第2話「神様転生はロクなことにならないってそれ一(ry」



『では、今日はこの辺りで。またねーっ!』


 雨宮の挨拶と共にエンディング(フリーBGM)が流れ出すのを確認して、ゆうは息を吐く。


 一昨日ダンジョンで撮影し、すぐに編集して投稿した動画だ。投稿前に何度も確認したのでミスはもう見つからないが、見直す度に思ってしまう。


 ……これ、面白いか?


 自分の感性が正しいとは限らない。だが、ネットの海に投げ込んだのだから、当然他人の評価を確認することもできる。



『【討伐】使い魔のお猫様とスライムを倒してみた!【リューレン地下洞窟】』

 再生回数17 高評価4 低評価1

 あまみゃんチャンネル チャンネル登録者数11人


 コメント

【猫様つよw】【あまみゃんちゃんポンコツ可愛いペロペロ】【スライム相手にこれとか、さすがに演技だよな?】【み、見え……ない。カメラマン無能】――



「…………ま、登録者が一人増えただけ前進か」


 動画自体に面白みがないのは、カメラに写るあまみやだけのせいではない。悠斗の編集技術の至らなさと企画力のなさも関係している。……むしろ、雨宮の容姿ともろもろの所作で固定ファンを少しずつ獲得できているので、彼女は良くやっているだろう。


「……次の企画、どーすっかなぁ……」


 一年というタイムリミットで登録者百万人を目指すなどという無謀な挑戦をしている(させられている)以上、ドカンと面白いことをして一気にバズりたいものだが、現実はそう簡単にはいかない。地道に動画を投稿していくしかないのだ。


 今まで撮った動画は、『スライムと初めて戦う』ものや『無謀にもゴブリンに挑んでみる』といった無難なものだ。どれも再生回数二十回前後で振るわなかった。


 ちなみに、没にした動画には『ダンジョンでメントスコーラやってみた』やら『スライムを回復薬ポーションの瓶に詰めてみた』やら迷走したものがある。……これ表に出さなくて良かったな。デジタルタトゥーとして永遠に残るとか本当に恐ろしい。


「そもそも一年で百万人とか……無理があるだろ……」


 もう何度口にしたかもわからない愚痴を呟きながら、悠斗はあの日――己の命運を分けた転生の日から今までを振り返る。


   ◆ ◆ ◆


 高校二年の秋、悠斗は修学旅行でバスに乗っていた。


 だが神様曰くバスは事故に遭ってしまったようで、運転手やバスガイドさんを含めて乗っていた全員が一瞬で死んでしまったらしい。……どんな恐ろしい事故だったのか、記憶に残っていないのは幸いと言うべきか、神様に説明されるまで皆自分が死んだことすら気付いていなかった。


 悠斗たちの死は、ウェブ小説でよくある「神様のミス」でも「転生トラックにぶち当たった」でもなく偶然だったようで、本来であれば規定通りに魂を漂白して新たに生まれ直す予定だったらしい。


 しかし「神々の世界でモニター対象が不足していたこと」を理由に、悠斗たちは記憶を残したまま転生することになった。


 ……つまり、実験観察の対象、あるいは娯楽的な見世物として、神々が用意した舞台に放り込まれることになったのである。


 とはいえ、半分くらいの人間は素直に喜んだ。


 昨今のサブカルチャーで定番の異世界転生を理解している人はともかく、オタク文化に疎い人でも「自分が望む好きな世界に」「転生後の人生を楽にする素晴らしい能力やアイテム――つまりはチートを貰える」上で転生すると神様が説明したので、(家族や友人と会えなくなることに哀しみつつも)それなりに前向きになった。


「異世界転生かぁ。お前、どんな世界に行きたい?」

「そりゃファンタジーだろ。ドラゴンを魔法でなぎ倒し、お姫様と結婚する王道な感じ」

「俺は乙女ゲーの世界で攻略対象に転生して、悪役令嬢とイチャラブしたい」

「…………ギャルゲーの世界ではなくて? いやまあ個人の趣味だから別に良いけどさ」


 などというオタク男子の会話、


「ゆっこちゃん、異世界でも一緒に頑張ろうね!」

「そうだね!(ぜっっっったい嫌だわ)」

「ゆっこちゃんは前に出て戦う力を貰ってよ。あたしは治癒系の貰うから。そうしたら(あたしの)危険も少ないし、(あたしが)異世界のイケメンたちからちやほやされるだろうし!」

