第17話 伝えるか

「ねぇ。異鏡君、本当に大丈夫かな」


 走りながら後ろを見るけど、もう姿は見えない。テケテケは追いかけてきていないみたいだから、異鏡君がしっかりと足止めしてくれているのはわかる。

 だからこそ、心配。怪我をしていないか、危険な目に合っていないか。痛い思いはしていないか。


「もうそろそろ止まってもいいだろう」


 静稀が足を止めたから、私達も止まって後ろを振り向いた。


 他の七不思議さん達はそれぞれ息を整えたり、その場でへたり込んだ。

 みんな、体力の限界が近かったんだ、私も息が苦しいし、立っているのも辛い。


「大丈夫か?」

「はぁ、はぁ。だ、いじょ、ぶだよ。静稀は?」

「俺は普段から鍛えてるからな、問題はない」


 確かに、この場で一番余裕そう。汗はかいているけど、そこまで息苦しそうには見えない。さすが、普段から陰陽師の修行をしているだけはあるなぁ。


「あれ、百目と花子がいなくないか?」

「え? あ、本当だ。…………え!? 待って!? 花子ちゃん!? どこ!?」


 嘘だ嘘だ!!! 花子ちゃんが居なくなった!? まさか、どこかで転んでしまったとか!? 置いて来てしまったとかないよね!? 


「……何で心配は花子だけなんだ? 百目もいなくなっているのに…………」

「だって!! 百目さんは大人だったし、冷静っぽかったから何があっても大丈夫そうだと思って……。でも、花子ちゃんはまだまだ子供だよ!? 一人だったらどうしよう。どこかで泣いていたりとか!」


 どうしよう、どうしよう。戻った方がいいかな。でも、戻ったらテケテケがと出会ってしまうかもしれない。


 でも、でも!!


「大丈夫だろう。花子は俺達より長く生きているし、この世界について詳しい。なにより異鏡が放っておかないと思うぞ。だから、俺達は今の俺達で出来る事を考えよう。この世界を守りたいんだろ?」

「…………うん、守りたい。私に出来る事、何かあるかな」


 このような展開に慣れているんだろうな、冷静だ。


 まず、私も落ち着かないと。息を吐いて、冷静にならないと。


『美波とやら、ぬしは何が出来るんだ?』

「っ、え、あ、わ、私?」

『うむ。我々は特に何か出来る訳ではない。学校に来た者を驚かせるような事しか出来ん。主は、どうなんだい?』


 人体模型が持っているベートーヴェンがいきなり私に話しかけてきた。

 見た目通りの低音イケボで、耳がくすぐったい。


「私は、特に何も……。静稀みたいな力を持っているわけじゃないし、運動神経も普通です。あんなこと言ったけれど、私自身は何か特別な力を持っている訳じゃなんです」


 改めて口に出してみると、辛い気持ちで胸が痛くなってしまった。


 役に立ちたいのに、守りたいのに。私は何もできないんだなと自覚してしまう。


『うむ。何かしたいが、何もできない。それで終わるのかい?』

「え、どういうことですか?」


 ベートーヴェンさんがいきなりそんなことを聞いて来たんだけど、どういう意図で聞いているの?


『主は、何もできないと落ち込むだけで、諦めるのかいと聞いている』

「でも、何もできないのは事実だから。何かしたい、役に立ちたい。なのに、私は何も……」

『諦めてしまっては、主は本当に何もできないまま、この世界を手放す事になるかもしれないぞ。諦めてしまえば何も救えず、自身の気持ちを閉じ込め、感情がなくなり、ただの人形となるぞ。それでも良いのかい?』


 そ、それは一体、どういう事だろう。ベートーヴェンさんの言いたい事が、わからない。


 私が困惑していると、下から高めの声が聞こえた。


『もう! ベートーヴェン! もっとわかりやすく言ってあげないとわからないじゃない!』


 声がした方を見ると、そこにはモナリザがベートーヴェンさんを見上げて、額縁をカタカタと揺らしながら怒ってる姿があった。

 静稀が気を利かせて持ってあげると、優しい微笑みで『あら、ありがとう』と言っている。


『まったくもう。貴方は本当に分かりにくいんだから』

『それはすまない……』


 あ、ベートーヴェンさんが落ち込んでしまった。モナリザさんの方が強いのか、立場的な意味で。


『美波ちゃん』

「へ? は、はい!」

『ふふっ、そんなにかしこまらないで。ベートーヴェンが言いたい事を少しだけ教えてあげる』


 可愛くウインクしながらモナリザさんが私を見上げてきた。


『ベートーヴェンが言いたかったのは、諦めてしまえば後悔だけが残り、今後も諦める事が癖になってしまうって事。そうなってしまったら最後、貴方は自身の感情を押し殺す事に慣れてしまい、気持ちを表に出せなくなるわ。感情を押し殺し続ければ、人はいずれ我慢が爆発する。どのように爆発するかは人によってさまざまだけれど、どちらにしろ感情が壊れてしまう可能性が高いのよ』


 感情が、壊れてしまう……。


「でも、どうすれば……」

『簡単よ。我慢しなければいいのよ。やりたい事、伝えたい事、言いたい事。すべてを口にするの。想いを伝えるだけなら、誰でもできるでしょ。貴方でも、出来るでしょ?』


 想いを口にする。でも、そんなことをしても、伝わらなければ意味なんてない……。


『伝わるか伝わらないか、ではないの。伝えようとするか、しないか。これだけで充分変わるわよ』


 伝えようとするか、しないか。


 それで、現状が変わるのか。私がやったところで、変わるのだろうか。


「…………自信、ないよ…………」


 ☆


 迫りくる髪、すべてを斬ってやる!


 床を強く蹴り、髪へと突っ込む。目の前に広がる黒い髪を、刀で横一線にぶった切る。


 ――――――――ザクッ


 よしっ、斬れる。後ろの百目も、自分でしっかりと避けているし、問題はない。


 横、縦、斜め。次々に切りながらテケテケに近付く。


『ケケッ…………』


 近付けば近づく程、髪は濃くなり束は厚くなる。斬りにくくなってきたし、視界が黒くなっていく。


 それでも、腕を止めるな、足を止めるな。



 切れ、切れ、切れ!!



 全ての髪を切りまくれ!!



『さぁ、終焉しゅうえんの時だ』



 テケテケの目の前までくることが出来た。


『ゲッ!?』


 驚きの声、油断したね、テケテケ。このまま―――



 ――――――――ガキン!!



『――――――――え』


 首、斬れない?


『っ、異鏡さん!! 前!!!!』


 っ、しまった。テケテケに気を取られ過ぎっ――……


『お、の…………?』


 奥の廊下から、なぜか勢いよく私めがけて斧が、飛んで、き──……



 ――――――――ザザザザザザザザッ!!

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