第4話「俺の配信者生活がクソゲー過ぎる」
「――『一年以内に、配信者として登録者百万人を達成すること』。これが達成できなかった場合、足りなかった分だけその後の人生にペナルティが科されます」
天使が口にした条件に、二人は声を発せなかった。
だが、二人の心は一致していた。
――いや、無理。
「……あの、さ。配信者って、ユーチ○ーブ的なやつで生配信する人のことであってる……よな?」
「はい。この世界での動画サイトであればどのサイトでも良いので、そこで登録者を百万人にすることが条件です」
「無理だろ」
「無理でしょ」
二人揃って真顔だった。
「ちなみに配信者と言っていますが、実況者や音声加工の解説動画を投稿するのでも良いですよ」
「そんなの何の慰めにもならないわよ」
「大丈夫ですよ、最低限『この世界の言語』がわかって話せるようになっていますから」
「それがなかったら配信者云々以前の話だろうが」
「百万なんて、黎明期から様々なことに挑戦してきた開拓者とか、もともと別サイトで有名だった配信者が人気サイトに活動拠点を移して、それから何年もかけて界隈を盛り上げながら到達するような数字だろ。それを一年で、とか……無茶が過ぎる」
「それは、日本人としての感覚でしょうか」
天使の言葉に悠斗は理解が追いつかなかったが、
視線を向けると、雨宮はその琥珀色の瞳をこちらへ向けて、
「たぶんあんたは日本語で配信する前提で考えていると思うんだけど……」
「そりゃあ俺、日本語しか話せないし」
悠斗は英語の成績はお世辞にも良いとは言えないので、とてもではないが配信で使うことなどできない。雨宮はそれなりの成績だった(と誰かが話していた)気がするが、それでもネイティブとペラペラ話せるほどではなかったはず。
「日本語しか話せないから海外の視聴者を増やしにくい、ってのは間違いじゃないと思うわよ。わたしたちの世界なら。でも、ここは日本じゃないし、主流言語も日本語じゃない」
「ああ。……うん?」
そこまで言われて、ようやっと悠斗にも理解できた。
答え合わせをするように、雨宮は考えを言葉にする。
「わかった? ――日本にいた頃と違って、わたしたちは最初から世界最大手の言語で戦える。……つまりは、日本にいた頃に日本語で配信を行うのと今とでは、潜在的な視聴者の母数が違うのよ」
日本人の感性で考えるのなら、こういうことだ。
――最初から、海外の視聴者を取り込める。
「……天使さん、質問良いか?」
「はい、どうぞ」
「この世界の主流言語を俺たちは理解できるし、話せるんだよな?」
「ええ、正確には『日本語で伝えても相手には自分の言語として処理され、相手の言語は日本語で理解できる』ようになる万能な翻訳の力がかかっています」
「そうか。つまり、俺たちには言葉の壁がないんだな?」
「そうですね。文化の違いはありますが、言語はこの世界の全ての人間に通じます。……相手が言語を持っていない場合を除いてですが、まあ、動画サイトを使う人間の九割以上は言語を理解できるので、問題ないでしょう」
――それなら、なんとかなる……か?
「……いや、いやいや待て待て」
希望を抱きかけて、悠斗はすんでのところで止まる。
「それでも無理だろ。いや、最初に考えていたよりはだいぶやりやすくなったと思うぞ? だけど、さすがに一年間で百万人は無理だろ」
「……まぁ、簡単なことではないわね」
確かに、日本にいた頃よりはできる可能性は高いかもしれない。
……いや、潜在的な視聴者の母数が増えるのは確かだが、ライバルも増えるのだからあまり変わらないのでは?
そもそも悠斗は普通の高校生で、特別な技術があるわけでも、人並み外れた企画力があるわけでも、滅茶苦茶トークが上手いわけでもない。どこにでもいる平々凡々な一般ピーポーでしかないのだから、どれだけ環境に恵まれていたとしても、百万人も登録者を集めることなんて――。
……。
……、そういえば、前提を一つ確認し忘れていた。
「なあ、天使さん。その登録者百万人ってのは、俺たち二人で達成しなきゃいけないことなんだよな?」
「はい」
「それは、合計でも良いのか?」
――つまりは、
これができれば、やりようによっては一日で達成することもできるのだが――悠斗のズルい考えは前提条件によって弾かれることになる。
「いえ、原則としてチャンネルは二人で一つしか作ってはいけません」
「くそッ、駄目かよ!」
閃いた作戦がお蔵入りになり、悪態を吐く悠斗。
雨宮が訝しげな目をこちらに向けてくる。
「……なにを考えていたの?」
「俺たちでアカウント作りまくって相互フォローすれば、一回も配信しなくても合計百万になる……って考えてた。すぐに
「うわっ、クズいわね」
二つアカウントを作って、互いにチャンネル登録をする。するとそれぞれの登録者は一人ずつだが、合計で二人となる。
もう一つ作って先ほどの二つのチャンネルを登録し、二つのチャンネルにも登録し返してもらえば、二人×三チャンネルで合計六人。
……というのを延々と繰り返せば、千と一アカウントで達成できたはずなのだが、駄目らしい。そもそも計算が合っているかは知らんが。
「視聴専用のアカウントを作るのくらいは見逃されますよ。あと……まあ、怪しい手でも、一応瞬間的に登録者百万人を突破すれば条件クリアにはなります。たとえ次の瞬間にチャンネルを消されたとしても」
「マジで? 登録者買うのもあり?」
「え、それはさすがに……」
「良いですよ」
悠斗の考えに雨宮はドン引きしているようだが、判定人である天使は首を縦に振った。
「それならなんとかなる……か?」
「絶対にやらないから」
「……あくまで最終手段だから。うん」
「ぜぇっっっっっったいに、嫌」
駄目らしい。
気持ちはわかる……というか普通は忌避するものだ。しかし、これは期限があり、達成できなければペナルティもある。なりふり構っていられない状況なら、汚い手でも使うべきだ。
「そういえば、ペナルティってどんな感じなんだ?」
「目標の達成度によって変わりますね。登録者数が百万に近いほど軽くなりますが……具体的なものは神々の機嫌によって決まるので……」
「こわ」
ロクなことにならなそうだ。なるべく頑張ろう。
「あ、でも、達成度五十パーセント……五十万人に届かなければ、二人とも死にます」
「死?」
聞き間違えかな? 聞き間違えであってほしい。
しかし天使は無情である。
「死、です」
「転生は?」
「ないです」
バッサリ、であった。
悠斗と雨宮は自然と顔を見合わせる。
「……、」
「……。」
雨宮の目尻には、再び涙が浮かんでいた。
――マジでギリギリなときは登録者の買収もやろう。
悠斗はそう心に決めた。
「……ちなみに買収もありとは言いましたが、神々が『面白くない』と判断したら条件がさらに厳しくなる可能性もありますので、お気をつけください」
「ははっ、ふざけんな」
その一言でグレーゾーンがブラックに変わったようなものだ。……いや登録者を買うのは最初からブラックだけど。
神々は面白いものを見るためにモニターしていて、彼らの機嫌次第で取れる手段が封じられる可能性もある。地雷がどこにあるのかわかったものではない。
「これなんてクソゲー……」
悠斗は再び天井を仰ぎ、そう呟くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます