第4話 紅葉の絶望的な勉強不足

 なんだかんだ言いながらも、その後紅葉さんは私のアシストもあってか二時間くらいでプリントを終わらせた。窓の外はすっかり夜。遠くに見える観覧車のライトアップ、そして中宮市街の夜景がとても美しい。


「プリントは解けたけど、成績に関してはどうなの?」


「も、もうその話はやめてよ……頑張って終わらせたんだから少しは休ませて……」


「ダメ。今日の紅葉さんの実力を見る限り進学すら危ういよ。せめて成績くらいは気にしないと」


 私の苦言に紅葉さんは口を噤んでしまった。ちょっと可哀想な気もするけど、中学レベルの基礎問題も手こずっていた紅葉さんが無事に二年三年に進学できるとは思えないんだよね。というかどうやって高校に入学できたんだろう。今の紅葉さんはそのレベルだ。

 

「学校は、まだ行きたくないの?」


「行きたくない……」


 紅葉さんは下を向きながらボソリと呟いた。困ったな、このままでは成績が。でも、不登校には何か事情があるのだろうから、私も深追いはしたくない。


「何か学校に行く以外で成績を貰う方法は……」


「……今、思い出したんだけど。この前もらった手紙に、学校から送られてきた授業動画を見て課題に取り組めば、進学に必要な最低限の成績はつけてくれるって書いてあった。だからそれをやれば……」


「それは良かったね。じゃあこれからも勉強頑張ってね」


「ぐっ……」


 成績を貰えることは判明したけど、私の言葉に鳴瀬さんは目を逸らしてしまった。どうやら鳴瀬さんは地で勉強嫌いの節があるみたいだね。


「私も教えられるところは教えるからさ、同じ高校生として一緒にがんばろ」


「……アイス、買ってきてくれるんだろ?」


「?」


 そうだったね。プリントに夢中になっていて約束忘れてた。


「夜も遅いし、せっかくなら夜ご飯でも作ろうか?私親に電話してみるね」


「そ、そこまでは無理しなくていいよ!この時間だと親御さんもご飯用意してるだろ」


 確かに、連絡してもお母さんに悪いかも。

 私は財布を制服のスカートのポケットに入れて立ち上がる。


「じゃあ近くのコンビニでアイスだけ買ってくるね。なにがいい?」


「バニラ味の……吸うヤツ……お気に入りなの」


「了解。すぐ戻ってくるね」


「ちょ、ちょっと待って!!」


「何?」


 靴を履いて玄関から外に出ようとしたその時、紅葉さんが私を呼び止めた。

 でも、ずっと俯いたまま喋る気配はない。私は行ってくるねと外に出ようとしたところ。

 

「アイスのお礼……勉強で返す、ね」


 頬を赤らめた鳴瀬さんから、そんなことが放たれた。

 私は微笑みかけながら、言葉を返した。


「楽しみにしてるね」


 *


 あの女がアイスを買ってきてから三十分後、やはり夕食の召集があり女は足早に帰路に就いた。


「ふぅ……」


──脅威は去った。


 何故だか知らんがあの女から解放されると疲れがどっと降りかかってくる。今日の課題遂行には命の半分を捧げた気分だ(小並感)。


「あぁ……疲れたぁー!」


 ボクは背伸びをして凝り固まった身体を伸ばす。最近、異様に肩が凝るようになったし、伸ばすと結構気持ちいいんだ。


「さて、ではでは……」


 ボクは押し入れの中に丁寧に仕舞われた漫画を片っ端から床に放り込む。


「この方が落ち着くんだよ♪」


 ボクは漫画の山に埋もれながらそばにあった「復讐の勇者エース」第十五巻を手に取った。授業動画?なんのこと?


 あいつは埋もれて死ぬよとか適当なこと言って脅してたけど、ボクにとってはこれが日常なんだよな。どんなに危険な氷山でも毎日そこに暮らしてりゃ、いずれ順応して死の危険なぞ恐るるに足らんっしょ!


