第15話「タイマーストップ、記録は……無効だな!(白目)」



「あんたはわたしのこと、どう思ってたの? ――本音で良いわよ、それを聞いてどうするとかはないから」


 しん、とわずかな静寂。

 ピクリと肩を震わせたおりは、俯いたまま声を出す。


「どう、って? ……クラスの中心、誰もが跪く女王様……そんだけだよ」

「トモダチに対する評価じゃないわね」

「みんなそう思ってたぜ」

「そう。でも、わたしは美織のこと、トモダチだと思ってたわよ」

「はいはい、トモダチトモダチ。あたしたちはトモダチでしたよー」


 ケラケラ笑う美織が今、どんな顔をしているのか。ゆうは知りたいけれど怖い、と思った。


 そしてあまみやは真顔だった。彼女こそどんな感情を胸の内に抱いているのかわかったものではない。友人と思っていた人物が自分を女王だの女神だの評して、自分達はお友達役を賜った取り巻き、あるいは恵みを欲しがる神官だったとのたまうのだから。


 だから、その言葉に苛立ちが乗っていなかったことは、少しだけ意外だった。


「本音で言ってよ」

「言えるかよ。雨宮相手に。信者が何を言うかわかったもんじゃねえ」

「いないわよ。他の人間なんて、ここにいないわ。あんたとわたし、あと悠斗だけ。なにも問題ないわ」

「……かりがあたしを殺そうとするかもしれない」


 んなことしねえよ、と悠斗自身は呆れた顔をするしかなかった。

 そして同時に、重度の雨宮信者ならするかもな、とも思った。前世の教室の雰囲気が少しだけ懐かしい。


「しないだろうし、させないわ。あんたの本音はわたしが受け止めるものなんだから」

「……お前が傷つくかもしれないぞ?」

「嬉しいんでしょ? わたしが困ると」


 返答はなかった。

 代わりに、美織はゆっくりと顔を上げる。


 目と目が合う。雨宮の琥珀の瞳と美織の黒い瞳が、中空で絡み合う。

 雨宮は、見下ろす姿勢のままに言った。


「わたしのこと、嫌い?」


 その言葉を合図に、爆発するような怒声があった。



「――――大ッッッ嫌い!! 死ね消えろよクソがって何度も思ったッ! 自分が一番可愛いって顔してるのがほんっっっとむかつくッ!!」



 まるで洪水のようだった。き止めるものを失った美織は、感情のままに吐き出していく。


「っち、わかってんだよお前が並外れて顔が良いことくらい。でもマジでウザい、むかつく、イライラするッ。自己中だし。どうせみんな見下してるんだろ? どいつもこいつも自分のために動く手下だって考えてるんだろ? そうだよ事実だよみんなお前の奴隷だよ、だってお前の機嫌を損ねたらみんなから袋叩きにされるんだからな!『雨宮様の手をわずらわせるな』だってよ、マジで言われたときは呆然としたわ。あまみやは貴族か何かか? いいや女神か、宗教だもんな。女神サマに嫌われたくない良い思いをしてほしい自分を見てほしいってみんな必死なんだよな。きっっっしょいんだよマジで。気持ち悪い、ホントにキモい。キモい、キモい、キモい……馬鹿みたいだよ。あたしも」


 美織は狂ったように笑っていた。

 そして両の目からは涙が零れていた。


 もはや美織は、自分がどんな感情を元に言葉を発しているのかさえ、理解できていないのかもしれない。

 そんな美織を雨宮はじっと見つめる。目と目を合わせて、口を開く。


「そっか。でも一つだけ訂正させて」

「……んだよ。全部事実だろ? お前は特別で、あたしたちはキモいくらいにお前を持ち上げてた。その中心にいたお前が理解していなかったなんて言わせねえ」

「――わたしは、自分が一番可愛いとは思えない」

「――――、」


 雨宮が思っていなくても、周りは全員雨宮が一番可愛いと思っていた。その事実は揺るがない。……心の中では自分の方が、と反骨精神を育てるやつもいたかもしれないが、口にも態度にも出せなかった。そのくらい雨宮は圧倒的で、クラスの雰囲気は完成していた。


