第5話 二人だけの秘密

 私と小杉くんは、早すぎてまだ誰もいない校庭の中央で、互いに向き合う。


「お前、吸血鬼なんだろ?」


 小杉くんの言ってることを、一瞬で理解することはできなかった。いや、理解できない方が当然だと思う。

 だって看破されたあと、小杉くんが私に対してどうなってしまうのか、考えてしまうのが怖かったから。


「な、なんで、そう思うの?」


 私は少しおいて、小杉くんに問い返した。

 どこでバレてしまったんだろうか。やっぱりさっき小杉くんの隣で血を食べちゃったことが災いしたかな。


 だけど、小杉君は手を後頭部に置くと、私から目を逸らしながら言った。


「その、妹が迷惑かけたみたいで……」


「へ?」


 い、妹……?


「本当にすまなかった!妹にはあれほど他人に迷惑かけるなって言ったのに!」


 小杉くんは、ほぼ直角に頭を下げて私に謝罪した。


「ちょっとまって話が飲み込めないんだけど。妹って誰のこと?」


「青髪で、いつも魔女っぽい格好してて、とあるラノベのキャラに憧れすぎて魔法の研究してたら、本当に魔法を使えるようになっちゃって、自分のことを僕とか言ってる厨二病患者」


 今ので大体誰なのかは想像できたわ。


「ホーキッドちゃん、かしら」


「優子だ」


 案外日本っぽい名前……


「それで……その、昨日俺、間違えて妹が悪戯で仕込んだ召喚術の本を渡しちゃったみたいで……後で妹に聞いたらあの本が魔術の媒介だったとか訳わからないこと言ってて……」


「つまり、こうなった一因にあるってこと?」


「ほ、本当にごめんなさい!」


 小杉君はまた頭を下げた。


「い、妹には陽野森が人間に戻れるようになんとかさせるから!もう少しだけ待っていてほしい!」


 そう言って小杉くんはおろおろと私の方を見上げる。


「ご、ごめんな!吸血鬼にされた陽野森の気持ちなんてわかるはずもないのに待っててくれだなんて……俺、何言ってんだか……」


 私は――


「いいよ別にー許す」


「え、いやあの、許すとかじゃなくて……」


「くどい!もうその話は終わり!」


「へ?」


「帰ろ!一緒に」


 私と小杉くんは誰もいない校庭を歩き出す。小杉くんは相変わらず頬を赤くしてる。もう私と出会って何ヶ月も経ってるんだから私にはいい加減慣れてほしい。でも、このままでも新鮮味があっていいかな。


「なんでそんなニヤニヤしてんだよ」


「ふふっ、小杉くんと一緒に下校するの初めてだなーって思って」


「へっ?いやそうだけど!!」


 嬉しかった。元凶以上に、この悩みを共有できる友達がいて。伊月にも、他の友達にも話せない。小杉くんと私、二人だけの秘密。


「ねえ次のテストのことなんだけどさ」


「な、なに……?」


「勉強、教えてくれないかな?」


「は!?」


「ダメならべつにいいよー」


「バカッ、そんなこと言ってないだろ」


 いつもはほぼ塩対応の小杉くんだけど、今日はだけは凄く新鮮だった。


 *


 翌朝。私は昨日とは違い、わだかまりが取れたようにるんるん気分で学校へ向かった。


「おはよー小唄」


「おはよー」


「陽野森おっはー!」


「おはおは!」


 私は、挨拶してくるクラスメイトに声を返す。そこへ、教室の外からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきて。


「小唄〜UFOいなかったんだけど!!!」


「え、まだ追いかけてたの?」


 伊月は何故か制服が泥だらけになっている。本当純粋というか天然というか……こうなると先生に注意されるのは必至で、今日一日中体育着で過ごすことになる。

 そうなると男子からは注目の的。特に伊月のぐらまらすぼでぃには憎たらしいほど視線が注がれるだろうね。


「小唄、顔が青白いのは相変わらずだけど今日はアタシをちゃんと見てくれるんだね!」


「え?うん」


 あんまり長くは見ていられないけどね。先生の時みたく、伊月を洗脳してしまうから。


 とりあえず、いつもの日課をこなすために私は自席に向かう。

 席の隣では、今日も変わらず小説を読み耽っている小杉くんが。荷物をわざと音を立てて置いても気付いてないあたり、世界の中に入っちゃってるんだよね。まあそれが好都合なんだけど。私はこそこそと小杉くんの背後に周り。


「あ〜!また可愛い女の子がいっぱい描かれてる小説読んでる〜!ここには私という美少女がいるのに、小杉くんも男の子だね~!」


「……!?ばっか大声出すなよ!」


「へへへ、好きだねー」


「う、うるさい……陽野森とは趣味が違うんだよ」


 と、本に蹲る小杉くん。いつもなら……ここで揶揄って終了なんだけど。


「ミーコちゃん可愛いよねぇ〜主人公に告白するシーンマジ最高だった」


「へ?」


「え?小杉くん見てるラノベっておれつよでしょ?」


「そ、そうだけど……へ?え?」


 ふふふ小杉くん私がラノベを知っているとわかってびっくりしてるな!


「お前、俺と同じ世界なのか?」


 世界とはなにかわからないけど、大方俺と同じ趣味なのかってことかな?

 私はスマホのブックアプリを開いて、ずらりと並んだ本の束を見せる。


「え、えっと……おれつよにわたいももある……それにえ!?おさかちに髭少女、バカステまで!?」


「すごい略し方だね」


「いつからそれを……」


「ず〜っと前からだよ。小杉くんには秘密にしてただけ」


「嘘つけ!全然知識なかったじゃん!」


 バレました。まあそうだね。小杉くんと会話の幅を広げたいみたいな感じで、昨日レビューページのおすすめにあったラノベを片っ端からAnazonで爆買いしちゃった。そのあと読んでみたらこれまた意外に面白くて結局徹夜しちゃったんだけど。


「あのねー私が知識のないまま小杉くんいじってると思った?流石にそれはラノベ分かってない人の偏見だよ!」


「昨日までのお前は偏見の塊だったけど……」


「あっ先生きた」


「おい!」


「お前ら静かにしろー」


 私は流れるように自席に戻り、小杉くんから目を逸らす。

 隣の小杉君からのコイツー!っていう視線を無視していると。


「さて、二年の春学期も中盤。今日のHRはこれから待ち構えてる行事の班分けを決める」


 行事?そんなのあったっけ。


「校外学習だ」


 と、それを聞いた途端にクラス中からわーわーと歓声が湧く。なにもせずにただ座ってるのは私と小杉くんくらいかな?

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