性虐待被害からの回復
木村牡丹
性虐待被害からの回復
「性虐待」というと、加害者像は一般的に父親を想起される場合が多いだろうと思う。それは間違いではない。しかし、加害者が兄弟というケースも存在する。しかも残念ながらけして特殊なケースではない。私自身も実兄からの性虐待の被害者である。
今回、この記事では私が経験した被害によって自身に起きたことから、回復への道筋を見つけるまでを記したいと思う。
これはあくまでも個人的な経験であるため、すべての性虐待被害者の方にあてはまるものではないことを断っておくとともに、これだけはどうしても伝えておきたいことがある。
性虐待を含むすべての性暴力において、罪や責めを負うべきは間違いなく加害者であり、被害者には何ら非はない。加害者は卑劣にも被害者の罪悪感を利用するが、被害に遭った人が責められることは絶対にあってはならないことであることが広く世間に理解されるようになってほしい。
そして、すべての性暴力被害者の方が適切な医療に繋がり、被害と尊厳を回復されることを願う。
被害の始まりは小学5年生頃からだったと思う。2歳上の兄、5歳下の弟がいる三人兄弟の真ん中で育ち、三人で文字通りじゃれあってよく遊んでいたものだ。
いつも通りじゃれあって遊んでいた際のこと、よくくすぐられたりすることがあったが、ある日兄が組み敷いた私の胸を揉んだ。記憶にある限りではこれが一番最初だったと思う。今までにない行動にひどく困惑したことを覚えている。
その次の記憶はもっと露骨なものだ。夜中にふと目が覚めると尻に違和感があった。布団をかぶって寝ていたはずなのに背中から尻にかけてひんやりとした空気を感じ、そして尻を撫でまわされていたのだ。
あまりにおぞましい感覚に、動くことも言葉を発することもまったくできず硬直してしまっていた。終わらないほどに長く感じたあの時間はほんの数分だったのかもしれないけれど、身体中に満ちたあの嫌悪感は30年以上経った今でも忘れられない。
私は幼少期は大変小柄だった。背の順で並べば、いつでも前から3番目くらい。しかし第二次性徴の訪れは割合早く、小学5年の冬には初潮が到来し、胸も膨らみ始めていた。今にして思えばなんとも呪わしい。
精神面では年齢相応の子供であったにも関わらず、私の身体は「女性らしさ」を纏い始めたのだ。
私と違い年相応に身体が大きく、年相応に性的なものへの好奇心が発達していた兄にとって、私は絶好のおもちゃだった。少林寺拳法を習っていた彼は、日頃から自身の思うようにいかない時は力を誇示し威圧することが多々あった。
私がまだ幼稚園児だった頃のこと、友達の家の庭で遊びに夢中になってお昼を過ぎたことを忘れていた私を呼び戻すよう母が兄を寄越したことがあった。普通であれば単純に声をかければ良いだけのことなのに、面倒をかけた私がよほど憎らしかったのか、無言で脇腹に回し蹴りを入れて立ち去ったことがあったのを今でも覚えている。
そんな兄はおそらく、私が抵抗するなど毛ほども思わなかっただろうし、万が一抵抗されても力でねじ伏せられる自信があったのだろう。
行為は少しずつ、しかし確実にエスカレートしていった。当初はパジャマの上から触るだけだったものが、パジャマを脱がせ、下着をはぎとり、兄自身も素裸になって触れてくるようになった。
その時感じていたのは、抵抗することの恐ろしさ、私が目が覚めていることに気づかれる恐怖、そして人肌の熱さだった。
おもちゃにされている間中、私はずっと目を閉じ人形として存在していた。自我を保っていたらきっと正気ではいられなかったのだと思う。性器を触られ、舐められ、口にペニスを突っ込まれる。そんな時に私が自分を守るために選択したのは人形に徹することだったのだ。
しかし、兄は行為の最中、私が目を覚ましていることに間違いなく気づいていた。
彼にとっての「遊び」を終えたあと、必ず私のショーツを部屋のどこかに隠していくのだ。ある日、どうしてもショーツを見つけられなかった。見つけられなければ、母にどう言い訳をしたら良い?
