第2話 芙蘭と放課後の引きこもり少女

 彼女の名は鳴瀬紅葉なるせくれはさん。私と同じクラスだけど、入学式翌日に不登校になってしまったちょっと訳ありな女の子──というのが会う前の私の印象。


 こうやっていざ鳴瀬さんと相対してみると、そんな印象は音を立てて崩れ落ちた。

 ちょっとどころではない。かなり訳ありな女の子のようだ。

 鳴瀬さんは私と同年代とは思えないくらいの小柄。髪はサラサラで光沢のある銀色のセミロング。長い間髪を切っていないのか、前髪で両目が隠れかかっている。

 すらりとした小鼻に、幼いながらも凛とした薄灰色のアーモンドアイ。なお、片目には眼帯が装着されている。


 顔は意外……と言ったら失礼だけどかなり整っている。もしクラスにいれば男の子からモテモテだっただろうに。鳴瀬さんの服装は蝙蝠の羽のような模様がプリントされた真っ黒のTシャツに白のショートパンツ。THE・部屋着って感じだね。


 そんな鳴瀬さんは私を一目見るなり、色白の肌が更に青白くなりパニックに陥ってしまった。


「どどどどどどどちら……様!?!?!?」


 まあ、いきなり目の前に初対面の人物が現れたらパニックどころの騒ぎではないと思う。とりあえず彼女を落ち着かせないとね。


「落ち着いて、不審者じゃないよ。私は春原はるはら芙蘭ふらんです。今日から新しく鳴瀬さんに手紙を届けることになりました」


 えっと……ひとまず自己紹介したはいいんだけど。鳴瀬さんはぽかんと首を傾げたまま。

 なんでだろう。やっぱり私のこと不審者だと思ってるのかな。そんなに私が目の前にいることを受け止めきれないのだろうか。勝手に入ったのはまずかったかも。


 と、鳴瀬さんは部屋をきょろきょろと見回し始めた。そこでスケッチブックを見つけたかと思うと、着座姿勢から四足歩行になり取りに行った。

 それを持ってくると、今度は近くに転がっていたボールペンで何かを書き始め、それを私に見せた。字はあんまり綺麗じゃなかったけど、そこにはこう書いてあった。


「えっと、耳と目が……ちょっと悪い……あっ、ごめんね!普通に話しかけてた」


 だから私が話しかけていたのに気づかなかったんだね。私、よく声小さいって言われるし。目も悪いのなら、私が目の前にいたのに自分の世界に入り込んでいたことにも納得がいく……かな?私はコホンと咳払いする。


「じゃあ、もっと大きな声で喋れば伝わるかな」


「う、うん……聞こえる」


「ところで声が出ないわけじゃないのに、なんで文章で私とコミュニケーションを取ろうとしたの?」


 鳴瀬さんは頬を赤らめて黙り込んでしまった。さっきとても自信満々に叫び散らしていた少女と同一人物には思えない。


「春原芙蘭だよ……手紙を届けにきたの」


「えっと……あの……かな……前の……人は」


「ここしばらく学校に来ていないみたい。家が近い関係でその人が復帰するまでは私が手紙配達を担当するからよろしくね」


「そ、そうなんふぇす……ね」


 な、なんか急にもじもじし始めたかと思ったら、そこらへんに投げ捨てられていた大きなクマ?剣を持った目つきの悪い熊のぬいぐるみの後ろに隠れちゃった。


「ど、どうしたの?」


「に、人間に……会ったのは……久しぶり……だし……」


 どうやら鳴瀬さんは、人間と長時間対面してしまったせいで脳が沸騰してしまったみたい。鳴瀬さんはUMAかなにか?


