異世界に転生したら美少女と一緒に配信者として登録者百万人を目指すハメになった話

水代ひまり

第1話「【急募】ダンジョン配信でバズる方法」



「じゃ、撮るぞ。――三、二、一、スタート」


 岩壁に囲まれた薄暗いダンジョンで、かりゆうは少女にカメラを向けながらカウントを刻んだ。


 刈谷悠斗は、つい最近まで普通の男子高校生だった。


 だが、から学生という立場を失い、今はカメラマンというかマネージャーというか、とある少女の協力者をしている。


「はい、こんみゃー! ダンジョン配信者の『あまみゃん』です! 今日はね、今度こそシャルちゃんと一緒にスライムを倒そうと思いまーすっ」


 カメラに向かって笑顔を見せ、明るい声で意気込む金髪の美少女。


『あまみゃん』というのは彼女のネット上での名前であり、本名はあまみやなつという。高校二年生――訂正、悠斗と同じく元・高校生の現・である。


 そして、この世界で大流行中のダンジョン配信者としても活動している。……ただし、底辺だが。


「シャルちゃーん、頑張りましょうねー! シャルちゃん? ……えっと」


 雨宮が困ったように眉を寄せた。先ほどから呼んでいる『シャルちゃん』というのは、悠斗の使い魔である猫の愛称だ。


「動物系はバズるから! 美少女と合わせたら破壊力は百倍だから!」という単純な発想から千夏の相棒というていで出演させているのだが、正直言って彼女(シャルは一応)は千夏に懐いていない。


「……シャル。行ってくれ」


 マイクが拾わないよう小声で囁くと、悠斗の足下で丸くなっていた黒猫がピクリと耳を震わせた。一度だけその赤い瞳を悠斗に向けてから、しょうがないと言わんばかりの緩慢な足取りで千夏の方へ歩いて行く。


「しゃ、シャルちゃんっ」


 パッと花の咲くような笑顔を見せる雨宮。悠斗はそれをカメラでしっかりとうつす。


「それじゃ、スライムのいる水場まで行きまーす」

「にゃーん(だりぃわー)」


 使い魔契約の魔力パスを通じて伝わってくるシャルの思念に脱力しながら、悠斗は意気揚々と歩き出す千夏を追う。


「うーん、このダンジョンってジメジメしてて嫌よねー。初心者用のダンジョンなのに気候が最悪とか、ほんとーに優しくない。周りも岩だらけでつまんないし……」


 今やっているのはリアルタイムで行われる生配信ではなく、動画の撮影だ。だから移動シーンや不必要な部分は後でカットや倍速編集するのだが、後々には生配信もしていく予定なので、練習のために千夏には喋り続けてもらっている。


「えーっと、この『リューレン地下洞窟』っていうダンジョンは、初めてダンジョンに挑戦する人でも大丈夫なように整理されていて……あの、なんだっけ? あ、そうだ…………っと、リューレン地下洞窟は探索に慣れていない初心者たちが、探索の基本を覚えるための練習場所としても使われており――」

「おいこらカンペ見るな」


 ポケットから携帯端末を取り出して、チラチラと画面に目を向けながら語り出した雨宮に悠斗は思わず突っ込みを入れる。


「ちょっと、声乗っちゃうでしょ」

「どうせカットするから良いんだよ。ってか、練習なんだから自分の言葉で語れよ」

「しょーがないじゃん、わかんないんだし」

「にゃにゃーん(今更このダンジョンの説明とか、誰も聞きたがらないと思うが)」


 ぶぅ、と唇をすぼめる雨宮。呆れたように鳴くシャルの言うとおり、実際『リューレン地下洞窟』の説明など多少なりともダンジョン配信を見たことのある人間なら聞き飽きていることだ。個性的な語りならともかく、ウィキの読み上げなど誰も興味あるまい。


 ……いや、雨宮は女神もかくやというほどに見た目がとんでもなく優れているので、彼女が喋っているところを眺めているだけで満足する人もそれなりにいるかもしれない。


 とはいえ、容姿だけを売りにしてやっていくのでは、とてもではないが悠斗たちの目標――『チャンネル登録者百万人の達成』など不可能だ。


「なんか、こう、面白いこと言えないのか?」

「なにそれ。新人芸人に対するイビリ? それとも新入社員に対する無茶ぶり?」

「お前はどっちでもないだろ、俺と同じ無職なんだし」

「無職じゃないです探索者ですぅ! この世界では立派な職業なんですぅ!」


 ――日本に住んでいた頃は「職業は探索者です」などと言えば頭を心配されるだろうが、この世界ではごく当たり前のものとして存在していた。とはいえ、現状は探索者としては底辺だし、稼ぎも雀の涙なので少々名乗りづらいのだが。


