第6話 紅葉と危険な外出(2)

 マジかよおいマジかよ。こんなことってあるかよ。

 

 幼児は何考えてるかわかんねぇから不意打ちで襲撃される危険性がある。でも、不幸中の幸いかバス内にはそいつら以外誰もいない。ボクの後ろに並んでいた女性も別のバスを待っていたらしい。


 大丈夫だ。乗車時間は二十分程。前の方でじっとしていれば、よもや声をかけられることもあるまい。


 ボクはバス前方のちょっと高くなった席に座った。ここなら万が一幼児らが襲ってこようとも席の高さで届かないからな。幼児の恐ろしさを鑑みた二重の対策だ。


 とまあバスが発車したら、騒がしい幼児もワイヤレスイヤホンを装着したボクには害はなかった。


 だが、それはバスが信号付近に差し掛かった時、事件は起こった──


「お母さーん」


「待ってー」


「ほらバタバタしないの」


 ななな、なんか前に来たのだがぁ!?ぐほっ!!く、苦しい……


 この母親、バスが信号に停止したことを利用して両替しに来たらしい。


 それだけならいいんだが、案の定その母親の後にちょろちょろと幼児らが付いてきやがる。


 うぅぅ知らんふり知らんふり。ボクは窓に姿勢を傾けながらスマホを黙々とみて……


 なんか幼女らボクのこと凝視してるんだけどー!それもただ一瞥してるわけじゃない、ガン見だガン見。


 い、いいか。見るだけにしろよ。話しかけられもしたらボクはもう胸がはち切れて、


「お母さーん。この女の子髪の毛真っ白だよ!」


「本当だ!妖精さんみたーい」

 

 なんっ……だと……


 何を思ったか、幼児二人はスマホを触るボクを、指さした。


 いいいいくら幼児でも見知らぬ人を指さすか普通!?


 いや違う。こいつら多分、ボクの見た目を興味がっているだけだ。それも純粋な心で悪気はないはず……ちくしょう!もうちょっと地味な格好してくりゃよかった!


「妖精さんだー!初めて見たー」


「でも妖精さんにしては大きいよ?」


「たしかにーじゃあ……お化け?」


 イヤホンを装着してるから幼児らの声は分からんが、何かしら侮辱されたような気がするのは気のせいか?


「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」


 なんなんだよ!?イヤホン越しでも聞こえたぞ!バスの中でいきなり叫ぶんじゃねぇよ!!!


「こ、こら!ごごごごめんなさいね!ほら戻るわよ」


 流石のお母さんも黙ってはおらず、未だボクを見てキャアキャアと叫び続ける幼児二人を後方へ連れて行った。


「えーお化けさんともっとお話ししたいー!」


「お肌も白かったし雪女かもねー」


 し、死ぬかと思った……心臓のバクバクが止まらん。こころなしかお母さんがボクを見て慄いていたような気がするが。


 まあ、なんだ……一件落着だ。フード被ろうフード。これなら多少は目立たなくなるはず。


 今日はさっきのお爺さん然り、異常に注目される気がするんだが。家に帰るまで心配しかない……この先はずっとイヤホンつけとこ。どうせ降りるのは終点なんだから着いたら気付くだろ。


 *


 大音量で音楽かけてたら、二十分なんてあっという間に過ぎていった。


 バスは定刻通りに中宮到着した。ボクはICカードをタッチしてバスを降りる。見たらICカードの残高が二桁だったな。帰りに駅で入れなきゃ。これであの幼児ともおさらば……


「お化けさんじゃあねー」


「はっ!雪女ってお日様平気なの?」


「いけない!身体が解けちゃうよ!」


「あんたたち人をお化け呼ばわりしないの!ほら行くよ……」


「で、でも……」


 バスを降りたら、なんだか後から降りてきた幼児たちが必死そうな顔でボクに走りかけて、お母さんに引き留められてた。やっぱ子供は怖い。退散しよ。退散。

 

 さて、ここからが問題だ。中宮駅には駅中商業施設は併設されていないので、本屋さんは駅前の通りを数分進んだ先にある。


 ちなみにこの通りを本屋とは反対方向に進めば、ボクが本来通っているはずの中宮高校があるんだ。これが、ボクがこの時間帯に外出したもう一つの理由。


 早朝、そして夕方は生徒たちがこの駅を行き来している。ボクの顔を覚えている生徒はいないはずだが、なんとなく生徒と出くわすと気まずいのでな。


 もう分かったかと思うが、今日はゴリゴリの平日。早朝や午後に出歩いて仕舞えば高校の生徒と鉢合わせ、なんてこともある。


 だが今は授業中なので、今駅周辺を出歩いても生徒には出くわすことはない……ちょっと罪悪感が湧いてきた。


 それでも駅前の人通りはアパート前とはわけが違うのでな、気分が悪くならないよう人間はあんまり目視しないようにしないと。今だけ眼鏡を外してもいい気がする。

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