第5話 紅葉と危険な外出(1)
「よし」
ボクは滅多に着ることのない外出用の黒パーカーとジーパンに袖を通し、肩にはエースの神聖剣ゴット・エクスカリバーを模した金色のショルダーバックを掛ける。
バックには昨日のうちに持ち物を入れといた。仮面女にはよくだらしないって言われるけど、結構ボクはしっかりしてるんだよ。一応、財布にお金が入ってるか確認と。
時刻は十時すぎ。いつもならまだ布団に包まっているところだが、なぜこんな時間帯にこんな服装をしてるのか──
本日、ボクはお出かけするのだ。人の世に降り立つのは何か月ぶりだろう。
正直しんどい。ゴミ出しにちょっと外に出るだけでもきついのに外出なんてもってのほかだよ。
ただでさえ人の姿を見るだけでめまいを催すのに、それがわざわざ人の巣窟へと足を踏み入るとなると、どんな事態になることか……それでも、ボクにはいかなきゃならん理由がある。
今日のミッションは、駅前の本屋で「復讐の勇者エース外伝。修道士イリアの備忘録」最新刊の入手することだ。
そもそも「復讐の勇者エース」とは、貴族の勇者エースが魔王を討伐し王国を救ったものの。魔王討伐自体がエースたちを没落させるための王国によるで陰謀で、新生魔王とされてしまったエースが王国に復讐するというダークファンタジー。
その外伝は、新生魔王となってしまったエースの旅路に唯一同行した、修道士イリアの出自を追ったストーリーだ。
普段ならネットショッピングで漫画の最新刊を予約し、発売当日に置き配してもらうのだが、今回は不幸にもショッピングサイトのパスワードが記された紙を紛失し、外出を余儀なくされた。
親にパスワードを復旧してもらうまで待っていても良かったんだが、エースは流行りの漫画なので、SNSのTLで理不尽なネタバレを喰らうからな。
なのでボクは昨日からSNSを見ていない。ミッションを攻略し、再びこの部屋で漫画を読んだ後、優雅にネット民と感想を共有しようではないか。
というわけで準備完了だ。バックに忘れ物がないか入念チェック。万が一財布でも忘れて見ろ。ボクはぶっ倒れ、次に目覚めた時には、病院のベットの上だ。そんな経験したことあるから……
あぁ……早く漫画買いたい……買ってクーラーの効いたこの部屋で読み耽けたい……そんで感慨深くなったまま寝落ちして……ぐへへ……。
よしチェックかんりょ!ついでに眼鏡を掛けて、と。
アパートは最寄りの駅から離れているので、駅に向かうにはバスに乗らねばいかん。そんでバスなんか人人人の宝箱状態。ボクにとっては危険地帯すぎる。
そこで今の時間帯だ。早朝から九時までは通勤通学の人間たちでバスの中が大変窮屈になる。もちろんそんなバスに遭遇したら、乗りたいバスでも乗車拒否する。
そんでもってボクの調査では、昼から午後一時頃もわりかし混むことが判明済み。そして四時以降からは帰宅ラッシュだ。
反して十時からの一時間、そして午後の二時から四時までの間は土地柄か、早朝時のラッシュが疑われるくらい人がいない。乗ってるとしてもほんわかしてるじいちゃんばあちゃんのみ。そんなわけで、今が絶好の乗車日和なんだ。
ボクはスマホで昨日調べといたバスの時間を確認する。次のバスまであと四分。最寄りのバス停は目と鼻の先なので、そろそろ出とけば間に合うだろう。
よしっ、行くぞ。スニーカーを履く。そしてぐっと息を呑むと、覚悟を決めてドアノブを捻った。
「ぐっ、ぐぁ!!!」
扉を開けた途端、ボクの眼に眩しい光が照射らされる。
「これが、下界を照らす神炎!!!」
ボクは右手で目を隠しながら、階段を降りた。今日の天気は快晴。ムシムシする。というか暑いな……パーカーなんかで来るんじゃなかった。今から引き返そうか、でもバス逃しちゃうかもだし。
ええい仕方ない!続行だ!家帰ったらクーラー二十度以下にしてやる!!
ボクは手を扇いで暑さをしのぎながら、アパート前のアスファルトの道を歩く。時間帯なだけあって、この道を歩いている人も散歩連れの老人くらいしかいない。それでもビクビクしてしまう。人間怖い……
落ち着け、これで怖がっているようじゃ駅前なんて行けるはずがねぇぞ。それよか今日は人間と対話する場面もあるんだ。怖がってなんか……
「おや、一人で散歩かい?偉いねぇ。暑いから気を付けて……」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「そうだ、おじちゃん飴ちゃんを……あんれまあ消えちょった」
犬を散歩させてた見知らぬじいちゃんに話しかけられ、ボクは一目散にその場から逃走した。怖い怖い怖い!!人間界怖い!!うぅぅ、ずっと引きこもってたい……
はぁ……仮面女はよくこんな人間の巣窟に毎日通えるよな。尊敬するよ。
そうこうしているうちにバス停に着いた。並んでる人間もいないな。危ない危ない。そう思ってた矢先、ボクがバス停に到着したとほぼ同時に、若い女性も来やがった!数秒の差でボクの方が早かったから、その女性はボクの後ろに並んだけど……
怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!背後にいられるとあの仮面女同様に何考えてるか分かんねぇから怖い!!もし後ろの女がボクを狙う刺客で、背後からぶっ刺されでもしたら……!!
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「……?」
や、やばい!目立っちゃダメだ!余計不審がられて声かけられる。そんなことあるわけねぇだろ。ボクを狙う刺客っていったい誰だよ。
ボクは素知らぬ顔でスマホを弄るふりをして、さりげなく女性を覗いた。女性はスマホに目を向けている。よかった、これなら少し安心だ。
おっと、どうやらバスが来たみたい。やっとこの地獄が終わる。
行先は「中宮駅前」。これに乗れば万事休すだ。
バスはボクのいる数歩手前に到着し、スライド扉がすぅっと開く。ボクはスマホカバーのポケットに常備しているICカードをタッチして中に入ると……
「うそ……」
ボクは落胆し、思わずそんな声を漏らしてしまった。
バスの最後尾には、バスの中で盛大に騒いでいる二人の幼児がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます