第7話 紅葉とお買いもの
ボクは駅前のロータリーを突っ切ると横断歩道を渡、車道を挟んだ反対の歩道の端っこをちびちびと歩いていた。
駅周辺は近年ニュータウン建設のために開発されただけあって設備が綺麗で道路もしっかりと舗装されている。点々と植樹されている街路樹が風に吹かれていて気分がいい。人間がいなかったらもっと綺麗なんだけどな。でも人間がいなければこんな景色もあるはずがないので複雑な気持ちになる。
よし、結構歩いたぞ。もう少しで本屋だ、と思っていた矢先。
(げっ!あそこにいるのは中宮高校の学生!?)
前方から、女子高生が歩いてくる。あの制服は間違いなく中宮高校のものだ。家にも一回しか着たことがない新品状態の制服が、押し入れの奥にしまってあるので分かる。
つか、なんでこんな時間に駅前にいるんだよ!?もう一時間目始まってるはずだろ!
しかもあの女子高生、格好が結構派手だ……おそらくアレ系。絡まれたら何かと厄介な人種だ。
とりあえず……制服も着てないし話しかけられることもないはず。 フードを被ったまま、そーっと通り抜けようそーっと。
何とか、通り抜けたな。今度はあの幼児らみたいに問題が起こることもなかった。
……なんかあの女子高生。空に向かって会話していた気がするが、まあいいか。
ともあれ何とか本屋に到着したな。後はお目当ての品を買うだけだが。
自動ドアをくぐって中に入る。冷房の効いた店内は居心地がいい。時間帯なだけあって人も少ないな。さてと、エースは……あった。
今日発売の外伝は店に入ってすぐの最新刊ブースに置いてあった。たくさん積まれた一番上の一冊を手に取り、早々に会計へと向かう。
順調順調。此処までの順調さだと、さっきまでの試練の数々はなんだったんだろうかと首を傾げてしまう。
さて、ここからが本番だ。ミッション一番の難所──会計。
店員との一対一のコミュニケーションを要する。コミュ障のボクにとっては、防具なしで魔王とタイマン張るようなもの。
まあ、それだけならいいのだが、ボクは耳がちょっとばかし遠いので、店員の話を念入りに聞かなければならない。ここへ来たのは入学式以来の二回目ではあるが、店員がボクの耳事情を知っているわけがないからな。
気を引き締め、レジへ向かい……あ、あれは……!!
有人会計の隣にあったのは、近年導入され始めた自動レジ!!ついにこの店にも、神か!!神は奇跡を起こした!!!これなら会話も必要ないどころか、ボクのペースに沿って会計が進められる。
ふっ、どうやらボクには、復讐神からSSSクラス装備が与えられたらしい。このレジを作った大賢者は日本中の人間恐怖症どもを味方に回した。代表してボクからグッドデザイン賞を進呈したいところだ。
早速ボクは複数台置いてあった機械の一つの前に立つと、操作を始める。操作も簡単!後はお金を入れるだけ。ボクはショルダーバックのチャックを開けると、中の財布を取り出し……
あれ、財布は……?
あれ、ないない!?どこ行った財布!?
お、落とした!?でも、家を出る際にチャックはしっかり締めてきた。
じゃあ、家に忘れた……?いやいや!家を出るときにしっかり確認したし……
ちょっと待て、確かその前に財布に入ってる金額を確認するために一旦バックから出したよな……
その後の確認、あんとき眼鏡かけてなかったからか!!なんで気付かなかった!!そんだけ漫画に夢中になってたのか!?
「ま、まずい……」
横を見たらいつの間にか無人会計は全台いっぱいだし……後ろも並んでるし……
どどどどうしよう!?待たせちゃう!!ま、マジかよ、ここまで来て無念の帰宅かよ。
でも、それしかないよな、財布忘れたんだから。……って、ICカードにもまともな金額入ってないんだった。思いっきり詰んだじゃん。
なんか涙出てきた。な、なんで泣いてんだ!こんなとこで泣いたら目立つだろ!
止めろ、泣き止め、ぼ、ボクの、ボクの……馬鹿ッ……!!!
「なになに、四百五十円ですね」
ふと顔を上げると、隣の台で会計していた茶髪の少女が、ボクの会計画面を覗いていた。
「えっ?」
「返金はいいですよ!困ってる人を助けるのもワタシの役目なんで!」
訳の分からないことを少女は口づさむ。ボクは呆然としてしまった。 少女はそのまま自分の会計を終わらせると、ボクに英夫をくれた。
「それじゃあまたどこかでー」
「えっ、ちょ、まっ!!」
制止も虚しく、少女は片手に本の入った袋を携えたまま、脱兎の如く店から出て行ってしまった。つーか速いなアイツ!!後から店を出ても、少女の姿はなかった。
「紅葉さん?」
「っ!?」
突然、誰かに肩を叩かれたので慌てて振り返ると、そこにはジャージ姿の仮面女が立っていた。
「お前、なんでここにいる!?」
「外出、頑張ったね。本買ったの?」
「えっ、そ、そうだけど」
「あのさ、わざわざ単行本で買わなくても電子媒体で購入すればあんなに散らかることもないのに」
「はっ?お前分かってねぇな。単行本を集めんのも一種のロマンだろうが!」
「そんなこだわり知らない。片付ける人の身にもなって」
なんだこいつ、さらっとボクのロマンを否定しやがって。
「それより春原さんはなんでここにいるの?」
「だって今日は課外授業で駅前の清掃を……ほら、みんなもいるよ」
そう言って、仮面女が指さした先には、
ジャージを着た、大量の生徒が……
「あっ、どこ行くの?」
「ぎょえェェェェェェェェ!!!!!!!」
ボクは一目散に、逃げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます