第8話 紅葉と運動
放課後。今日も私は紅葉さんの家に手紙を届けに来たよ。
「失畑悄介の新作『カンブリア紀は民主時代』、面白いね。選挙は三葉虫になる、か。相変わらず失畑さんの発想はユーモアに溢れてるね」
「は、はぁ……(なに読んでるんだあいつ)」
カタカタとパソコンを操作している紅葉さん。その後ろ姿を時折覗きつつ、私は大きめの窓に背を預けて、学校帰りに買ってきた小説に読み耽る。
クーラーの効いた部屋。窓からは斜陽が差し込んで来る。思わず眠ってしまいそう。優雅な午後のひと時だね。
「なぁ」
パソコンで作業をしているはずの紅葉さんは、私に背を向けたまま声をかけてきた。
「ん?」
「なんでお前、ボクん家に居座ってんの?」
なんで?
「手紙を届けてくれるのはありがたい。掃除もギリ許そう。なんでお前、掃除終わった後も呑気にウチの壁寄りかかって読書してんの?」
私は少し考えてこう応えた。
「疲れたから」
「じゃあ帰れよ」
「早く本を読みたかったから」
「尚更帰れよ!ウチは喫茶店じゃないわ」
「そういえば、リモート授業は捗ってる?」
「よりによってボクが触れずらい話題に逸らすな!」
「はぁ……仕方ないなぁ……」
私は本を閉じると立ち上がり、自分のスクールバックが置いてある玄関に向かう。
「や、やっと帰ってくれr……」
「アイス買ってこようか?」
私はバックから財布だけを取り出し、紅葉さんに見せた。
「ぐっ……いつもの……」
紅葉さんは苦そうな顔をしてるけど、アイスの欲求には耐えられなかったみたいだね。
*
私は近くのコンビニでしろいくまとチューブのアイスを買ってきた。
紅葉さんがちゃぶ台からパソコンをのかしてくれたので、私は座布団を敷いて頂く。
「スプーン借りるね」
「めんどくさいから自分で洗えよ」
「もちろん」
さっそくスプーンでしろいくまを一口。練乳かき氷と冷凍フルーツがちょうどいい甘さを引き立ててるね。頭がキンキンする。
隣の紅葉さんもちょっと溶けたチューブアイスを器用に吸っている。
「そのアイス好きなんだね。確かにおいしいけど」
「できることなら毎日食べたいくらいにはうまいよ」
「太るよ?」
「ふふっ、ボクは復讐神クラディリィに授かりし天啓により四十キロ以上は体重が増えない仕様になってるのさ」
眼帯をわざわざ手で隠しながら言う紅葉さん。だけど復讐神とダイエットに何の因果関係があるのかはさっぱりだ。私はさりげなく紅葉さんのお腹に目線を下げる。
「ど、どこみてんだよ……!」
「……そういえば、紅葉さんって運動してないよね?」
「なんで分かるんだよ」
「いや分かるでしょ」
前に紅葉さんはたまにしか外に出ないと言っていた。偶然、今日の朝課外授業で本屋に寄っている紅葉さんと鉢合わせしたけど、それが久しぶりの外出にして久しぶりの運動だったんじゃないかな。
「紅葉さん、引きこもるのもいいけど、ちゃんと食生活気にしてる?運動しないと体重増えちゃうよ?健康にも悪いよ?少しは外に出てランニングでもしたら?それが嫌だったら家の中でストレッチとか……」
「うるせー、要求が多いわ。もういいだろ!アイス食ったら帰ってくれよ!!つーか今日はエースの外伝読んで感傷に浸りたい気分だったのに、読み終えた瞬間に来やがって……くそ」
「あの寸劇がしたいなら今ここですればいいのに。食後のいい運動になるよ」
「寸劇言うな」
紅葉さんはチューブを口に咥えたまま、やけくそでスマホを触り始めてしまった。
これはまずい。紅葉さんには運動の習慣を付けさせなければ。
私は食べ終えると、スプーンとしろいくまの容器を洗浄したのち、スクールバックを肩にかけて、靴を履く。
「や、やっと帰ってくれるのか!」
私が扉を開けた途端、ぱぁっと満面の笑みになった紅葉さんを置いて、私は紅葉さん家を出た。
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