「……お前が自分をどう思うかなんて、関係ねえだろ」

「そっか。まあ、そうなのかな。でも、わたしはいくら『可愛い』って評価されても、自分を可愛いとは思えない」

「自分はナルシストじゃありませーんってアピールか? そういうとこもウゼえわ」


 自分で自分を可愛いと思うのとそうでないと言うの、どちらがマシかなど悠斗にはわからない。ただ、雨宮が自分のことを『可愛い』と思っていないことは、意外だった。いつもあれだけ悠斗に『可愛い』と言わせているのに――。


「そういうわけじゃないんだけど……うーん、まあ良いわ」


 雨宮は困ったように眉を八の字にしたが、溜息と共に感情を押し流してしまった。


「――ありがと、美織。本音をぶつけてくれて。ちょっと嬉しい」

「……、はあ? お前、罵倒される趣味でもあんのかよ。きっしょ」

「別に罵倒されたかったわけじゃないわよ。ただ、美織が本音で言ってくれて良かった、って思っただけ」


 雨宮は座り込んだままの美織に手を差し出した。美織は反射的にその手を取りかけたが、はっと気付いたように停止すると、苛立ったように手を弾いた。それでも雨宮はめげず、逃げるように引き戻された美織の手を捕まえてしまう。


「よいしょっ」と掛け声で雨宮は美織を立たせ――ようとして、力が足りずに持ち上がらない。美織は半眼で雨宮を見つめてから、溜息を一つ。雨宮の手を握ったまま、自力で立ち上がる。


「……非力だな。箱入り娘かよ」

「あはは、確かにいつも助けてもらってばっかりかも」


 かもじゃないだろ、と悠斗は言いたい気分だった。睨まれそうだったので黙っておくが。


、それくらい直接ぶつけてくれても良いわよ。その方がやりやすいし」

「そ。あたしもストレス溜め込むとか嫌だから、ムカついたらとりあえず罵倒するわ。クラスの奴らがいないなら、ボコられる心配もいらんし」

「……俺はクラスメイトにカウントしないのかよ」

「刈谷はそんな圧力かけるようなことできねえだろ」


 鼻で笑われたが、事実なので言い返せない。


 ……というか陽キャ組が二人になって、底辺組の悠斗としてはピンチなのではないか? ちょっとここで存在感出しておかないと、いつの間にか人権の全てを奪われてしまうのではないだろうか?


 と地味に危機感を覚え始める悠斗であったが、残念ながらそう何度も女子の会話に割り込むようなコミュ力はなかった。


「……つぅか、ホントにあたしを助けてくれるのか?」

「無条件で助けるわけじゃないわ。でも、何の援助もせずにトモダチを放り出すようなこともしたくないし。だから、我慢してもらうこともあるだろうけど、色々と協力してもらうことを対価に、助けてあげる」


「……はッ。なんつうか、ナチュラルに支配者の思考だな」

「お人好しなだけだろ」

「そう見えてるのは刈谷、お前も雨宮信者だからだよ」


 マジか、他のクラスメイトたちよりはマシだと思っていたのだが。


「それで、美織。これから一緒に暮らす上で、ルールを作るわよ」


 ぽん、と手を打った雨宮に、悠斗はデジャブを覚え、美織は怪訝な顔をする。


「まず、わたしたちの条件達成を手伝うこと。できるだけ、で良いわよ。生活環境を提供する代わり、ってのがわかりやすいかしら?」

「そもそも条件ってなんだよ」


 そういや美織はきちんとチートを貰って転生した前半グループだから、悠斗たち後半グループの惨状は知らないのか。


 簡単に経緯と悠斗たちに課せられたものを説明してやると、「神様ってロクでもないな……」と美織はコメントした。心の中では「勝ち組で良かったわ」と思っているかもしれない。


