第5話「よくよく考えれば美少女と共同生活とか勝ち組では?」



「最初の一年頑張ればあとは自由ですから、頑張ってください。――ちなみにこの部屋にあるものは全てあなた方の所有物となっていますが、部屋自体は賃貸なので家賃の支払いがあることに気をつけてくださいね」


 最後にそんな言葉を残し、天使は消えてしまった。


「……、」

「……。」


 部屋に降りる沈黙。


 ――配信者として、登録者百万人を目指す。


 言うだけなら簡単だ。小学生の夢なら微笑ましい。

 だが現実的に考えて無謀すぎる。


 汚い手は、なるべく取れない。神々のさじ加減とは言うが、そいつらの感性がどんなものかなどゆうにはわからない。……いや、限りなくクソなのは転生の流れで理解しているが。


「……、」


 チラリと横に立つ少女を見る。


 金の髪に琥珀色の瞳を持った美少女。可憐で見る者を魅了するその顔は、しかし今は暗く沈んでいる。

 ……だが、それでも見とれてしまうほど、あまみやなつの容姿は優れていた。


「雨宮なら、案外百万もいけるか……?」


 もちろん、容姿だけでそんなにも沢山の登録者を稼げるわけがない。

 だが、この美しい容姿がプラスに働くことは確実だろう。


「俺が裏方で、雨宮がメインで配信……が安定か」


 アカウント大量作成の手段が取れなくても、二人の登録者数を合計することが可能だったのなら、それぞれチャンネルを作って運営した方が良かっただろう。


 だが二人で一つのチャンネルで勝負しなければいけないのなら、表に出して人気を取れる人間にメインを任せるべきだ。


「カップルチャンネルは――」

「嫌」


 独り言を聞かれていたらしい。まあ、狭い部屋なので仕方ないことだが。

 おほん、と咳払いをして、悠斗は仕切り直す。


「冗談だ。でも、なんか戦略を立てる必要があるだろ?」

「そうね。カップルチャンネルは嫌だけど」

「だから冗談だって……」


 そんなに嫌なのか。ちょっと傷つくんですけど。

 とショックを受ける悠斗を放って、雨宮はちゃぶ台の前に座った。


「……、」


 視線で促され、気を取り直した悠斗はちゃぶ台を挟んで反対側に座る。


「えーっと……とりあえず、自己紹介でもするか?」

「クラスメイトなんだから今更でしょ」


 呆れたような視線を受けて、悠斗は「そ、そうっすね」と濁した。


 ……駄目だ、こうして対面するとやっぱりテンパってしまう。こいつの容姿が良すぎるのが悪い。

 などと脳内で責任転嫁している悠斗に、雨宮は空気をリセットするように咳払いを一つ。


「わたしは雨宮なつよ。よろしく、相棒さん」

「……へ?」


 素っ頓狂な声が出てしまった。たぶん悠斗は今、ずいぶんと間抜けな表情をしていることだろう。

 そんな反応をする悠斗に、雨宮は少し拗ねたように唇をすぼめて、


「……ちょっと。あんたが言ったんじゃない、自己紹介しようって」

「あ……はい」


 断ったわけじゃなかったのか、というか相棒……? と頭の中で疑問が渦巻くが、段々と視線が痛くなってきたので悠斗は口を開く。


「俺はかり悠斗。一年間よろしく」

「よろしく、刈谷くん。一年間で終わるのは嫌だけど」

「え……?」


 それはどういう意味、と反射的に訊こうとして、雨宮のじとっとした視線によって封殺される。


「だって、一年間よろしく……って、最初から目標達成を諦めているみたいな言い方じゃん。嫌よ、せっかく転生したのに一年でまた死んじゃうなんて」

「あ……はい。そうっすね」


 残念、ラブコメは始まらなかった!


「と、とりあえず、俺のことは悠斗で良いぞ。一蓮托生なわけだし……」

「ん、わかったわ。悠斗。運命を共にする相棒、だものね」

「……っ!」


 えっ、ちょっと何その言い方、うわー、期待しちゃうってこれ脈ありでしょ絶対そうだって! 今までの(二次元の)経験が間違いないって叫んでる!