「見られ……たし」


「見られた?」


「わたしの……秘密を……」


 秘密って、さっきの大声で叫んでたやつかな。


「大丈夫、私は口外したりしないよ」


「本当……に……?」


「うん、本当に」


「あ、ありがとう、にへへ……」

 

 途端、鳴瀬さんはぬいぐるみを抱き抱えたままはにかむ。その仕草がやけに可愛らしいので、私も思わず口元を緩めてしまう。


「えっと……お名前……」


「春原芙蘭だよ。覚えてくれると嬉しいな」


「ごごごごめんなさい!!!……外国の……人……?」


「よく言われるけど、一応日本人だよ」


「そうなん、だ」


 私の名前はいいとして、今度は鳴瀬さんだよね。


「鳴瀬さん?紅葉さんのほうがいいよね」


「だ、大丈夫……」


「いつもこの部屋の中にいるの?」


「う、うん。基本的、には……たまにしか……お外に……出ない……」


「買い出しはどうしてるの?」


「お父さんと、お母さんが……送ってくれる……から」


「てことは一人暮らし?」


「う、うん……」


「凄いね。まだ高校一年生なのに。地方から上京してきたとか?」


「そんな……感じ」


「へぇー。どこから来たの?」


「な、長野……」


「長野かぁ……私も何度か行ったことあるよ。スキーとか。この前、家族で上高地にハイキングしにいったよ。景色よかったなぁ。実家は長野のどこなの?」


「……」


 鳴瀬さんは私の質問責めでまたもや頭が沸いてしまったみたい。


「ごめん。つい……」


「いい、の……誰かと話すのも……久しぶり……だから」


 ということは、入学以来ずっとこの部屋の中で引きこもっていたってことかな。


「せっかくこういう機会を与えられたんだし。私、放課後暇だから何かして欲しいこととかない?よければ買い出しとか手伝うよ」


「えっ……いや……その……」


 鳴瀬さんは固まってしまった。突然の提案で焦ってるのかな。いや、不自然に顔を引き攣らせている。これは帰って欲しいって顔だ。


「一人の時間を邪魔しちゃってごめんね。私そろそろ帰るね……」


「えっ、いや、違っ」


「えっと一応、また明日も来ることになってるから、これからよろしくね」


「よ、よろしく……」


 私はお詫びのスマイルを手向けに部屋から出ていった。鳴瀬さんは名残惜しそうに私を見ていたけど、気のせいかな。

 

 今はまだ距離はあるみたいだけど、いずれ友達になれるといいな。とりあえず放課後はまだまだ長いので……家でテレビゲームでもしようか。


 *


 なななな、なんだあいつー!!


 知らない!あんな人間知らない!

 見られたし!まるっきり漫画「復讐の勇者エース」最新刊読了後の日課である一人再現演舞見られたし!あぁー恥ずかしくて窓から飛び降りそう!


 つーか人間と会うの久しぶりすぎて過呼吸になりそうだった!相手が落ち着いたヤツで助かったかもしれない。質問責めには泡吹きそうだったけど……


 ぐぬぬ……数ヶ月ぶりのゴミ出しに行ったことが災いした。寝ぼけていたせいか、まさか鍵をかけ忘れていたなんて。今度から気をつけないと……


 それよりあの女、明日も来るとか言ってたよな。嫌だ!人間きつい!話すだけで吐き気を催す!


 しかもあの女。落ち着いたというか、なんとなく何考えてるか分からなくてちょっと怖かった。最後はなんか、よく分かんなかったけどあの笑みには激しい悪寒を覚えたぞ。気の弱いヤツなら一撃で葬れそうな殺気があいつから放たれていたような。


 でも、そうだよな……エースは人間を守るために魔王ハザークを倒すと誓ったんだ。ならば日常的に人間とコミュニケーションを取ってるのは言うまでもない。


 ボクはエースの写し身。ならば人間と他愛もない会話ができても造作もないこと……

 

 やっぱ無理ィィィィィィィ!!!!!!!!


 明日は居留守使おう。ボクは人間の世とは隔絶された六条一間灰の塔の主。ボクを騙した王国の奴らに復讐するため、この禁じられた塔に籠って日々魔道研究を続けなければ。


 ……お腹すいた。さっきの応対で気力だけではなく体力まで使い果たしてしまったみたい。


 って冷蔵庫の中、今日の夕ご飯夜の祝宴の素材以外何もないじゃん!!朝ご飯朝の余興のためのパンは!?間食来る聖戦のために残しておいたプリンは!?

 確か、実家聖域から授かった仕送り聖遺物を整理するために、この冷蔵庫のものを一回出して……そのあとゴミ出しに行って……


 あれ……?もしやボク……寝ぼけててゴミ出しの時一緒に捨てた……?

 大食品ロス!!!SDGsガン無視!!!


 今日はもう寝よう。明日、あの女に買ってきてもらおうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る