第18話 両片思い
百目がいち早く斧に気づき、私を横に押してくれたため、肩を切った程度で済んだ。でも、その代わり百目の右腕が斬られてしまった。
黒い霧が腕から出ているけど、百目自身痛みとかは無いみたい。表情一つ変わってない。
今は、花子がトイレの水を操作し床が水で埋め尽くされているから、今私達は天井にいる。
『いやぁ、助かったよ、花子。百目は、大丈夫?』
『右腕を失いましたが、問題ありません。数日で戻ります』
私は飛べるから花子を抱えているんだけど、百目はチカチカと点滅している蛍光灯に掴んで下を流れている水を見ていた。
『まさか、一つではなく、二つの都市伝説が来ていたなんて。さすがに気づかなかったなぁ』
『私もです。テケテケの気配が強すぎて、気づくことが出来ませんでした』
目を閉じて周りに集中してみると、確かに気配が二つある。テケテケとは違う気配、しかも結構強い。
テケテケだけならどうにかなると思ったのに、これはもうダメだなぁ。
『一旦引きましょう。異鏡さんの怪我も気になります』
『ん? このくらい平気だよ?』
というか、百目の方がやばいでしょ。右腕、失っているんだよ? 自分の心配した方がいいと思うんだけど……。
『貴方が大丈夫でも、態勢を整えなければなりません。花子も安全な場所に連れて行かなければ』
『それもそうか』
百目の怪我も気になるし、一旦引くか。どこからまた斧が吹っ飛んでくるか分からないし、今のうちに距離を取ろう。
『それじゃ、行こう』
『はい』
廊下の奥に向かおうと目を逸らした時、下から違和感……?
『っ、百目! 花子を!!』
『っ!?』
花子を百目に投げた瞬間、水の中からテケテケの黒い髪が伸びてきて―――…………
※
『自信が無くてもいいと思うわよ』
「え?」
『だって、伝わるなんてわからないもの。自信なんてあるわけないわ。でもね、自信が無くても、やるの。やらなければ、貴方は好きな場所を失うのよ? それでもいいの?』
モナリザさんが私を真剣な目で見上げて来る。
そんなことを言われても困る。今まで、家族に無視され、声をかけても届かなかった。もう、諦めてしまった。
諦めることに、慣れてしまった。そんな私に、今モナリザさんが言ったようなこと、出来る気がしない。
『あら?』
「え、あ……」
モナリザさんが目を丸くして、私の後ろを見る。釣られるように私も見ると、天井を歩くように異鏡君と花子ちゃん、下で走ってきている百目さんを見つけることが出来た。
「良かった! 三人ともぶじっ──え」
異鏡君の体が、傷だらけ?
至る所から黒い霧が出てる。あれは、人間で言うと血? 腕や足、肩や頬と。至る所に傷がついていて痛そう。その中でも、肩が酷い。
「おい、異鏡! その怪我、大丈夫なのか?! って、百目も! 片腕、ないじゃないか……」
『えへへ、何とかね。びっくりはしたけど』
『私は大丈夫です、お気になさらず』
いつもの笑みを浮かべているけど、眉間に皺を寄せてる。痛みを我慢しているのかもしれない。
百目さんは普通だけど、絶対に痛いでしょ、右腕がない……。
「異鏡君、あの……」
『美波ちゃん、私、君に内緒にしていたことがあるんだ』
「え、内緒?」
『うん。もしかしたら美波ちゃん、聞いたらいち早くここから逃げたくなるかもしれないんだけど、それでも聞きたい?』
え、ここから逃げたくなる? 異鏡君の内緒の話を聞いたら?
『………っ。早くしないと来ますよ、異鏡さん』
『あー、そうだね。美波ちゃん、君は逃げても大丈夫。私も美波ちゃんを傷つけたくない』
真っすぐ私を見て来る。その目に迷いはなく、私を大事に思ってくれているのがわかる。
「俺はどうすればいいんだ?」
『正直に言うと、出来る限り残ってほしい。君は力もあるし、もしもの時は対処が出来ると思うから』
「わかった」
静稀は残るんだ。私はやっぱり、出来る事が無いから帰ってもいいと言っているんだ。
「私は、いない方がいいですか?」
『ん? その質問に答えるんだったら、私はいてほしいと思っているよ』
「…………ん? え?」
い、てほしいの? でも、さっきは帰ってほしいって。
『正直に言うと、いてほしい。私も不安が大きいからね。君がいてくれるだけで百人力だよ!!』
そんな、笑顔で…………。
「ほ、本当に?」
『本当だよ! だって、君がいると安心するから!!』
いつもと変わらない笑顔だ、満面な笑み。無邪気で、弟のような綺麗な笑顔。
―――私は、いつまで迷っているんだ。この世界を守りたいんだろ、ずっと異鏡君や七不思議さん達と一緒に居たいんだろ!! しっかりしろ!!