「……ってか生活環境を提供するって?」

「は? 悠斗、あんた美織をこんな場所で過ごさせる気? あり得ないんだけど」


 ……そういえばそうだった。美織は一ヶ月、このダンジョンコアの部屋で寝泊まりしていたのだ。これからもそれを続けさせるなど、鬼畜の所業である。


「あれ、美織は部屋とか与えられなかったのか? なんか『転生初心者パック』とか言って俺らには部屋があったんだけど……」

「なにそれうらやま。んなもんなかったぞ。もしあるなら最初からその部屋で目覚めてるっしょ。あと名前呼びヤメロ」


 ということは、美織は戸籍すらないのだろうか? かなり崖っぷちである。チート転生者のはずなのに。


 ちなみに悠斗と雨宮は戸籍もある。銀行口座と同じで、神が用意したのだろう。……なにげに悠斗たちの方が好待遇では? と少しだけ疑ってしまった。神が課した『条件』があるのでこっちの方が良いとは言い切れないが。


「とりあえず、しばらく……美織が独り立ちできるまではわたしたちの部屋に住ませてあげるし、生活費も出してあげるから。その代わりに、ちゃんと条件達成手伝ってね」

「……その生活費稼いでるのほとんど俺だけどな」


 ぼそっと呟いたが無視された。悲しい。


「つっても、配信者なんてあたし全然わかんねーぞ? ニコ○コもユーチ○ーブもちょっとしか見たことねえし、ツ○ッチの方はあんま触ったことないし」

「ま、手伝ってもらう内容は追々で良いだろ」

「そうね」


 雨宮は頷いて、


「次のルール。美織はわたしに一日一回『可愛い』って言う。で、わたしは美織に『可愛い』って言い返す」


 まさかそれを美織相手にも強制するのか。悠斗は思わず「うわあ」と吐いていた。


「……なにそれ。意味わかんないんだけど」


 何言ってんだコイツ、と美織は半眼を作る。しかし雨宮は取り合わない。


「ちなみに悠斗は美織よりも多くわたしに『可愛い』って言ってね」

「は? なんでだよ」

「絶対だから」


 などと言ってにこりと笑う。可愛い。……いやそうではなく、本当にどうしてそんなことを要求するのか。悠斗は雨宮なつという人間がますます理解できなくなった。


「……もしかして、ジャクソンくんの前でイチャついてたのって、これが原因?」

「イチャついてねえけど、これが原因」

「そっか。……なんか、その……大変だな。いや、信者ならご褒美なのか?」

「信者じゃねえよ」


 嫌に同情の視線を向けてくる美織に、悠斗はイラッとしながら言い返した。


   ◆ ◆ ◆


 いちいち苛立つことを言う美織だが、人手は欲しかったので悠斗は自分達の部屋に美織を住まわせることを受け入れた。雨宮は「家事分担についても話し合うわよ」と言っていたが、とりあえず細かいアレコレは帰ってから決めることに。


 シャルは悠斗たちの決断に何も言わなかった。代わりに、美織に「ダンジョンマスターとしての権利を放棄すること」を命じた。


「にゃん(このままダンジョンマスターであり続ければ、いずれ協会に発覚し、討伐部隊を組まれるであろう。そうなる前に、自分からただの人間に戻るべきだ)」


 とのことである。

 美織は自分の能力――恐らくダンジョンマスターとしての能力が、彼女に与えられたチート能力の全てだろう――を失うことに躊躇したが、『リューレン地下洞窟』のマスターであり続けるメリットもないと説明され命令に従った。


「あ、そうだ。マスター降任する前に、ボスのゴブリン三兄弟は戻しておけよ」

「ゴブリン三兄弟? あー、ジャクソンくんの前のボスか」

「元に戻しておかないと初心冒険者が死ぬし、探索者協会にダンジョンマスターが出現したことがバレるだろ」


 悠斗の指示に美織は「ジャクソンくんに会えなくなるからやだ」などとほざいたが、シャルに「にゃん(マスターでなくなればその悪魔にとって貴様はただの侵入者だ。そうでなくとも、個人認識しているか怪しい程度の知能だしな)」と言われ泣く泣く元に戻していた。……こいつにとってあの悪魔はどんな存在だったのだろうか、ちょっと気になる。


 ともあれ、雨宮の『リューレン地下洞窟』クリアRTAはこうして終わりを迎えた。


「――あ。タイマーストップ忘れてた」

「……そもそもダンジョンマスターが現れたことを隠すなら、ボス戦の映像使えなくない?」

「あ」


 また一つ没動画が増えたのだった。


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