届いた言葉
第20話 豹変
トイレから廊下を覗くと、ちょうど異鏡君が呪いを解いたところだった。
禍々しい空気が異鏡君を包み込む。よく見てみると、異鏡君の右腕から黒い痣が広がっていた。体も、徐々に大きくなって…………いる?
「え、まさか。あれ、異鏡君なの?」
「なのか…………? もしかして、今までは力を抑えられていたから、同時に体の成長も抑えられていたとか?」
今の異鏡君は、今までの弟みたいな雰囲気は完全に無くなり、百目さんみたいな青年の姿。身長はおそらく静稀より大きい。
『忌々しい亡霊よ、我の縄張りに土足で入り込むなど愚の骨頂。今ここで祓ってやろうぞ』
え、今の声、本当に異鏡君? 地を這うような低い声、体に悪寒が走り鳥肌が立つ。
「っ、これは…………」
「え、静稀!? 大丈夫!?」
隣に立っていた静稀が急に苦しみ出した!? なんで、どうしたの!?
「あいつの気配が強すぎて、眩暈が…………」
「あっ……」
そうか、気配を敏感に感じやすい静稀だから、強まった異鏡君の気配に体がもたなかったんだ。
まったく霊感のない私ですら悪寒が走るんだもん、当たり前だ。
「あ、来た……」
廊下の奥から二人分の足音。
一人は足音というより、這いずる音。もう一つはハイヒールの音。
『ケケケケケケケケケケッ』
テケテケが笑顔を浮かべながら、隣にいる赤いコートを着ている女性の隣で、体を這いずくばりながら異鏡君に近付いていた。
隣に立っている女性は、黒く長い髪を翻しながら、コツコツとハイヒールを鳴らし歩いている。ぱっちり二重で綺麗な顔。だが、口元は大きなマスクによって隠されていた。
赤いコート、口元にマスク、赤いハイヒール。
「あれが有名な都市伝説、口裂け女」
映画とかでは見た事があるけど、本物はない。後ろに手を回しているのは、手に持っている斧を隠すため?
確か、夜に現れる事が多いんだよね。暗闇に立っていたら、後ろに手を回していても見えにくいし気づかない。
『そこのお兄さん。私、綺麗?』
お姉さんボイスで顔を俯かせている異鏡君に問いかける口裂け女。でも、異鏡君は何も反応を見せない。
もう一回口裂け女は聞くけど、同じ。異鏡君は何も言わない。黒い手袋を床に落とし、つま先で床をトントンとしていた。
『あらぁ、無視なの? それってつまり、肯定という事でいいのかしらぁ? それなら、貴方も私と同じにしてあげるわぁ』
言いながら口裂け女が白いマスクを取り始めた。
中に隠れていたのは、耳まで裂けているような大きな口。白い歯を見せ、楽しげに笑い、手に持っていた斧を構えた。
き、気持ちが悪い。吐きそう。
大丈夫だろうか、異鏡君。このままやられたりなんて……。
『無視し続けるのね。いいわぁ、私と同じにしてあげるわよ。そのまま、おとなしくしていなさいね!』
「っ! 異鏡君!!」
口裂け女が床を蹴り、異鏡君に向けて斧を振り上げた。
なんで動かないの、異鏡君!!!
振り上げられた斧が異鏡君の頭に下ろされっ――………
ガキンッ
っ、異鏡君が、口裂け女の振り下ろした斧を、刀で防いだ?
『あら、意外と力が強いのね』
片手で軽々と防いでいる異鏡君。ぎりぎりと押し合いになっている時、今度はテケテケが動き出した。
『ケケケケケケケケケケッ』
テケテケが動き出した事を確認すると、口裂け女は後ろに跳び異鏡君から距離を取った。
すぐに襲い掛かったテケテケは、異鏡君の足にしがみ付く。
笑い声を上げながら口を大きく開き、異鏡君の足に噛みつこうとしている。早くどうにかしないと!!
『我に噛みつくか、面白い事を考える』
異鏡君の足に噛みついたテケテケ。後ろからではどうなったのか見えない。
分かるのは、異鏡君に、今のテケテケの攻撃は効かなかったということだけ。
『ケケッ…………ゲッ!!!!!』
っ、え。何が、起きたの?
テケテケが急に空中を舞って、床にぐしゃっと落ちた……?
まだ微かに動いているけど、今すぐ起き上がるのは無理そう。
異鏡君を見ると、足を蹴り上げた状態で固まっている。後ろから見えるのは、笑っている口元。横に垂れている手は黒く染まり、爪が鋭く光る。
後ろから見ているだけでも体が震えてしまう程の変貌。
「異鏡君……?」
ゆらゆらと動き出した異鏡君は、コツコツと足音を鳴らし、口裂け女に向かって歩き始めた。
テケテケに気を取られていた口裂け女は、近づいて行く異鏡君に気づき、再度斧を振り上げた。
『私と、同じ顔になれ!!!』
彼の顔を狙い斧を振りかぶった。だが、簡単に刀でふせっ――………
――――――ザシュッ
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!』
黒い霧が、口裂け女の胸元から勢いよく噴き出した。
異鏡君が持っている刀は振り上げられ、黒い霧が刃の近くを漂っている。
叫び声と共に口裂け女の身体は傾き、背中から血だまりが出来ている床へと倒れ込んだ。
白目をむき、ピクリとも動かない。絶命したんだろう。
やっと動くことが出来るようになったテケテケは、口裂け女の様子を見て体を震わせ始めた。
口元には変わらず笑みを浮かべているけど、顔は青く、逃げ出そうと異鏡君から目を離さないように後ろへと下がり始めた。
そんなテケテケに、異鏡君はゆっくりと近付いて行く。
震える体を無理やり動かし、逃げようとするテケテケ。
『自ら我の縄張りに入り込んだことを、後悔するがよい』
――――――――ギャァァァァァァァァァァアアアアアア
言うと、異鏡君は何のためらいもなく、刀をテケテケの頭に突き刺した。
耳が痛くなるほどの叫び声が響き渡る廊下、耳を塞いでも意味はなく、脳を直接震わせる。
「な、い、痛い!!!」
静稀と花子ちゃんも耳を塞ぎながら、何とか耐えてるみたい。
早く、早く止まって!!!
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…………収まった…………?
「お、わったの?」
「みたいだな」
涙を浮かべる花子ちゃんの頭をなでると、静稀は廊下に顔を向けた。
「あれは、本当にさっきまで無邪気に笑っていた異鏡なのか?」
廊下に立っているのは、動かなくなったテケテケの頭を鷲掴みしている異鏡君の背中。
見ていると、私達の気配に気づいたのか、こちら側にゆっくりと振り向いた。
「――――っ、い、異鏡君??」
こっちを向いた異鏡君の目が、血のように、赤く染まっていた。
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