「わかった。なら、私、ここに残る!!」
※
「え、封印? 亡霊? え?」
私が残ると言い切ると、異鏡君は『わかった!』と返してくれて、これからやろうとしていることを教えてくれた。
その時に、補足と言って異鏡君について知らされたんだけど。まさか、異鏡君が昔、封印された亡霊だったなんて。
『何百年前だったかなぁ。いつ頃かは忘れてしまったけど、生まれてすぐ意識がはっきりしないうちに封印されたんだ。でも、そのおかげであふれ出る力が制御されて落ち着くことが出来た。結果オーライってやつだね。でも、封印されると出来る事も限られるし、暇だったんだよ。だから、色々試してみた結果、今の空間を作り出す事が出来たんだ。それで、君に出会った』
傷の痛みなどを感じさせない異鏡君は、笑みを浮かべながら説明をしてくれる。なんともないというように、淡々と。
簡単に説明しているけど、やっぱり封印された事で何も思わないわけないと思う。少しは、悲しかったと思う。でも、それすら感じさせない笑み。
『今はわざと封印を解いていないんだ。いつでも解くことが出来るくらい封印は弱まっているけどね』
「え、そうなの? それは、つまり……」
『うん。今、その封印を解いて、二体の都市伝説を斬ろうと思うの』
黒い手袋を触りながら、異鏡君が驚くことを言った。
これは私以外も驚きだったみたいで、周りにいる七不思議さん達も不安そうに彼を見ている。
『これはさすがに避けたかったけど、でも仕方がない。今回、二体の都市伝説が同時に出現してしまった。しかも、どっちも有名。力が溢れていると思う。気配も強いし、もう他に打つ手がない』
笑みを消して、今度は険しい顔になる。本当に他に方法がないんだ。静稀も「それしかないか」と呟いた。
「でも、封印を解いたお前はどうなるんだ?」
『そう。封印を解いてしまった私は、そこらへんにいる人に攻撃してしまうんだ。皆を敵とみなし、力の刃を振るってしまう。そ! こ! で! 君の出番だよ、静稀君』
「え、まさかお前…………」
『うん!!! すべてが解決したら、私を封印してよ、陰陽術で!!』
……………………あぁ、静稀の顔が真っ青。逆に異鏡君はニコニコ。
うん、頑張って、静稀、応援しているからさ。
※
ここに居る七不思議さん達と共に作戦を軽く話し合った。
今回現れてしまった都市伝説。一つはテケテケ。
殺すまで追いかけて来るから逃げても意味はなく、空間を歪めているからどっちにしろ逃げられないから無駄。
それで、二体目。こっちが結構厄介で、斬る以外の方法がないみたい。
都市伝説と言ったら、必ず誰もが口にするほど有名。私ですら知っている、赤いコートを着た女性。
見ただけで気絶しないように気を付けないと…………。
『作戦、わかった?』
「「はい」」
今回出現した二体の都市伝説は、今私達がいる世界の支配を異鏡君から奪い取ろうとしているみたい。今はもう半分取られているみたいで、教室に入る事が出来なくなっていた。でも、トイレだけは無事。
異鏡君が言うには、トイレは花子ちゃんの住まいでもあるから、完全に奪い取ることは出来なかったんじゃないかとのこと。
花子ちゃんの力も上乗せされているから、さすがに力の差で花子ちゃんが勝ったみたい。
今回は、そんなトイレを使うみたい。
女子トイレに私と花子さん、静稀と異鏡君が気配を消して隠れる。他の七不思議さん達は危険だからと、百目さんが安全な所へ避難してくれた。
「ねぇ、静稀、異鏡君」
「何?」
『どうしたの?』
「今回は異鏡君の封印を意図的に解いて、暴走させるんだよね?」
『うん』
簡単に頷いた異鏡君、迷いはないみたい。
「異鏡君は自我を保つことは出来ないんだよね? という事は、私達を襲う可能性があるって事?」
『そうだね。でも、そうしなければ、二体の都市伝説にやられるだけ。一か八かに賭けるしかないんだよ』
うん、現状、それしか方法が無い事くらいわかる。
静稀は元々専門外、異鏡君は力が半分しか出せないから勝つことが出来ない。わかっている。でも、でも……。
不安だよ、私。異鏡君が私達を襲ってきたら、私は怖くて、悲しくて、泣いてしまうかもしれない。
今みたいに話せなくなるなんて、嫌だ。異鏡君が、私を攻撃するなんて、殺そうとするなんて。
せっかく、ここは私の唯一の心のよりどころだと思っていたのに。それなのに…………。
私はまた、居場所を一つ、失ってしまうかもしれない。それが、ものすごく怖い、辛い、悲しい。
『美波ちゃん』
「っ、え」
異鏡君が私の頬に手を添えて、眉を下げた笑みを向けてきた。
『もう一つ、内緒の話をしてあげる。私ね、封印されている時、一人の女の子を好きになってしまった事があるんだ』
え、好きになった? 異鏡君が?
『その人は人間で、私は関わってはいけない、好きになってはいけない。そう言い聞かせていたのに。彼女が私に屈託のない笑みを浮かべて話しかけてくれるから、笑いかけてくれるから。私はどんどん彼女におぼれてしまった。でも、どうせ言っても伝わらない、伝えてはいけない。そう思っていたんだ。それは、彼女も同じだったみたい』
同じ?
『両片思い。それを知ったのは、彼女がもう、私の元に来れなくなってしまった時なの』
頬から手を下ろし、私の口元に人差し指を当てた。
『今回みたいに侵入してきた都市伝説に、殺された時』
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