第2話 陽野森小唄は契約する

 吸血鬼──それは人々の血を欲し、吸血鬼に血を吸われると自らも吸血鬼になってしまうという逸話を持つ伝承の化け物。


 私の名前は陽野森小唄。ちょっとドジだけど普通の高校二年生……だったのも昨日までの話だ。


「陽野森、ほんとどうしたの?」


「ずっと清楚系美人だと思ってたのにどういう風の吹き回しなの!?」


 昼休み、教室中央のテーブルをくっつけていつものメンツ五人と仲良く昼食。だけど、今日の話題はほとんど私の容姿について、クラスメイトはひっきりなしに質問攻めしてくる。スキャンダルを起こした後、記者会見に臨むタレントのような気分だ。


「今更高校デビューって、絶対なんかあったんでしょ!主にキュンキュンするなんかが!!」

「え?マジ?」

「教えて教えて!」


 朝、教室に入ってきた私の凄まじい容姿の変化にクラスメイトは続々と動揺し、何があったと散々追求された。けどそれでは飽き足らず、話題は女子十八番の恋愛話にシフトし、今にまで続いている。


「あはは、そうかもしれないっていうかそうじゃないっていうか……キュンキュンというかゾクゾクというか……」 


「本当にあの小唄が!?真面目系ドジの小唄に春が!?」


「一言余計よ」


 購買で買い漁った焼きそばパンを齧りつきながら、恋バナで興奮するのはクラスメイトの小尾島伊月おびしまいつき。ボブカットの髪を明るい茶色に染めたギャルっ娘だ。それでも、今の私に比べれば清楚な方で。


「そうかそうか!ついに小唄も!この時をどんなに待ったことか!!」


「そ、そうね」


「それでぇ〜?」


 相手は誰だよ?と無意識に訴えかけるような耳打ちポーズをキメながら、伊月が私に迫ってくる。


「あっ、ずるい!私も聞きたい!」


「わたしもわたしも!」


 近くにいた女子たちが一斉に私たちの机に集まってきちゃった。や、やっばい!こんな集まってきたら!!


 だ、ダメだ。私の視線はずっとみんなの首筋に向いている。会話をしながら吸血衝動を必死に抑えている私は、だんだんと彼女たちの会話にうんやはいとしか返事できないイエスマン状態になってしまう。


 だけどそのせいで人口密度が激増していく。自業自得とはいえこれ以上は耐えられない!!!


「大丈夫?顔、青白いよ?」


「ちょっと朝から体調が優れなくて、ごめん一回お弁当箱閉まってくるね」


 幸いお弁当は食べ終わったので、私は足早に私を中心とした人口密集地帯を後にする。どういうわけか空腹感は全然満たされてないけどね。


 まともな返事もできないけど、正直に吸血鬼になっちゃった♪などと隠さずに告白してしまえば、なに言ってんだコイツと汚物を見るような目で見られてしまう。ここは退散が最適だ。


 だけど一歩進んだところで目の前には何故か伊月が。対面に座っていたつもりが、いつのまにか先回りしていたらしい。そんなに私の恋バナ聞きたいのか。


「本当に平気?保健室行った方がいいよ!!」


 そっちか。まぁ、実質死んでるようなもんだし、顔色心配されて当然だよね!


「いや、心配しなくても平気だから……」


「ねぇ、どうしてことさらにアタシから目を逸らすの?」


 わざと目を逸らしてるんじゃないんだって!っと弁明しようにも理由が理由なのでだんまりしか敢行できない。


 身長差のせいか、伊月の首筋に目線近いし、やばい、これ以上は吸血衝動が……ま、まずっ……最終手段、ここはあれしか……


「ええと、その」


「まさかアタシのこと嫌いになっちゃったの?」


「いや、そうじゃなくて」


「どうして!?ねえどうして!?アタシなんかした!?」


「……UFO」


 と、私はカップ焼きそばのCMのように饒舌な英語を添えて、物体どころか雲一つない青空が広がる窓の外を指さす。


「え!?マジ!?どこどこ!?イススタにあげたい!!!!!」


 伊月は見た目に反して純粋でスピリチュアルな女の子だ。ちょっと、UFOとかUMAみたいな話題を上げれば話を逸らすことができる。もしかして私が吸血鬼になったことも信じてくれるかも……