「千夏……!」

「ちょっと、下の名前で呼ばないでよ」

「あ……はい。すみません」


 本当にラブコメは始まらなかった!

 期待してからの撃墜を二度もされてはさすがの悠斗もすぐには立ち直れない。ぐったりと肩を落としてしまう。


「……ふふっ」


 と、小さく吹き出すような笑いが一つ。


「……雨宮、さん?」

「別にさん付けしろとまでは言わないわよ。……でも、ま。協力する相手が悠斗で良かったわ」


 ……い、いや、さすがにもう騙されないぞ。

 ――でも雨宮の笑顔を見ると騙されても良い気がしてくるんだよなぁ。


 と、流されそうな思考を強引に打ち切り、ついでに深く追求したくなる感情も抑え、悠斗は咳払いと共に仕切り直す。


「おほん。……とりあえず、具体的な方針を立てようか」

「そうね」


 何か書けるものがあると良いな、と思い周囲を見回せば、棚の上に置かれたノートパソコンが眼に入った。それをちゃぶ台まで持ってきて電源を入れると、ロック画面が表示される。パスワードは不用心にも(というより、これを用意したであろう神の配慮で)キーボードの左下に貼られたシールに書かれていたので問題なく起動できた。


「……紙とペンの方が手軽だったんじゃない?」

「どうせこれからコイツを使い倒すんだから良いだろ」


 という何の理由にもならない言葉を吐きながら、テキストエディタを起動。いつの間にか横に並んで画面を覗き込んでいた雨宮に、悠斗は若干鼓動が早くなるのを実感する。


「前提として、協力して登録者百万人の達成を目指す……ってことで良いんだよな?」

「当然。死にたくないし」

「そうか。なら――」


 すぐ横から香る女の子の匂いを意識しないようにしながら、キーボードを叩いていく。



 1、ペナルティが怖いから協力して頑張る。

 2、この世界と元の世界の違いを把握し、最低限の生活環境を固める。

 3、配信の方向性は調査次第。



「……まずはこんなもん、か?」

「そうね。……うーん、生活環境を整えるのが最優先、かしら?」

「だよなぁ」


 とりあえず、部屋を探索して今の自分達の財産を確認することに。



 三十分ほど調べてわかったことは、何もしなくても一週間くらいはなんとかなりそう、ということだった。


 冷蔵庫を始めとして最低限の家具は揃っており、どれも新品のようで問題なく扱える。使い方自体も前世の家電とほぼ変わらない――ただし、説明書を流し見ると魔石がうんたら魔力圧がどうたら書いてあったが――ため、日常生活はほぼ問題なく送れそうだ。


 ついでに賃貸契約書も見つかり、1DKで家賃は月十万であった(今悠斗たちがいる国で使われている通貨単位なのだろうが、円換算でどのくらいなのかは不明)。支払日は前の月の二十七日までらしい。


 ……ちなみにカレンダーも発見し、確認したところ、前世と同じ太陽暦だった。ここは異世界というか、平行世界の地球だったりするのだろうか……?


「今日が四月一日……って、日付は違うのか。俺らの感覚的には、冬を飛ばして春になったって感じか……」

「え、嘘。わたし、誕生日飛ばされちゃった」

「へー、いつ?」

「一月二十日」


 なるほど、覚えておこう。

 ……いや、そうではなくて。


「この場合年齢はどうなるんだろうな……半年近く飛んだ分、ずらして考えるか……?」

「なに、新しい誕生日作るの? 新旧誕生日で二回祝えるとかお得じゃん」

「年取った感も二倍だけどな」

「えー……」


 凄い渋い顔をする雨宮。


「……ま、今はそんなこと考えなくて良いでしょ」


 雨宮は小さく鼻を鳴らし、切り替える。


「部屋にあるものは大体把握できたし、はっきりと決めようと思うんだけど」

「……なにを?」


 悠斗が首を傾げると、雨宮はきっぱりと告げる。


「この部屋での過ごし方と、役割分担について」


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