「そうだな。そして早いこと配信者も名乗れるようにしたいな」

「名乗るだけなら問題ないでしょ。動画投稿してるんだし」

「収益化条件にすら達してないから一銭も稼げてないけどな」

「うるさいうるさい! そのうちわたしの秘めたる魅力で大バズするから見ておきなさいよっ」


 収益化の基準は前世の大手動画サイトと似たようなもので、動画の総再生時間四千時間とチャンネル登録者数千人を達成しなければならない。……ちなみに悠斗と千夏が運営する『あまみゃんチャンネル』の登録者数は現在十人である。


「そうだといいな。そうじゃなきゃ俺が困るし」

「わたしも困るから頑張るし。ぜぇっっっったいバズって稼ぎまくって、いつかタワマンの高層であんたを召使いとしてこき使ってやるから」

「はいはい。まずは家賃を支払える程度に稼げるようになろうな」

「うぐぐ……」


 大きな夢を語るのは良いが、現実は家賃はおろか日々の食費すら心配するレベルなのだ。


「というか、あんたも動画に出れば?」


 じと、とした視線を向けてくる雨宮。悠斗はやや大げさに呆れたように肩をすくめてみせて、


「売れなくなるから勘弁。『あまみゃんチャンネル』は美少女と猫がメインのチャンネルなんだぞ。男が出たら炎上するわ」

「炎上するほどまだ登録者いないでしょ」

「言ってて辛くならんか」


 さっと顔を逸らす雨宮。悠斗自身もやや遠い目をしていた。


「……とりあえず、お願い」


 さっきのやりとりで傷ついたのか、雨宮はこちらに表情を見せないままそんなことを言ってきた。


 ノルマとは、この協力関係が始まった日に、二人の間で作った決まりごとの一つだ。内容は、『協力して登録者百万人を目指すこと』『お互いの意志を尊重すること』、そして――


「はいはい。今日も可愛いぞ」

「ん、ありがと」


『一日一回、悠斗は千夏に「可愛い」と言うこと』――などという、なんとも小っ恥ずかしいものまである。


 悠斗と雨宮は恋人関係ではない。なんか距離感のバグった幼馴染みというわけでもない。ただのクラスメイト――それも陽キャの頂点と最下層の陰キャという、決して交わることのない距離にあった。


 どうして彼女がこんな約束事を作ったのか、正直悠斗にはわかっていない。だが、羞恥心を抑えながら「可愛い」とさえ言っておけば千夏の機嫌が良くなるのだから、(陽キャに虐められたくないという自己防衛も兼ねて)お得なものだ。


 それに――雨宮千夏が可憐な美少女であることは事実だ。それも、神様が作った芸術品かと疑うレベルで。芸術品に「可愛い」だの「美しい」だの評価するのはそう難しいことではない。……というのが最近の羞恥心を抑える自己催眠である。


「にゃん……(カップルチャンネルやれば……?)」

「初日に断られたから諦めた。売れるとも思えないしな」


 などと話しているうちに、目的の場所に到着した。

 円状にくり抜かれた場所に、地下から湧き出た水が溜まってできた池。水気のあるここは、粘性生物である最弱層モンスター『スライム』が生息している。


「あ、いた!」


 雨宮のやや抑え気味に発せられた声に促され、彼女の視線の先にカメラを向ける。


 果たして安物のレンズが捕らえたのは、透明感のある薄緑色の粘性物体。

 スライムとは言うが、国民的RPGに登場するような可愛らしいシルエットではなく、生卵がべちゃっと地面に張り付いているような感じだ。


 いかにも「物理攻撃なんぞ効かぬ!」といった風貌のそいつは、己の命を狙う探索者たちに気づきもせず、透けて見える核を体内でゆらゆら動かしていた。


「……チャンスだな」


 悠斗の呟きはマイクに拾われない程度の小ささ。だが、雨宮はその言葉と同時に動き出す。


「前は散々だったからね、今回はきっちり倒してみせるわよっ! ――シャルちゃん!」

「にゃん?(ところで武器はどうした?)」

「ふふん、わたしの剣捌きを見てなさいっ!」


 シャルの思念は契約者である悠斗にしか伝わらないので、雨宮は鳴き声に乗る意味を理解できないはずなのだが。

 雨宮は腰に差していた片手剣を抜き、その切っ先をスライムへと向けた。ギラリ、と銀の刃が洞窟内に等間隔で設置された魔力灯の明かりを反射する。


「……、あれ、なにか忘れているような……」

「にゃにゃ(おい、あいつ魔法刃薬マジックオイル塗り忘れてるぞ)」

「あ」


 スライムは物理攻撃が効きにくい。それでも一応、核を狙って攻撃できれば倒せるのだが、雨宮の技術では無理だったので、今回は武器に魔法属性を付与するアイテムを用意してきたのだが――雨宮は宿敵を前にして頭からそのことが抜けてしまったようだ。