「あはは、ふざけんなぶっ殺すぞ(良い考えだね、そうしよう!)」


 という友情に篤い女子の約束、


「雨宮さんと同じ世界に転生してえ。それも美醜逆転世界に」

「狙ってることがゲス過ぎて引く。友達やめるわ。……同じ世界に転生しないなら友達続ける必要もなかったわ」

「でも落ち込む雨宮さんを慰めているうちに恋仲になることを考えることくらいお前もするだろ?」

「わざわざそんなストレスかけるようなことしねえよ。普通に催眠だの洗脳だのの力を貰った方が汎用性あるだろ」


 ……まぁだいぶ卑劣なことを考える獣どももいたが、おおむね皆それぞれ不安以上の期待を胸に貰いたい能力、行きたい世界を考えていた。


 だが半分ほど異世界に送り届けた辺りで、問題が起きた。


「やっべ。足りなくなったわ」


 あんちくしょうな神様曰く、『容量』とは人間にチートを与えるための素材、あるいは力の源のようなものらしい。


 個人が力を持ちすぎて世界を破壊してしまわないように――神が想定する世界の軌道ストーリーラインから外れないように、そして見ていてつまらなくならないように、事前に「このくらいなら与えても良いよ」と制限するものらしい。


 それをいい加減な感覚で振り分けたら、前半二十数人を転生させるだけで使い果たしてしまった。


「どうするのですか、我が主?」という天使の問いに、神様は唖然とする悠斗たち転生待ちの人間をよそに、こう答えた。


「残りのちょびっとを均等に分けてやればいいっしょ。どんなに少なくても神秘なんだし、凡人には充分な力だよ、うん」


 食事会で出た余り物を少しずつタッパーに詰めて持たせてやればいいべ、みたいな言い方であった。


「それだと転生自体に使用する容量が足りないのですが……」

「なら転生者に生きるための条件を付ければ良いよ。面白ければ面白いほど他の神から容量分けて貰えるし」

「ええ……規定違反なんですけど……」

「良いんだよ。そもそも面白いものを見るために人間を転生させるんだからさ、とびきり面白くなれば大神も文句言わないって!」


 神々の世界は不正が横行しているらしい。しかも上司とおぼしき存在も黙認しているとか。終わってるな、天上の世界。悠斗は一転して真っ暗になった未来に絶望した。


「ちょっと待てよ、チート貰えないのか!?」「真の聖女にしてもらってざまあと逆ハーを楽しむつもりだったのにどうしてくれんの!?」「せっかく僕の嫁に次元を越えて会いに行けるところだったのにぃ」「チート貰えないなら元の世界に生き返らせてよ!」――非難ごうごうの人間たちに、しかし神様はヘラヘラ笑って言い放つ。


「我はね、我らが楽しむためにみんなを転生させるのです。そのために面白くなるように色々仕込むんだけど、一から考えるのが面倒くさいから、キミらに要望を出させていたのさ」


 神様は呆れたように大げさに肩を竦めてみせて、


「まーあみんなみんな、ほんとーに欲張りさんでさぁ。アレが欲しいこれも欲しい、こんな世界にしろコイツと一緒に行かせろってうるさくて。その上でそいつの人生をはたから眺めて面白くなるように調整しなきゃいけないもんだから、いくら我が優秀な神でもちょっとくらいミスもするもんよ」

「我が主は優秀ではないですけどね」


 天使が入れる茶々に、神はペロリと舌を出す。


「そんなわけで我への文句は受け付けません。恨むんならキミらよりも前にアレコレ注文付けて転生した欲張りさんたちを恨みたまえよ」


 自分達の分を残さず奪っていった者達――かつてクラスメイトへの恨みは勿論あるが、それが神への非難をやめる理由にはならない。

 しかし神は自分への批判をことごとく無視して、


「一応我も善の神だからね、容量が少なくても一つくらいは願いを聞いてあげましょう」


「嘘吐け邪神だろ」「聞くだけで叶えるとは言ってません、ってか?」「ふざけんな!」と皆思い思いに叫んだ。


「一人ひとり面談とかもう面倒だからやらない。いっせーので叶えて欲しい願いを言ってね」


 それで聞き取れるのか、と疑問を挟む余地もなく、神は「いっせーのっ」と音頭を取った。


 考える暇などない。二十数人が転生していく間に色々要望を考えていたが、あまりにも急なことに内容が飛んでしまった。そして悠斗がとっさに口にした言葉は――


「魔力チートが欲しい!」

「超凄い魔法を使えるようにして!」

「億万長者になりたい!」

「雨宮様と同じ世界に転生したい!」

「美醜逆転世界に転生させろ!」

「僕の嫁と同じ世界に!」


 という他の人達の叫びによってかき消されてしまった。


「いーよ、なんか良い感じに叶えてあげる」


 神様が全く信用ならないことを笑顔で言って――。


 次の瞬間には、悠斗は見知らぬ部屋の天井を見上げていた。

 ……雨宮なつに押し潰されるような形で。



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