第19話 恐怖
都市伝説にって、今の私達みたいな状況になってしまったって事なのかな。
『今は、その時と同じなんだよ。襲ってきたのは一体だったけどね。私は、あの時助ける事が出来なくて、人間である彼女は簡単に死んでしまった。その時、彼女の服に入っていたくしゃくしゃの手紙を見つけたの。中には、短く私の名前と、一言。”ずっと、好きでした”』
異鏡君の声が初めて、震えた。
頬に添えられている手も一緒に、震えている。
『気づきたかった、知りたかった。確かに、人間と私では生きる時間、空間、長さ。すべてが違う。でも、それでも言ってほしかった、言えば良かった。本当の気持ち。そしたら、また違ったのかもしれない。君の好きなお姫様のように、心からの幸せを手に入れる事は叶わないかもしれないけど、また、違う未来があったかもしれない』
──あ、これか。異鏡君が本を聞いた時、位にすごい食いついていた理由。
立場を気にして何も言えなかった異鏡君と、その彼女という過去があったからだ。
立場が違うから二人は我慢してしまった。
何も伝えず、我慢し続けた結果、異鏡君は後悔した。
私の頬から手を離し、自身の胸を掴む。
苦しそう、辛そう。今、一番泣いているのは、私ではなく、異鏡君だ。
『……………………』
何も言わない私と異鏡君の目が合わせる。
黒く、でも透き通っているような綺麗な瞳に、私の顔が映り込む。
『だから、私が君を襲ってしまったら、何度も、何度でも、名前を呼んでほしい』
「え、名前?」
『うん、聞こえていないように見えても、諦めないで呼んでほしい。その言葉は、私の心に必ず届くから』
私の右手を掴み、自身に引き寄せた異鏡君。
――――あ、やっぱり、人間じゃないんだ。心臓の鼓動、体温。右手からは何も伝わらない。でも、伝わらないけど、黒い瞳からは伝わる。
今の異鏡君には、私の言葉は伝わる。真っすぐ見つめて来る瞳が、そう訴えている。
「…………分かった、わかったよ異鏡君。私、何度でも、何度でも名前を呼ぶよ。聞こえてないように見えても、何度でも。伝わるまで、叫び続けるよ」
『うん!! 君に何度も名前を呼んでもらえるなんて、私はなんて幸せなんだ!!』
今までと変わらない、満面な笑顔。その笑顔で、私の心臓がキュッと音を立て、絞まる。
まだ、怖いのだろうか。異鏡君が今の笑みを浮かべなくなるのが。
家族にすら伝える事が出来なかった私の声が、異鏡君に届くのか。
暴走した異鏡君に、届ける事が出来るのか。
いや、不安に思うのなら、何度でも叫べばいいんだ。名前を何度も、呼べばいいんだ。
だって、異鏡君が言ったんだもん。心に必ず届くって、言ったもん。
「頑張って、異鏡君」
『ありがとう、行ってくるね、美波ちゃん』
手を振って、笑顔でトイレを出た異鏡君。その背中がどことなく小さく見えて、私は思わず手が伸びかけた。口から出そうになった。
“行かないで”
だめだめ、私も頑張らないと。逃げてばかりではだめ、逃げる事だけを考えるのはだめ。
もうそろそろ、私も頑張らないといけない。そうしなけば、後悔してしまう。
もう、悲しげで、今にも泣き出しそうな異鏡君は見たくないし、そんな表情を浮かべさせたくない。だって、異鏡君に一番似合うのは悲しい顔でも辛い顔でもない。
”美波ちゃん!!”
いつも、私を呼ぶ時に浮かべている、満面な笑みなんだから――………
「頑張って、異鏡君。私も、頑張るから」
信じるの、私の言葉が届くことを。伝え続けるの、私の声を。
※
怖がっていたなぁ、美波ちゃん。まぁ、怖いよね。
人は、"わからない"を怖がる傾向にある。だから、見た事がない噂、曖昧な話でも。一度”怖い”と思ってしまえば、色んな人と共有しようとして話は広がる。
広がり続けた噂には力が宿り、想いが宿り、実態が現れる。それが、都市伝説や七不思議と呼ばれるものになる。
私も、そんなあいまいな存在。あいまいだからこそ、何が起きるのかわからない。だから、私もものすごく怖い。
自我を失った時、美波ちゃんや静稀を傷つけるんじゃないか。この空間にいる七不思議達を消してしまうんじゃないか。
ものすごく怖いよ。でも、それでも。もう、嫌なんだ。目の前で助けられないのなんて、手を差し伸べる事が出来ないなんて。
私は、なれるだろうか。
―――――いや、王子様じゃなかったね。
『私は、ならなければならない。地下室で蹲っているお姫様を助ける村人に。居場所がないと嘆く、美波ちゃんを、救い出してあげるんだ』
そして、目指すは美波ちゃんの大好きなあの本のような終わり。
みんなが笑って、後悔しないような、ハッピーエンド。
『今度こそ、後悔しないように伝えるんだ。私の、想いを』
黒い手袋を脱ぐと現れる大極図。光が失い、効力はもうない。消すのは簡単。左手をかざせば、私の力が封印の力を上回り始める。
始めようか、後悔のない、未来のために!!!
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