私が来るのを待ち構えていたのか、黙って兄の部屋のドアを開けると彼は私の部屋の押し入れに隠したショーツを引っ張り出して無言で渡して自室に戻っていった。
そんなこと、親に相談したらいいじゃないか、と思われるかもしれない。しかし兄は巧みに私の罪悪感を利用した。彼は言ったのだ。「ママに言うぞ」と。
自分がされている行為がよろしくないものであることはわかっていた。この「ママに言うぞ」という言葉は、「私自身が悪いことをしている」という間違った認識を抱かせるには十分だった。このたった一言が私を完全に縛り上げた。
兄による性虐待は私が中学3年生くらいの頃まで続いて、ある日唐突に終わった。私が起きていると部屋に来ないことがわかり、徐々に夜更かしをするようになっていった当時、それでもいつまでも起きてはいられなかった。そして、案の定侵入者がやってきた夜、私はついにただの人形でいることをやめたのだ。
私はどうしたらこのような行為をやめてくれるのかを問うた。出された条件はただのひとつだった。それは「一回だけでいいからセックスをさせること」。
意外に思われるかもしれない。いいだけおもちゃにされていたのに、挿入されるまでには至っていなかったのだ。性的好奇心が強くても、まだ兄も未成年で、おそらく交渉を持ったことはなかったのだろう。
私自身、もちろん経験などあるわけもなく、セックスという行為の意味もよくわかってはいなかった。しかし、繰り返されるおぞましい行為を、その「セックス」で終わらせられるのであればそれでいいと思った。そして、私は応じた。
しかし、お互いに知識がないことが幸いしたのか、兄は何度も挿入を試みたものの、行為を成し遂げることはできなかった。それでもある意味律儀に約束を守り、その夜以降、侵入者が訪れることはなかった。私がただの人形であることをやめたことも理由のひとつだろう。
今にして思えば、避妊具の用意もなく行為に及ばれ、妊娠することがなかったのがせめてもの救いだ。
高校生以降はほとんど兄と関わることもなく、平穏に過ごしていた。しかし異性と関わることはどうしても苦手で、友達以上の関係になることは一切なかった。
そんな異性関係に変化が訪れたのは大学を卒業し、実家を出て暮らすようになってからだった。2002年頃のことだ。
「援助交際」というものを、したことはなくても知識として大抵の人は知っていると思う。金銭を対価としてセックスをする、つまりは売春だ。働き始めて携帯電話を持つようになった当時、出会い系サイトへアクセスするのは至って簡単だった。街で若い女の子に出会い系サイトの広告が載ったポケットティッシュを配っている光景など日常茶飯事だった。
自分を壊し始める第一歩を、躊躇いもなく私は実行した。ポケットティッシュに記載されたその出会い系サイトに登録したのだ。
初めて会った相手は、至って普通のサラリーマン風の男だった。いかにも善良そうなその男は、緊張したように私をバーに連れていき、ぎこちなく話してお酒をのんだあと、ラブホテルへ私を連れて行った。
行為自体は乱暴なこともなく、普通に終わった。あっけないほどに。乱暴さは全くなかったものの、行為の最中はずっと痛かった。私にとって初めてのセックスが残したものは、身のうちに疼くような痛みと2万円だった。ただ、それだけ。罪悪感など感じなかった。
それ以降、頻度は高くないものの金欠になるたびに出会い系サイトで募集をかけた。若い女の需要はいくらでもあった。就職超氷河期だったあの頃、新卒での就職が叶わず非正規雇用で低賃金労働に従事していた私は、この身体を売ることでお金が得られるならそれで構わないと思っていた。
虐待などにより、健やかに自己肯定感を育むことができなかった子供は自傷行為を行うことがある。私にとっては見知らぬ男に身体を明け渡すことが、それだった。見知らぬ男に身体を明け渡し人形になることで過去を追体験し、自分を痛めつけ続けたのだ。
価値のない私は、自分を罰さなければいけない。私は悪いことをしてきたのだから、私は罰を受けなければならない。そんな気持ちが根底にあったのだと思う。
「私」という自我を持った存在は誰にも必要とされないけれど、身体だけはお金を払ってでも求められる。身体を求められることで自分にも価値があると思えたのだ。
そんな生活は長く続いた。見知らぬ男に身体を明け渡すことが自傷行為だと気づいたのは2020年頃だ。しかし自傷行為だと気づいてもやめることはできなかった。
転機が訪れたのは2020年初頭。存在自体は知っていたもののあまり意識することのなかったフェミニズムに触れる機会があった。Twitterで、である。
Twitterというプラットフォームは良くも悪くも情報が溢れている。ある日「女性は痴漢被害に声をあげないでほしい」という投稿を目にした。女性が痴漢被害を訴えることで痴漢冤罪が発生するというとんでもない内容だった。
当該のツイートには当然ながら非難轟々の引用リツイートが大量になされたものの、当人はツイートを削除することもなく、悪びれもせず、その後も女性を貶める発言ばかりを続けていた。
それに反発を覚えたことをきっかけに、それまでは実生活での知り合いとしかやりとりすることのなかったTwitter上で様々な女性のツイートを見るようになり、フェミニストの方々とも交流するようになった。
