空っぽのこころ

仁来

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 気晴らしに開いたブログ

 キーボードを目の前に文字を打ち込むけど

 三行くらいで手が止まる。


「何が書きたいんだろう」


 そんな風に思いながら

 書いては消して、途中で気分じゃなくなって下書きに保存する。


 書くことを仕事に選んでしまったことで、いつしか私のなかの創作意欲というものは消えていってしまった。音もなく、形跡も残さず、気がついたらなくなっていた。



 昔の自分は、書きたいことが次々と脳内に流れてきてキーボードを打つ手が止まらなかった。体験したこと、イヤだったこと、コンプレックスに思うことすべてを書くことで、気持ちに整理がつく。


 それができなくなった今、自分の感情をみつけるのが難しい。とくに前向きなことにたいしての気持ちは、マイナスに完全に飲み込まれてしまっているようだ。


 あれがやりたい、これがやりたい


 その気持ちを大事にしたいはずなのに、おのずと”できない言い訳”をみつけては、やりたいことすら拒否しているような。


 自分で楽しみを奪っている


 なんでこんな風になってしまったのか

 いつからこんな風になってしまったのか

 考えても考えても答えは出ないし思い出せない。


 なんなら、過去のできごとすら忘れている。


 楽しかった思い出も、まるで夢を見た朝のように断片的に思い出すことはできても、時間が経つと自然と記憶が薄くなっていく。


 むかしに書いた日記を読んでも、それは私であって私でないような他人として存在している感じだ。


 好きなことも、夢中になれることもどんどん自分から手放している。


 なんで?どうしてそんなに楽しむことを恐れるの?


 そう自分に問いかけたとしても、ただ首を振って「わからないよ」って言うだけ。


 大人になるたびに、ひとつひとつ楽しいものや好きなものが消え、大事にしたいと思えば思うほど失っていく。


 大好きなアニメを夢中になって見ることも、ただの作業のようになり

 推しのコンサートに行くために必死に働いていたはずなのに、推しへの気持ちが薄れてしまう。


 YouTubeで楽しそうにプレイする配信者たちみたいに、ゲラゲラ笑いながらゲームをしたいのに。現実は上手くできないことへのイライラが勝ってしまい楽しくない。


 挑戦することを恐れ、新しい世界に飛び込むことを恐れ頑張れなくても「どうにかなる」なんて言葉を魔法かのように使って、逃げる理由をつくる。

 何もしなければ”どうにもならない”ことを知っているくせに。


 いつか誰かが助けてくれる


 そんな夢物語を期待しながら、ただただボーッとした時間を過ごすだけ。


 結婚して子供を産んで、仕事をしながら家のことをやって趣味に推し活と充実した人生を送っている人が心底羨ましく思う。と同時に尊敬する。


 起きるのが精一杯で、仕事が減っても増やす努力をせず「お金がない」を口癖に、YouTubeを垂れ流しているだけで一日が終わる。


 なんて空っぽな人間なんだろう


 幸せになりたいと願うくせに、幸せになるための努力はせずこうやってYouTube見れるだけで幸せじゃないかと言い聞かせ自分の人生から逃げてばかり。


 自信も無ければ、人としても終わっている。

 みんなが当たり前にできることもできなくてコンプレックスが増えるばかり。


 何をどう生きていけばいいのか。

 かと言って死ぬ勇気もなく。


 ただただ時間を無駄にして誰かを羨ましがりながら年をとっていくだけの人生


「人生はいくつからでもやり直せる」


 そんな言葉を、また魔法のように自分に使って逃げる理由を今日も探す。


 書くことだけが、唯一残ったやれることなのに

 それすらも、私の息の音を止めにかかってくるみたい


 このまま何もせず、もがきもせず終わっていくのだろうか。


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