第1話 朝起きたら吸血鬼になってた

「来たか、後継者よ」


「!?」


 見渡す限り真っ黒な空間。何処からか野太い声が聞こえた。


 振り返ると、誰かがこっちに向かってくるのが見える。な、なんだろう。雰囲気と相まってめっちゃ怖い。


 視界の奥から何者かがやってきた。段々とシルエットが鮮明になっていく。現れたのは、真っ白な髪の痩せ細った奇怪な男。


 こ、怖ッ!雰囲気的にドラキュラっぽいけど……。


「千年待っていた……やっとこの永劫の輪廻からおさらばできる」


「ひぃ!?」


 男はどんどん私の前に寄ってくる。私は逃げようとするが足が動かせない。というか体が硬直して動かない。男は、私の寸前で足を止めた。


「あ、あの、私は……」


「後継者よ。我と契を交わさんとするものがいる。だが、我はもう限界だ。代わりに貴様が契約者となれ」


「へっ?へェェェェェェェェ!?!?!?!?!?」





「ェェぇぇぇぇぇぇ……っぇ?」


 朝。目が覚めると、私はよく分からない洞窟で横になっていた。


 頭の下が妙に硬いなと感じていたら、数学の問題集が枕になっている。昨日遅くまで勉強してたからだろうけど、枕になってるのはよく分からない。


「変な夢みた……ん?」


 目の前には、魔女のコスプレをしたこれまたよく分からない女の子が魔法の杖か何かをこちらに向けていて、なぜかドヤ顔。


「うん、ここどこ?」

「ほう、人語を話せるとは、知能指数の高い魔族のようだな。僕の使い魔としては合格だ」


 寝ぼけていたけどなんか馬鹿にされた気がした。ていうかこの子、ナチュラルに一人称が「僕」だけど、見る限り普通に女の子だよね?よく分からない民族衣装みたいな服越しに伺えるボディラインはスラリとしてるし、小柄だし、女の子は確定みたいだけど。


「キミは誰かな?」


「貴様如きが誰に軽々しく口を聞いている?貴様のような魔族は本来ならば僕の必殺奥義で瞬☆殺してるところだが、使い魔となることを条件にこうやって謁見を許しているのだぞ?」


「お口が悪いよ!お姉ちゃんみたいな年上には敬語を使わないとダメでしょ!」


「くぬっ!一端の吸血鬼如きが宿敵、弁達者どものような戯言をほざくな!!!」


 威勢の良い女の子だ。きっと学校生活でもやんちゃしてるのだろう。って、今この子、私のことなんて言った?


 *


 私の名前は陽野森ひのもり小唄こうた。自分で言うのもなんだけど、ちょっぴりおバカな美少女で高校二年生(人間)……だったのも昨日までの話。今朝、謎の洞窟で目覚めたら吸血鬼になっていた。


 自分でもこれを受け入れるのは一生かかっても無理だと思う。今はひとまずこの世界が夢だということで決着させている。いや、夢であってほしい。


「さあテストを返すぞ!」


 一時間目の数学の授業は私の人生をかけたテストの返却。この日のために、睡眠時間は一日わずか三時間。私は寝る間も惜しんで勉強してきた。

 昨日だって問題集片手に、夜中三時まで机と睨めっこしていた。だからこんな夢を見ていてもおかしくない。


 あ行から順に生徒の名前が呼ばれている。私は順番的に当分先だ。


 正直、夢なのにめちゃくちゃ緊張している。体の震えが止まらない。緊張をほぐすために舌を噛みつつ手をつねる。わりかし痛い。


 余計な動作のせいで、此処が現実だと確信してしまったのも束の間、私の番が巡って来た。

 


「次、陽野森」


「は、はい!」


 ついに私の名前が呼ばれてしまった。私はビシッと席から立ちあがり、教卓の前に向かった。ロボットのようにぎこちない足取りで先生のいる教卓へと急ぐ。


「ほら」


 先生がテスト用紙を差し出してくる。ここからが本番だ。テストの配布に添えられる一言。これが、私の生死に直結する。


 ドクドクと激しく鼓動する心臓の高鳴りに身を任せ、私は半分目を瞑るように待ちながら先生の話を――


「陽野森、お前大丈夫か?」


「え?」


 小テスト 28/100


「あっ、がァァァァァァ!!!」


 やってしまった――潔いほどの赤点!あれだけ勉強したのに、なんでこんなゴミみたいな点数!!やっぱり夢よね?夢って言って?


 用紙をもらうとそそくさと自席に戻り、改めてそれを見つめる。途中式をちゃんと書いていたにも関わらず、二十八という点数は全て部分点だった。


「答えひとつもあってない……」


 終わった……このテストが生命線だったというのに。この前、留年まっしぐらだよと先生に言われたのに。


「小杉くうぅぅぅぅぅぅぅんん!!!!!」


「わっ、なんだよ!?」


 衝動的に、隣の席に座る男の子、小杉廉こすぎれんくんに話しかけてしまった私。


 制服を着崩すことなくビシッと着こなした小杉くんは、私の学友というか世間話をするくらいの仲だ。ちなみに、内向的な性格で私以外のクラスメイトとはほとんど会話できないらしい。昨日の問題集はおすすめだからと小杉くんに借りたものだ。


「ねえ見てよ!?なにが悪かったの!?」


「う、うるさい!見てあげるからもう少しボリュームを落として!」


 小杉くんは照れ臭そうにしながら私のテスト用紙を凝視する。


「げっ、途中式全部間違ってるじゃん」


「私だって頑張ったんだよ!ほらこことか」


「本当、陽野森は要領が悪いっていうか……ここもこうすれば正解だったのに」


 そう言って、小杉くんは私のテスト用紙にシャーペンで計算方法を書き写す。


「うぅ……留年確定……」


「何言ってんだよ。これ小テストだぞ。本番は期末だよ」


「へ?」


「が、頑張れよ」


 小杉くんは顔を赤らめて私に……ちょっと待って、じゃあ今回のテストはなんだったの?


「今回のテストは事前に伝えた通り成績には影響しない。だが、期末の範囲内は全て押さえてあるつもりだ。できたやつもできなかったやつも気を抜かずに勉強しろよ」


 先生が私たちに向かってそう言告げる。じゃあ、今回のは単なる余興だったんだ。


「うぅ……」


 高校入学してから今現在にかけて、私は定期テストをオール赤点で通り抜けており、次にもし赤点をとってしまえば留年の危機へとさらに一歩踏み出してしまう。


 甘えてはいられない。このテストは自分を変えるための好機だったのだ。


 私の夢である有名大学進学後一流企業に就職し、やがてワイハで一人暮らしを実現するために、今からでもやれることをやらないと。


 この私ならできるはずよ!拳をぎゅっと握りしめて自分に喝を入れる。


 か、喝を……喝を……


「どうした?陽野森」


 握り拳には普通熱が篭るはずなのに、死んだように冷たい。と、私を見ていた小杉が心配そうに尋ねてくる。


「ごめん、なんでもな……あぶっ!?」


 本能に駆られて小杉くんの首筋を凝視してしまい、私は慌てて制服の袖で口を塞ぐ。もう少しで涎垂らすところだったあっぶねー!!!


「つ、つぅかさ、お前……」


 私の名前は陽野森小唄。ちょっぴりおバカな高校生にして、吸血鬼だ。

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