すべてがすべて事実ではないとしても、性犯罪被害の経験を訴える女性のツイートはあまりにも多かった。私同様に、兄から性虐待を受けた人もいた。被害女性の声に触れるたびに私は自身の経験を思い出し、あまりにおぞましいあの感覚を思い出し、何度も泣いていた。
性暴力被害者の声に触れ、自分自身の被害を発信するうちに、私はようやく自分のおこなっていた自傷行為を認識することができるようになっていった。
セックスを終えるたびに感じる虚しさ、得られる対価の意味に、ようやく気づけたのだ。気づけてからは、むしろ自分を傷つけたい時にあえてセックスをするようになった。
しかし、Twitterというネット上の仮想空間とはいえ、死にたい夜を支えてくれる人たちに出会えたことで、私はあえて自分を傷つける行為を重ねる必要性はないのではないかとようやく思えるようになった。それ以降、私は出会い系サイトを利用することがなくなった。これが2021年頃のことだ。
サイトを利用することは無くなったものの、自分を許せない気持ちは根強く残った。性暴力被害者に落ち度はなく、あくまでも加害者が悪いということはわかっていても。
自分を責めては落ち込むということを何度も繰り返し続け、そのたびに閉じた傷を掻きむしって血を流すように泣いた。
2022年の春頃、気持ちの落ち込みが激しい休日の午後にふと、いつもメンターのように思っている人にDMをした。
「どうしたら、自分を許せるようになるんでしょうね」
その人はすぐに返信をくれた。
「善悪の基準を少し緩めてみてはどうですか」
「落ち度はないし、あったとしても別に構わないんですよ」
ゆるゆると私の心に言葉が落ちていった。
「罪と罰という概念って人間が都合よく思い付いた概念ですし本来そんなものはないんですよ」
私は今までに自分が受けた性的虐待被害について何度もTwitterで発信したことがある。しかし、援助交際の件は触れたことがなかった。その、メンターのように思っている人にも。
でも、急に告白をしたくなった。許されたかった。この人だったら許してくれると思った。
告白した結果、その人は私にカウンセリングを勧めた。いたって正しい対応だ。
正直なところ、受け容れてもらえなかったような気持ちになったのが半分、無責任なことをけして言わないことへの信頼感が半分だった。
その後、日を変えて雑談から真面目な話までを交わしていくうちに、数日前の言葉がどんどん腑に落ちてきた。
そもそも誰かに許される必要はあるのか?あるとしたら誰に許されたいのか?
私は、自分を傷つけ続けた自分を許したかった。
30年近く経って、ようやくそれに気づけた。
そして、完全にではないけれど、私は自分を許していいんだと思えるようになった。
自分の過去を振り返る時はいつも、泣いていた。
2022年6月10日、私は初めてカウンセリングを受け、2023年5月現在で21回のセッションを実施した。ここまででカウンセリングにかかった費用は15万円を超えている。
性虐待被害によるトラウマ治療はいろんな意味でやさしいものではない。負担が少ないと言われるEMDRという療法を実施しているが、セッションのたびに号泣し、時には過呼吸になりかけ、帰り際には足腰が立たないということもある。
一概には言えないけれど、性虐待被害のトラウマ治療には最低でも50〜60回のセッションを要するという。短くても3年程度の年数がかかるのだ。
性暴力被害に遭った時、その被害から回復することは容易ではない。特に性虐待被害者は、自身の被害自体を正しく認識することがそもそも容易ではないことが多い。
私はトラウマ治療という回復への道筋に至るまでに約30年を要した。その上で、絶対に終わる保証のない治療に挑み続けていく。
今まさに性暴力の被害に苦しんでいる、親愛なるどこかのあなたへ。
理不尽にも被害に遭ったあなたは、自分に落ち度があったのではないか、隙があったのではないかときっと自分を責めているでしょう。そして何らかの形で自分自身を傷つけているでしょう。
ただ、ほんの11歳程度だったあの頃の私に何も非がなかったことと同様、これは間違いはありません。責めを負うべきは加害者であって、あなたは絶対に悪くない。
性器を刺激されたとき、私は気持ち良いと思うと同時に、そんな自分が気持ち悪かった。痛いことしかされなかった夜などは、あそこを舐めてほしかったなと思った自分が気持ち悪かった。
嫌いな相手から恐ろしいことをされているのに快感を覚えてしまったことに罪悪感を覚えたのだ。きっと、私と同様に考えている被害者の方もいるのではないかと思う。
でも、あなたがもし行為によって快感を覚えたとしても、それはあくまでも生理現象でしかないことを知ってほしい。叩かれれば痛いのと同じだ。そこに意味を見出す必要などないのだ。
今まさに被害に苦しんでいるあなたが、私のように長きに渡り苦しみ続けることがないよう、適切な医療に繋がって尊厳をとり戻せることを、切に願っています。
“泣くがいい、悲しみを口に出さずにいると、いつかいっぱいにあふれて胸が張り裂けてしまうぞ“ シェイクスピア『マクベス』より
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