第21話 名前
振り向いた異鏡君の目が、真っ赤に染まっている。その目に映るのは、私達の怯えた顔。
――――――――ニヤッ
「ひっ!?」
無表情だった彼の口元に笑みが浮かんだ。でも、いつもの無邪気な笑みではなく、狂ったような笑み。見られるだけで体が震え、足がすくんでしまう。
ガサッ
手に持っていたテケテケを落とし、私達に向かって歩き出した。
まずい、動かないと、今の異鏡君に捕まれば、確実に殺される!!
「っ、おい、美波!! 早くこっちに来い!」
『お姉ちゃん!!』
っ、やばい、腰が抜けて、動けない。立ち上がる事すら、出来ない……。
『あっ…………』
上から影が差す。見上げると、狂った笑みを浮かべている異鏡君の顔が目の前に。
赤い瞳、黒い霧が纏われている刀。動くことも、声を出す事も出来ない。
異鏡君の右手が動くのがわかる、でも私は動けない。指先すら、動かせない。
近付いて来る異鏡君の右手、捕まるわけにはいかないのに!!
「結界!!!!」
っ、静稀が異鏡君を結界で閉じ込め……た?
あ、これで、少しは時間を稼ぐことが出来っ――………
パリンッ!!
「――――――――え?」
静稀の結界が、たった一発で、砕かれた?
「ぐっ!!」
しまった、異鏡君が私の首に手を…………。
「ぐっ、い、きょう、くん」
首を強く掴まれ、体を浮かばせられる。足が床から離れて気持ち悪い、呼吸が出来ない。
静稀が式神を取り出そうとしていた。けど、異鏡君が見てる。
だめ、今より近付いたら、駄目!!
「っ!?」
あ、異鏡君の狙いが静稀に――………
「ぐっ!!」
ドゴンッ!!!
────えっ、静稀が、吹っ飛ばされた?
一瞬すぎて、わからなかった。
壁に背中をぶつけ咳き込んでいる静稀。おそらく、一瞬にして殴られ、壁に吹き飛ばされたんだろう。
また、私を見てきた異鏡君。黒ずんでいる赤い瞳、血のように深く、何を映しているのかわからない。
首を絞めつけてくる手を掴み、必死に離させようとするも、力でかなう訳もない。
どうすればいいの、どうすれば、異鏡君は元の異鏡君に戻ってくれるの。
どうやったらまた、無邪気な笑みを浮かべてくれるの?
『私が君を襲ってしまったら、何度も、何度でも、名前を呼んでほしい』
っ、そうだ、名前。名前を呼べば!!
「い、きょう、くん」
だめだ、喉が絞まって、うまく言葉を出せない。でも、届けないと、届けるんだ。
「い……う、くん。い、きょう、くん」
諦めない、諦めない。喉が痛もうと、鉄の味がしてきても。視界がかすんでも、名前を呼び続けるの。異鏡君が元に戻るまで、何度でも。
「い――がっ!!」
絞める力を強くされた、これだと声を出す事すら出来ない。苦しい、息が…………。
「い…………く…………」
異鏡君の顔が、どんどん白くなる。だめ、駄目。ここで、意識を飛ばしたら駄目。絶対に、駄目。
約束、約束を!! 守るの!!
『異鏡お兄ちゃん!!!!!!!』
は、花子ちゃんの声…………っ、手が、緩んだ。
「っ!! 離して!!!」
『っ!?』
緩んだ隙に異鏡君を蹴り、首から手を離させた。
床におしりから落ちてしまって痛いけど、それより咳が止まらない。さっきまで止まっていたから、体が酸素を取り込もうとしているんだ。
「ごほっ、げほっ!!」
「大丈夫か美波!!」
静稀が私に駆け寄ってきてくれた。
見たところ大きな怪我はない、うまく受け身を取ったみたい。
「私は大丈夫。それより、異鏡君は、どこに……あ」
ふらつく体を必死に支えている。私がけったからでは無い、そこまでの力、私には無い。
もしかして、自我が少しだけ残っているの?
そういえば、口裂け女とテケテケを斬った時は一瞬だったのに。私達には力の加減をしているような気がする。
だって、もし本気で殺そうとしていたら、私達は一瞬で死んでいるはず。
つまり、今の異鏡君は、自分の中に潜む悪い力を抑え込もうと必死になっているんだ。
なら、私達も、異鏡君を助けないと!!
「い、きょう君」
「異鏡」
私と静稀が呼んでも変化はない。聞こえていないのかもしれない。でも、それでもいい。
私は約束した。何度も、何度も呼びかけるって。届くまで、何度も。
名前を呼び続け、異鏡君を取り戻すって!! 約束したんだから!!
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