだろう。悠斗が口にする「可愛い」なんてゴミのようなものだし。精神はゴリゴリ削られるような気がするが。
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