 でもまあこれで一安心。とりあえず、でっち上げのUFOを探しにいった伊月は置いといて、私は自席に向かうが。ど、どうしよう、こんな姿を小杉くんに見られたら……


「おい貴様ァァァァァァ!!!!!」


「ひゃ!?酒咲君!?」


 怒号を上げて私を呼び止めたのは風紀委員長の酒咲君。


「鋼鉄の委員長」という異名を持つほど、校則違反者の取り締まりに厳しい。異名はダサいと思うけど……でもそれぐらいクラスメイトには恐れられてる存在。


 乱れた格好をする生徒には容赦なく注意し、抵抗する場合は先生に報告し、指導を強要させる。伊月なんて何度指導を喰らったことか。

 

「なんだその髪とカラコンは!!指導だ指導!!」


 頭に血が昇ったように顔を真っ赤にして酒咲君は私を叱咤する。ていうか今のでクラスの視線が一気にこちらに向いたし!どどどどうしよう!伊月の目は逃れられても酒咲君の目は……!


「か、髪色は別に拘束違反じゃ……」

「さぁ一緒に来い!生徒指導室だ!!」


 い、いや!酒崎君が私の手を掴んで……でもこれは好都合!


「いやーセクハラー!」


「何っ!?」


 私はクラス中に響き渡る声で目いっぱい叫ぶ。


「おい酒崎何やってんだよ!」


「女子の手を無理矢理掴むなんてサイテー」


「お前が指導されちまうぞー」


 と、私の悲鳴を聞いた生徒たちから酒崎くんに野次が飛ぶ。これは普段の鬱憤晴らしにやってる人もちらほらいるな。


「むっ!むっ!」


 酒崎くんはたじろいで周りを見渡す。その隙に、私はスパッと手を離した。


「貴様……今日は見逃してやる。だが次こそは絶対に指導してやるからな!」


 酒崎君は敵キャラの敗走シーンみたいなことを言って不服そうに去って行く。ごめん酒崎君!


「ほんと、何でこんな体になっちゃったんだろ」


 *


「へ?吸血鬼?」


 女の子の口からさりげなく放たれた「吸血鬼」という言葉。なんだろう、雰囲気的にこの場所で魔女ごっこでもしているのだろうか。だとしたら私のいる意味がわかんないけど。


「此処は召喚の間だ。貴様は僕の眷属となるために召喚されたのだ!吸血鬼の女!」

「眷属?吸血鬼?ごめん、なにを言ってるのか……」

「人語を話せるくせに魔界での記憶がないのか?」

「へ?」


 まかい?女の子はなにを言ってるのだろう。全く意味がわからない。


「あの……魔界というか、私、自分の部屋のベットの上にいたはずなんだけど、気がついたらここに」


「なんと!貴様は人間と共存しているのか。だったら人語を話せるのにも納得できるな!」


「共存?ごめん、本当に何言ってるのか分からないんだけど。私、いつこのごっこ遊びに参加したのかしら?」


「?ごっこ?貴様は吸血鬼でこの僕によって召喚されたのだぞ。何度言えば分かるのだ」


 単なるごっこだと思うけど、どうも女の子は本気で語っているようにしか見えない。たまにクラスでも見かける演技が上手な子なのかな。役者志望でこの場所で演技の練習をしてる可能性も……だとしても私のいる意味が分かんないけどね!


「え、演劇なら最初に言ってほしいな。そうじゃなきゃ、言っちゃ悪いけど私を馬鹿にしてるようにしか見えないわ。私、仮にもちゃんとした人間なんだから」


「僕を馬鹿にしてるのは貴様の方だぞ!そのナリはどう見てもきゅ・う・け・つ・き!にしか見えないだろ!!」


 そう言って女の子は私を指差す。ナリってど、どういうこと!?


