第6話

 植物採集をさっさと終わらせて私たちは教室に帰った。どこで時間をくってしまったのかわからなかったけれど、私たちはずいぶん遅れていて、もう次の体育の授業まで残り10分しかなかった。授業が始まるまでに、一階の更衣室で着替えて、通路で繋がっている体育館まで行かなければならなかった。

 私は体操服を入れた袋を抱えて猛スピードで走って更衣室へと入った。最後の一人が入れ違いで出ていくところだった。誰もいない中で、いろんな柔軟剤がごちゃごちゃ混ざっている匂いがした。

スカートの下から体操ズボンを履いた時、みなが静かに更衣室の扉を開けて入ってくる。そのまま私とは離れたところにぽつんと立って、着替え始めた。

まだ目が赤く、呼吸も乱れている。何か理由をつけて休んだっていいはずなのに、こういう時にみなは嘘をつけない。


着替え終わって更衣室の扉に向かっていた時、みなとすれちがった。ふと見ると、みなの腕の内側に無数の赤い線が走っている。ミミズ腫れのようになっていた。目を逸らす。みてはいけない物を見たような気がする。心臓がドキドキしてくる。話には聞いたことがあった。自分で自分の腕や手首を切る人がいると。頭がおかしいんだ、と私は鼻であしらっていた。

みなは、自分の腕を、切っているのだろうか。どうして、そんなことを?

私がみなの頭を、おかしくしてしまったんじゃないのか。


 ある日の帰り道のことだった。私は踏切にたどり着いた。するとみなが、踏切の向こう側にいるのがわかった。

赤ばかりが目の奥に焼き付く夕辺だと思った。カンカンカンと打たれた鐘の音、赤いランプの点滅の音、人々は少しだけ歩く速度を上げて、留まる私たちから去っていく。やがて人の気配は消えた。細長い棒は私とみなが近づかないように横に伸びている。私たちはずっと互いの目から逃げられないでいた。冷たい風が吹きすさんだ。みなのスカートの先と前髪を揺らす。背中が不気味なほど冷たくなる。右からゴトンゴトンと何かが迫ってくるのがわかる。それは鋭い一音を発してすぐに、線路を走っていく。生まれた風がのしかかってくる。みなの前に電車がある一瞬の光景は、なぜか私から離れなくなる。悲しいほど、何もかもが赤だ。

みなが何か言おうと口を開いている。私は何故か目が離せなくなって、ぼんやりとみなの顔を見つめている。相変わらず、可愛くなくて地味な顔で、それなのにどうしても、無視できない。いつだってそうだ。私はみなのことばかり考えていて。


私たちはどこかに行けるのだろうか。

電車が去る。みなはもうそこにいなかった。

なんだかひどく寂しくて、私は息さえ殺しながら、踏切を超えて走って帰った。

 











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