第3話 陽野森小唄は吸血鬼
「とりあえず、学校に行かないと」
スマホも持ってないし時刻も確認できないけど、外は多分もう朝だ。で、でもこんな姿で行って大丈夫かな。余計にパニックにならないかな。そもそも私と認識してくれるかどうか……
「なんだ貴様、血迷ったか?今外に出ると死ぬぞ?」
「へぁ!?」
し、死ぬ!?
「当たり前だ!吸血鬼は太陽に焼かれると死ぬ。貴様は長らく人間の世界に住み着いていた吸血鬼なのだろう?それくらい知っておろうに」
そうなんだ。忠告してくれて助かった……え?
「じゃあ私、もう一生外に出れないってこと……?」
「分かるぞ吸血鬼。白昼堂々と太陽の下を歩くのは吸血鬼の悲願よな。ふっ、仕方ない。僕の魔法でそんな夢を現実のものとやろう」
良かった……魔法?
「でも」
「今度はなんだ」
「外に出られたてとしても、こんな姿見られたら……」
今の私を街の人たちは吸血鬼と思わないにしても、コスプレをした痛い人だと思われる。かといって人間に戻る方法も分かんないし。
「貴様、本当に吸血鬼なのか?そんな問題、人間に擬態すればいいだけだろう。擬態は貴様らの専売特許ではないのか?」
「い、いやそんなこと言われても……」
擬態?
「知らない?もしや貴様……吸血鬼のくせにアホなのか?」
いろいろと教えてくれたから悪いとは思うけど、そろそろこの子にキレてもいい?
「ほら、これが擬態魔法だ」
「へ?」
うわぁぁぁぁぁ!!!不意打ちにほーきっとちゃんが謎の光を放ってくる。すると……
「尻尾が無くなった!」
感覚だが口の中の牙も小さくなった気がする。
「これで」
「よくないわよ!こんな真っ白い髪!周りにバレたら……不良みたいに思われるわ!」
「そんなこと言われても、その髪と瞳は擬態できないし……」
「そんな、どうしよう……このままじゃ私、生きていけない」
「大丈夫だ!僕に任せておけ!」
「……」
「なんだその沈黙!!」
正直、ほーきっとちゃんは胡散臭いにもほどがある。だけど今は現実離れしたほーきっとちゃんを信じることしかできない。
「今日からお前は我の眷属だ!名はそうだなぁ……」
「私は陽野森小唄よ」
「そんな硬っ苦しい名前はいやだ!」
え……ナチュラルに私の名前を初対面の女の子にディスられた。
「今日からは貴様は吸血鬼、ヴラド・メルティ・ロードだ!」
なにその厨二臭い名前。そっちの方が嫌だ。
「さぁ、いくぞ!ヴラド!共に人間を支配するのだ!」
「悪い悪魔を倒す的なヤツじゃなかったの?」
「それは過程に過ぎない。ゆくゆくは僕がこの世界の支配者となるのだ!!」
「支配者って……選挙にでも出る気?」
「僕には力があるというのになぜそのような回りくどいやり方をせねばならんのだ」
力?さっきほーきっとちゃんが放ってた光みたいなヤツ?
「そういえば、さっきほーきっとちゃんが使ってた変な光みたいなのってどういう仕組みなの?」
「あれは魔法だ」
ま、魔法……?
「なんだ貴様。吸血鬼だというのに魔法すら使えんのか?」
「えっ、いや……その」
今更だけどこの世界に魔法が存在するなんて、物語の中だと思っていた。それが現実に存在するなんて。って納得なんてできないんだけどね!
「うぅ……これはやっぱり夢だ……夢としか思えない……でもほーきっとちゃんが言うには現実」
「ふふふっ、やがては我が最強最悪の悪魔呪法、そして貴様の大罪呪法を行使しこの世の頂点に立つ!!!大勢の力のない人間が僕にひれ伏すのだ!!!!!」
私が傷心しているというのに、ほーきっとちゃんは不敵な笑みを浮かべてなんだか物騒なことを口にしている。
「ほーきっとちゃん?力で人を支配するなんてダメ!暴力反対だよ!!」
「黙れ!眷属如きが我に口を出すな!!」
いくら子供だからといって言っていいことと悪いことがある。私はもう吹っ切れました。
「ごと……私、そろそろ帰らないと!外に出れるようにしてくれてありがとね!」
少しムキになりながら、私はほーきっとちゃんと別れるように光の差す洞窟の細道に歩いていった。あんな小さい子を洞窟の中に野放しにするのは心が痛むけど、全部ほーきっとちゃんが悪いんだからね!