「おりゃぁぁあああ! 覚悟ぉぉおおお――っ!!」


 気合いだけは一丁前に、雨宮が剣を構えて突進する。というか今回の動画のコンセプトは「シャルと一緒にスライムを倒す」なのに、肝心のシャルを置いて一人で突撃してどうするのか。


「すまんシャル、追いかけてくれ……」

「にゃにゃん(もうちょっと待とう、良い画が撮れるかもしれん)」


 これはただの戦闘ではなく、動画を撮っているのだ。ある程度の緊張感……すなわち、それなりのピンチを演出した方がえるだろう。……最弱の相手に対してピンチとか、視聴者がハラハラドキドキするかは微妙なところだが、起伏のない映像よりは良いか。


「おりゃっ! そりゃっ! このぉ……っ!」


 ぽにゅ、ぐにゅ、がきん! と雨宮の剣はスライムボディに傷を付けることすらできず、さらに狙いが逸れて地面を叩く有様。美少女がポンコツな姿を晒すのはそれはそれで需要があるが、ちょっとこのレベルで『できない子』なのはダンジョン配信者の恥さらしだと叩かれそうなので改善したいところだ。


「うりゃっ! ぐうう、なんで倒せないのよーっ!」


 前回も同じように苦戦したのに、こいつは学習しないのだろうか。


「雨宮!」

「なに!? というか動画撮ってるときに話しかけないでよっ」

「あとでカットする! 早く用意した魔法刃薬マジックオイル使え!」

「え――? あ、そっか」


 悠斗の言葉で秘策のことを思い出したのか、雨宮は腰に付けたポーチを探る。


 ……当然のことだが、いくら攻撃が通らないといっても、スライムも為すがままにされているわけがない。スライムは雨宮の注意が自分から逸れたことに気付くと、ぷるんぷるんと体を震わせ跳び上がった。


「わ――きゃあっ!?」


 べちゃっ、と水気のある音を立てて、雨宮の顔をスライムの粘性体が直撃する。威力としては大して高くない。だが驚いた雨宮は、剣を手放し尻餅をついてしまう。ついでに魔法刃薬マジックオイルを探すために開いていたポーチの中身もぶちまけてしまった。


「ちょ、馬鹿、武器を手放すな!」

「にゃーん(仕方ない。我が契約者よ、今日はいつもより多めに戴くからな)」


 餌というか契約の代償というか、彼女は悠斗に好物の提供を要求している。それを多く与えることは……限度を考えてくれるのならさほど問題ではないので頷いてみせると、シャルはもう一度鳴いてから雨宮のもとへ跳んだ。


 追撃のために跳び上がったスライム、だがその粘性体を触手のように伸ばして獲物に攻撃を食らわせるよりも、猫の方が速かった。スライムより少しだけ高く跳び上がったシャルは、やや見下ろす形でその目を光らせる――。


 次の瞬間。

 パキン、と。粘性の体を持ったモンスターが、まるごと凍り付いた。


「はぇ――――うぎゅっ」


 氷像と化したスライムが重力に従って落下する。真下にいた雨宮はぷるぷるからカチコチに変化したモンスターを顔面で受け止めるハメになり、くぐもった悲鳴を漏らした。

 さらに、


「ふぎゅ!?」

「にゃ(優雅な着地。八十七点)」

「冷たい痛いちょっと重い!? お、お願いどいてシャルちゃーんっ!」


 雨宮の顔面に氷付けスライムが落ちて、その上にシャルが乗っかった。それが一連の流れである。


「……こんなんで良いのか?」


 編集で上手いこと……やれるのか微妙だ。今の戦闘、果たして見所があっただろうか。


『美少女が使い魔と一緒にダンジョンを攻略する』……という、わりと王道のコンセプト。だが、見ている方がイライラするレベルのポンコツだと、登録者は増えないし反対に低評価を付けられてしまう。


「この調子で登録者百万人とか……夢のまた夢、だな……」


 そう遠い目で呟かずにはいられない。


 ――『配信者として、一年以内にチャンネル登録者百万人』を達成できなければペナルティが科され、最悪二人とも死んでしまう。


 刈谷悠斗と雨宮千夏がダンジョンで動画を撮っているのは、神から下された条件を達成し、ペナルティを回避するためだ。


「シャルちゃーんっ! シャルちゃんのあったか体温でわたしを暖めてぇ」

「にゃああっ(うわ、貴様何をする、やめろーっ)」

「うにゃっ……温かい……柔らかい……お猫様は至高……超絶かわゆす……」

「にゃうああっ(放せコイツ、クソッ、おい助けろ我が契約者ァ!)」

「その辺にしとけ雨宮……シャルがストレスでハゲたらどうする」

「にゃあ!?(誰がハゲるかッ!?)」


 ……とりあえず、エンディングトークも撮る必要があるし、猫吸いを始めた雨宮からシャルを引き剥がすのであった。


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