「あのさ、手鏡とか持ってる?」


「鏡?それなら呪文で僕が出してやろう!ミラーミラー!」


 ボワッと、私の目の前には泡のような何かが出てくる。なにこれ!?どういう仕組みで……えっ……


 そこに映った私の姿に、私は驚愕してしまった。


「嘘でしょぅ……」


 毎日綺麗に整えていた私の黒い長髪は、漂白剤を使ったように真っ白に色落ち、私の茶色の瞳はカラコンを入れていないのに血のように紅くなっていた。おまけに口の中を覗くと犬歯はいっそう鋭く伸びており、悪魔のような尻尾も生えている。これじゃあまるで……


「吸血鬼!?」


「なんだ自己紹介か?」


「夢?まだ夢!?そうだよね!だって今日見てた夢も吸血鬼っぽい人出てきたし!!!」


「なにを言っている?ここは現実だぞ。貴様は現実と夢の区別もつかない吸血鬼なのか?」


 いやいやおかしい。こんな姿私じゃない!


「とにかく、契約を行うぞ」


「契約?」


「僕の眷属となる契約だ。貴様、動いてないでそこの魔法陣の上に立て」


「上って……」


 命令口調なのはともかく、彼女は何を言って……私は混乱していたせいか、彼女の命令に従い謎の紋様が刻まれた地面の上に立ってしまった。


「ほァァァァァァァァァァァァ!!!」


 次の瞬間、彼女は突然発狂したかと思うと、その紋様から眩しい光が放たれた。私はその眩しさのあまり、目を瞑ってしまい──


「これでよし!貴様は今日から僕の眷属だ!」


 目を開けると、私の左手の甲には地面に刻まれた紋様と同じような刺青が刻まれていた。


「い、いやあああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「ど、どうした?」


「なにこれ!本当にどうなってるの私?夢の中で不思議の国にでも迷い込んだの!?」


「不思議の国?ここは中宮市の郊外だぞ」


「いやおかしいわよ!だいたいあなた何者なの!?」


「よくぞ聞いてくれた!」


 女の子は私の言葉を待っていたかのようにローブをぐるんとたなびかせ、謎のポージングを決めながら名乗った。


「僕の名はホーキット・メルティ・ロード三世!現代の世に魔人を召喚せし千年に一度の天才魔物使いビーストテイマー!!!!!」


「は?」


 やたらと長い英名を放ってきたけど、どう見ても日本人だよね……


「あの、本当の名前を……」


「失礼な!我が高貴なる名を汚すか!眷属であるならばもっと僕を敬え!」


 眷属?ていうか展開が意味が分からなさ過ぎて脳が沸騰しそう。


「ごめん、私今の状況が全く呑み込めてなくて、眷属ってどういうこと?」


「うむ……仕方ない。特別に僕が教えてやろう」


 さっきからやけに高圧的な話し方をするほーきっとちゃんだけど、私は一刻も早く状況を把握するために耳をそばだてた。


「貴様は我が伝令に絶対遵守し、我ら魔物使いを侮辱した悪魔どもを一掃する。それが眷属としての貴様の役目だ!!」


「悪魔?一掃?ほーきっとちゃん、夢に浸ってるみたいだけど、この世界には悪魔なんて存在しないわよ?ただの言い伝えよ?」


「貴様自身が半ば悪魔の存在を証明しているというのに虚言を吐くとは何事か!それとボクのことは主と呼べ!」


 酷い!ほーきっとちゃん、私のことを悪魔だなんて!!いや、違う。悪口を言っているわけじゃないみたい。突拍子もない話なのに、その口ぶりはとても嘘を言っているとは思えない。


「私、本当に吸血鬼になっちゃったの?」


「何を今更。貴様はどこをどう見ても吸血鬼そのものじゃないか」


 

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