「さーて前回はどこまで読んだかなー。おっとここだ。エースがフェーン大山脈でラニーニャ王国騎士団の五敬騎士モンスと対峙するシーン。ここで戦うと思いきやモンスが王国の裏切者だったことが判明して激熱だったんだよなぁ」


 このまま本とぬいぐるみに埋もれながら、漫画に読み更け……


 グゥゥ。


 ページを広げたと同時に、お腹から鈍い音が鳴った。

 そ、そういえば、まだ夕食夜の祝宴を行っていなかったな。

 誰もいないのに恥ずかしい。さっきまであの女がいたからか?


 どうでもいいけど、一ヶ月も経ったんだし「あの女」呼びもそろそろ変えるとするか。


 仮面女!そうだ仮面女だ!

 あの女、顔からして感情が全く読めない。怒っているんだか喜んでいるんだか分からん。特に笑っている時が一番怖い。殺気に満ち溢れている。だから疲れるのかもしれんな。


 ボクはぬいぐるみと漫画の山宝物庫から抜け出し、台所横の冷蔵庫の下段、冷凍スペースを覗き見た。

 うーんとどうするか。昨日は信州辛みそラーメンだったから今日は……これにしよう。


 ボクは実家聖域からの仕送り聖遺物、「新横浜中華・あんかけ味噌ラーメン」のパッケージを取り出す。


 パッケージをぶち開け中の本体を取り出すと、スープの入った袋だけを出して、残った麺を冷蔵庫の上に置かれた電子レンジに投入っと。それと同時にガスコンロを点火し、パッケージの裏に記載された分量の水をポットに入れて温める。


 ブクブク言い始めたら火を止め、食器棚から取り出したどんぶりにお湯を注く。次に袋からスープを注ごうとしたんだけど、袋がカッチカチだったためにボクは仕方なく水を適当に小鍋に注ぎ、その中にカッチカチ袋を入れて火にかけた。その間に七分経ったようで、電子レンジから麺を取り出す。


「アイス楽しみだなぁ……早く食べたいなぁ……」


 ボクは冷凍庫に入ったチューブ型アイスに想いを寄せながら、温まって液体化したスープを袋からどんぶりのお湯と混ぜ合わせた。

 最後に麺を投入し……


「あっつ……!!!」


 麺を勢いよく入れてしまったためか、湯跳ねがボクの腕に接触した。火傷の痛みに悶えながら麺をほぐす。


 ふぅ……何とか災難があったもののメインディッシュが完成したぜ。

 これがいつものボクの夕食夜の祝宴のルーティーンだよ。毎日やっているとご飯を作るって意外と大変なことが分かるね。こればっかりはいつも作ってくれていた親に感謝しないと。

 

 お盆に乗せたどんぶりをちゃぶ台に持って行く。ついでに冷蔵庫からコーラも取り出してと。


 完成!今日の夕食夜の祝宴


 座布団の上に座ると、目の前のラーメンに……は手を付けず、両目を瞑り手を合わせて。


「偉大なる復讐神クラディリィウスに感謝……」


 よっし準備OK。さっそくありつこうではないか!

 アツアツの麺を啜りつつ、その傍らでスマホを持ち動画サイトやSNSに浸る。


「待って!?明日エースの外伝漫画、修道士イリアの備忘録の発売日じゃねえか!やっべAnazonで予約しとかないと……」


 ボクは夕食そっちのけでショッピングアプリを開く。そんで漫画を検索し、予約購入しようとしたら、さっそく犯罪防止のパスワード入力画面が表示された。

 自分で言うのもなんだがボクは記憶力が悪いので、パスワードはその辺に落ちている紙に書いてあって……あれ……パスワードの紙は……?ないない!?どこにもない!?


「パスワードの紙、無くした……」


 あ、あいつがむやみやたらに掃除したせいだー!そういえばあの仮面女。今日は早く終わらせるとか言っておきながら念入りに部屋中のものを片付けてたよな。まさかゴミ箱に捨ててあるとか?


「だめだ!早く買わないとSNSでネタバレされる!!」

 

 死に物狂いで部屋中を探し回り、遂にはゴミ箱の中まで漁ったが、それでも見つからなかった。

 今すぐパスワード復旧を!?!?!?でもやり方分かんないし……し、仕方ない……本当はちっとも行きたくないし……最終手段だけど……


「明日、書店行こ」

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