第4話

 目が覚めると、私の身体には布団がかけられてあった。淡いランプの、オレンジの光が視界に入ってくる。ふと隣を見る。

「あっ、ごめんね。起こしちゃった?」

みなが布団の中で何か分厚い本を開いている。メガネはかけているけれど髪を下ろしていて、なんだか別の人に見える。

「い、いや。読んでてよ」

あたふたしてしまったけれどやっと言葉を返せた。みなはほっとして微笑む。ライトが輪郭を朧げに照らす。

「じゃあお言葉に甘えて」

その瞳が再び本に注がれる。横顔から、本当に物語が好きなんだってことが伝わってくる。ずっとこの部屋は静かだ。ページを捲る音、指が一枚ずつをキュッとつまんでいる音、緊迫した場面なのだろうか。うるむと思えばすぐに見開かれる目。本とはこんなに楽しそうに読めるものか。私はいつも、ただ文字を追って話を理解するだけなのに、みなは全身で物語を味わえる。

横目で見つめていると、みなが私に気づいてしまった。顔を背けたが、遅かった。

「やっぱりもう消そうか?」

ランプのスイッチに手を伸ばそうとする。そんなことをさせるつもりはなかった。

「待って!」

私は布団を跳ね除けていた。自分が何をしでかそうと言うのか、読めなかった。

「なんで私に優しくしてくれるの。私、あんたを・・・」

いじめてるんだよ。その言葉を口にする勇気もない、私は本当に弱い。俯くとみながみじろぎしたのが気配で分かった。そして次の瞬間だった。肌の感触がぶつかってきたのだ。

「え」

認識する前に身体がぎゅうっと締め付けられる。抱きしめられていた。頭がフリーズする。実際にされるとなんだか落ち着かない。

「・・・放してよ」

こんな時に限ってみなは何も言わない。表情を見ようとしてみるも、がっしりとホールドされていて、動けない。熱がゆっくりと伝わってくるのがわかる。段々あたたかくなってきて、違和感が少なくなってきているような気がして、それが非常にまずいような気がする。なんだか恐ろしかった。知らない場所に片足を突っ込んでるみたいだ。

「ねえ放して」

声をもう一度かけてみる。無駄みたいだ。抗えないのであれば受け入れるしかないのだろう。認めるしかないのだろう、この穏やかな心を。でも一度だって認めてしまったら何かが変わってしまうような気がした。

いざ救われそうになると途端に足を引っ込めてしまう。私はすでにみなを傷つけている。それなのにこの子は何度だって私を視界に入れようとする。優しすぎることは優しさよりも返って残酷な気がする。

体温だけが正しくあたたかく私に伝わってくる。どれだけ言葉を尽くしても足りないんじゃないかと思うほど、私はたくさんの感情を秘めて、本当は力を入れれば解けるハグを解かない。私たちは、そうしていつの間にか眠った。

夜が終わると、みながいない日常はあっけなく戻ってきた。私たちは何事もなかったかのようにそれぞれの場所で、ただ息苦しいだけの毎日を過ごしている。どうにか楽になりたいという気持ちに代わって、なんとか今の時間を耐えようという考えが、私の胸を占めるようになった。ただ、みなも私と同じで苦しんでいる、そのことだけが私を慰めるのだった。

小学校の低学年だった頃、数回だけ、一緒に遊んだ。砂場で何かを作っていたら、いきなりみなが隣にしゃがんだので驚いた。クラスも違うし、なんの接点もなかったので、まだお互いの名前すら知らなかった。

「まことちゃんっていうんだね、じゃあまーちゃんだね!」

当時のみなはまだメガネをかけていなかった。誰よりも身長が低くて、小さなくりくりした目をしていた。みなは、砂を使ってかわいいうさぎを作った。それがびっくりするほど上手で、いまだにはっきりと覚えている。水で固めたり草花で彩ったり、私には思いもつかなかった方法で、彼女は彼女の世界をどんどん作っていってしまった。その遊びの一件以来、私たちはすれ違ったり、全校生徒が集められた時に、目を合わせて手を振り合うようになった。私にとってみなは、同じクラスの子達よりも、いつも一緒にいる女の子達よりも近い存在だった。ずっと一緒にいたいと思っていた。

一つだけ、私の胸の奥で燻っているみなの言葉がある。確か5年生も終わりかけてきた時、私たちは図書室に来ていて、「こんなに面白いお話、どうやったら思いつくのかな。私には無理だな」と、同じ小説を見ながら呟いたのだ。するとみなは首を振った。

「この人みたいに、まーちゃんしか持ってない何かがきっと、あると思う。私は好きだよ?まーちゃんの話」

そして、私に笑いかけた。言われた時はものすごく嬉しかった。

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