第3話「美少女と一緒に転生したのが転生特典ってマ?」



 健全な男子高校生であるかりゆうは、知らない部屋で寝ていた。

 より詳しく説明すれば、クラスメイトの美少女・あまみやなつに押し潰されるような形で天井を見上げていた。


 直前の記憶は、皆を転生させてくれるという神様が胡散臭い笑顔を見せた場面。


 ……そのことから考えるに、悠斗は転生したのだろう。つまりここは異世界にあるどこぞの一室で、転生者がいきなり路頭に迷わないように神様が用意してくれた場所なのかもしれない。あるいは、この部屋自体が悠斗に与えられたチートだったり。そういう話を読んだことがある気がする。無尽蔵に湧く水道や電気、ガスはファンタジーな異世界でも大助かりだろう。SF世界だとしても無駄にはなるまい――。


 という現実逃避の思考は、悠斗の顔に影が射したことで打ち切られる。


「……、」

「……。」


 目が合った。

 琥珀色の瞳がじっと悠斗の眼を見つめている。


 雨宮千夏のご尊顔がこんなにも至近距離で拝めるなんて、学校の非公式ファンクラブの奴ら(通称・信者)が知ったら大層羨まれた上で袋叩きにされるだろうな――。


 などと考えながら、次の瞬間に訪れるであろう悲鳴と拳に備える悠斗であった。


「きゃぁぁぁああああああ――ッッッ!?」


 思ったよりも必死で、でもなんか可愛い悲鳴だなぁ、という阿呆な思考は男子高校生としては健全なものだったと思う。たぶん。


 ちなみに、正しくは拳ではなく張り手だった。パシーンッ! と小気味よい音を立てて悠斗の顔が横へ倒される。恐らく鏡を見れば、悠斗の頬には紅葉のような痕がくっきりとできていることだろう。


 先ほどまで体の上に乗っていた温かく柔らかいものが離れ、室内の空気がより冷たく感じられるのを淋しく思いながら、とりあえず自分の気持ち悪い思考回路を切り替える。


 ……さて、弁明の時間だ。


「おおお落ち着け。これは神の仕業。妖怪にかされたのである!」

「は?」

「すんません……」


 凄まれて反射的に謝ってしまったが、神のせいというのはたぶん間違いではない。


 どうして悠斗と雨宮が同じ場所にいるのかは不明だが、神々は「見ていて面白くなるように」人間を転生させるという。なら、この場面も神が「面白いと思ったから」セッティングしたに違いない。


 というやや強引な解釈を、自分の体を抱き締めながら目尻に涙を浮かべてこちらを睨み付ける雨宮に(ややとつとつとした調子で)説明すると、


「………………、そっか」


 と一応は納得した様子で頷いてくれた。


「叩いてごめんね。痛かったでしょ」

「え? あー、いや、大丈夫……」


 素直に謝られると、こう、なんだろう。もにょる。


 罪悪感のような謎の感情せいで、申し訳なさそうな顔をする雨宮の顔を直視できず、悠斗は視線を泳がせる。……相手の顔が良すぎて、というのもあるが、それはさておき。


 さすがにここで「いえ、大変素晴らしいものを味わわせてもらいました」などと口を滑らせるようなことはしない。たとえ柔らかいわ良い匂いがするわでこれまでの人生(転生前から換算)で一番幸せな体験だったと思っていたとしても、だ!


 そんな再び戻ってきた健全な男子高校生のピンクに染まった思考を感じ取ったわけではあるまいが、雨宮はやや眼を細めると、


「でも、あんたがすぐに離れてくれれば良かったんじゃない?」

「あー、上に乗っていて、上手くどかせなくてだな……」

「わたしが重かったとでも言いたいの?」

「いえ決してそのようなことは……」


 むしろ軽かったからいつまででも乗せていたかったぜ、なんて言った日には今度こそグーパンが飛んできそうだったので口を噤む。じと、とした視線が飛んでくるが、必死に目を逸らした。


 なんも変なことは考えていませんよアピールが功を奏したのか。雨宮は溜息を一つ吐くと、


「……ごめん、面倒な絡み方しちゃった」

「えーっと……気にしてないから、大丈夫だぞ。俺にも非があるし……」


 非があると言っても実際には不可抗力なんで、という言い訳染みた言葉は辛うじて飲み込んだ。これ以上無罪アピールしても見苦しいだけだろう、という判断からだったが、結果的に正解だったようだ。


 雨宮はパンッと手を叩くと、からっと声の調子を変えて話し始める。


「とりあえず、状況を整理しよっか」

「はい。では説明させて戴きます」

「「――ッ!?」」


 唐突に割り込んできた声に、二人で声なき悲鳴を上げた。


「……ふむ、、相性が良いようで何よりです」


 唐突に現れたのは、天使だった。

 彼女(見た目は女性っぽいが、天使に性別があるのかは不明)は背の白い翼を折りたたむと、悠斗たちに対して頭を下げた。


「この度は、こちらの勝手な仕事で転生させてしまい、申し訳ありません」

「いや、転生させてもらったのはありがたかったし……」


 本来であれば死んだことを自覚することもなく輪廻の輪に加わるところを、記憶を保持したまま生まれ変わらせてくれたのだ。適度に良い未来を夢見て生きていた悠斗としてはありがたいことである。たとえ、チートを貰えなかったとしても、だ。