「えっ……ちょっと……」
なんなのあの娘!ちょっと可愛くて親しみやすそうだと思ったらあんなに傲慢な態度……もう知らない!
*
「でも私、これからどうしよう……」
この洞窟を出たら、皆の元に帰れる。でも私はもう……皆と同じ人間じゃない。
学校に戻ったら、何と言われるのだろうか。
夢から醒めたい。現実に戻りたい。でも、頬を抓っても赤く腫れるだけ。
この世界は現実なんだ。夢なんかじゃないんだ。
あーあ、せっかく次の定期テストまでに勉強頑張ろうって思ったのに。小杉くんの思いやりを、無駄にしたくなかったのに。私ったら、思わず涙が……
「待ってぇ……置いていかないでぇ……」
背後から、すすり泣く少女の声が聞こえてきた。
その声は次第に大きくなる。此方に誰かが向かってくる。振り返ると、大量の涙を流したほーきっとちゃんがのそのそと千鳥足で歩いてきていた。
「お願いだからぁ……ゆうを一人にしないでぇ……」
「ほーきっとちゃん!?」
ほーきっとちゃんは私の姿を目に留めるなり、ばふっと抱き着いてきた。
「うわぁぁぁぁぁ!本当は怖くて行きたくなかったのに……召喚ができるの此処しかないから、頑張ってこの洞窟入ったのに……褒めてよ!もっとゆうを褒めて!眷属なんだからゆうを敬愛して!あと離れないで!!」
泣いてるのに命令してるのは可笑しいし、私に対する要求多すぎない?だけど……
「あんなに強がってたのに、心は年相応の寂しがり屋なのね」
私は微笑しながらほーきっとちゃんの真っ青な頭を撫でる。あれっ、ほーきっとちゃんを見てたらなんだか気持ちが晴れ晴れしてきた。吸血鬼になってしまったのには変わりないのに。
「うぅ……ぐすっ……」
「はいはい離れないからさ。もっとマイルドな口調で話してみてよ。仮にも私はキミのお姉ちゃんなんだぞ?」
「お姉ちゃぁぁぁぁぁん!!!!!」
あれ?なんだか違う意味に捉えられちゃった?まあいいか。
「うぅ……僕としたことが……寂寞という感情はとうに捨て去ったはずなのに」
「全然捨てられなかったね」
「まあ良い。一先ず外に出ようではないか」
「そうだね……って眩しッ!?」
洞窟を出ると、目の前には太陽と、廃れた教会があった。目を開けるのもひと苦闘だし体が焼ける気がするが、それ以外に痛みを感じないのはほーきっとちゃんが魔法を使ってくれたおかげよね。
「ふむ、昨夜来た時には感じなかったが、教会に謎の魔力の波動を感じる。誰かが悪魔を召喚したか?それとも……」
「ほーきっとちゃん以外に悪魔召喚できる人なんているんだ」
「日本には僕意外にも魔物使いや悪魔使いはいるぞ?ただ表沙汰にはなっていないだけだ」
「そうなんだ」
兎にも角にも、ほーきっとちゃんは元気を取り戻したみたい。良かった。
でも、問題は解決何もしてないよね。言動的にほーきっとちゃんは私が吸血鬼になってしまった一因に関与していないようだし。元に戻る方法も、探さないとだし。
まずは、どうにかして吸血鬼バレしないようにしないと!普通の人にならバレるはずないだろうけどね!
*
伊月と酒咲君という試練を乗り越え、私はやっとのことで窓際ひとつ前の自席に戻ってくることができた。私の隣の窓際最後列を陣取る小杉くんは、今日もぼっちでお弁当を食べながら小説を読んでいる。私が席に戻ると、小杉くんは小説からスッと顔を覗かせて声をかけてくる。
「……よぅ、飯食うの早いな、陽野森」
「う、うん。あんまりお腹空かなくて」
「そ、そっか」
そのまま小杉くんは小説へと目を戻した。思えばこのクラスの友達のうち、今日一度も私の変化に言及してこなかったのは小杉くんただひとり。普通なら女子の容姿の変化には敏感に感じ取ってほしいものだけど、小杉くんは本当に気遣いの天才だ。
「……似合ってるよ」
「?」
小杉くんが小声でなんか呟いた気がしたが、よく聞こえなかった。
「あ、あの……お前……」
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