「……あの、もう転生しちゃったんですか?」


 おずおずと切り出した雨宮に、天使はふっと(神様の胡散臭いアレとは対極的に)温かく微笑んで、


「ええ、そうですよ、雨宮様。……それと、私ども天使へは敬語を使わずとも良いですよ」


 そういえば神様に向かってため口のやつがいたけど、嫌がらせでヤバイ世界に飛ばされたり変な呪い掛けられたりしていないだろうか。と余計な心配をしつつ、許しが出たので悠斗も敬語を外すことにする。


「……本当に異世界なのか?」


 そんな呟きを零したのは、部屋の中をぐるりと見回した正直な感想からだった。


 ……見たところ、あまり異世界感がない。部屋に置いてある家具はどれもどことなく見たことのあるようなデザインだし、質感も現代日本にあるそれとほぼ相違ない。


 というか、冷蔵庫っぽいものや電子レンジっぽいもの、掃除機っぽいもの……果てはノートパソコンのようなものまであるのだから、とてもではないが異世界にいるとは思えない。


 先ほど少しだけ予想したように、この部屋が本当に悠斗に与えられたチートであったのなら、「現代日本人が過ごしやすいように用意した」ということで納得するのだが――。


「はい、異世界ですよ。ついでに言えばこの部屋は私どもが用意したいわゆる『転生初心者パック』のサービスですので、特別な力などはありません。全てこの世界で調達できるものですし」

「そ、そうなのか……」


 なんかナチュラルに心を読まれたのだが?

 戦慄しつつ、もう一度部屋を見回す。


 絶妙に見たことあるようでないようなデザインの家具たち。だが、よく見れば小さいけれど確かな違いは見つけられる。


 たとえば、パソコン(と思われるもの)に付いているマーク。林檎ではなく桃だ。しかもなぜか四角で囲まれているし。……もしかしてウィンドウってことか? 混ざってんじゃん。


「つまり、現代ファンタジーの世界……?」

「そうですね、その認識で良いと思いますよ」


 天使が肯定する。

 すると、雨宮がやや眉を顰めながら口を開いた。


「えっと、現代ファンタジーって……わたしたちの知ってる日本はあるの?」

「すみません、現代ファンタジーとは言いましたが、正確には『文明レベルがあなた方がいた世界で言う現代に近い』というだけです。あなた方の住んでいた世界ではないので、あなた方が知る日本はないです。それっぽい東の国はありますけど」


 ファンタジー世界あるあるのやつは存在するらしい。それはそれで楽しみなような、現代まで時代が進んでいるのならあまり意味ないような……。


 雨宮は天使の言った後半部分は正確には理解できなかったようだが、「なら……………………のか」と小さく呟き、どこか安心したような表情を浮かべた。


 ともあれ、である。


「文明レベルが現代なら、過ごしやすくて良い……か」


 同じ世界ではないから家族や友人には会えないが、上手くやれば快適な生活が送れるはずだ。だいたい、特別なスキルもない高校生が異世界転生あるあるな『中世っぽい世界』で生きるなど、滅茶苦茶苦労することになるだろうし。


「全ての分野においてあなた方のいた世界と同じ、というわけではありませんけどね。例えば医療は魔法の影響で『治療できる幅は広がったが、知識的なものは劣る』こともありますし」

「……魔法があるから、それの影響を受けた発展をしてるってこと?」

「その認識で間違いないですよ、雨宮様」

「なるほどな。……そうだ、ネットはあるのか?」


 インターネットがある上で魔法のようなファンタジーまであるのなら、もはや理想の世界だろう。この際金銭やら戸籍回りのことは一旦考慮しないものとする。


 期待を大にして悠斗が問いかけると、天使はなぜか申し訳なさそうな顔になった。

 まさか、と悠斗が戦々恐々とするが、質問に対する答え自体は望み通りのものであった。


「はい。ネットはありますが――」


 やったぜ、と悠斗は思わずガッツポーズして。

 次に放たれた言葉に、硬直することとなる。


「ただし、あなた方がこれから生きて行くには、条件があります」

「条、件……?」


 ――不意に、あの何もない空間での神と天使の会話を思い出した。



『それだと転生自体に使用する容量が足りないのですが……』

『ならよ。面白ければ面白いほど他の神から容量分けて貰えるし』



「……、」


 悠斗の様子から気付いたことを察した天使が、眉尻を下げて続ける。


「あなた方を転生させる容量が足りなかったため、我が主はズルをしました。前借り、とでも言いましょうか。『ある程度の面白さ』を保証することで、別の神から容量を借り受けたのです」

「うわ……」

「え……?」


 神々はロクなもんじゃない、と悠斗は天井を仰いだ。


「……ある程度の面白さって、どういう基準なんだ?」

「具体的な規定はなく、神々が見ていて楽しいか、面白いと感じるかどうか、ですね。容量を貸してくださった神の感性については私にはわかりかねます」

「……その条件ってのが、『ある程度の面白さ』を保証するためのもの、ということなの?」


 背筋の凍るような声だった。初めて耳にする雨宮の低いトーンで発せられた問いは、彼女の表情も相まって酷く冷たく感じられた。


「はい、その通りです」

「そう」


 雨宮は小さく頷いて、


「……その条件は、どんなものなの?」


 雨宮の問いを受けると、天使は雨宮、次いで悠斗の目をじっと見つめてから、答えを口にした。


「――『一年以内に、配信者として登録者百万人を達成すること』。これが達成できなかった場合、足りなかった分だけその後の人生にペナルティが科されます」


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