第22話 届け

「異鏡君!! お願い、戻ってきて! また一緒にお話ししようよ!!」

「異鏡! っ、正気に、戻れ!!」


 まだ、静稀は背中が痛むんだ。辛そうに顔を歪めてる。それでも、一生懸命に異鏡君を呼んでる。


 ────お願い、私達の声、届いて!!


「異鏡君!!!」

「い、異鏡!!!」


 何度も、何度も。呼び続けた、異鏡君の名前を。何度も、何度も……。


 それでも、変化が一切、ない。


「い、異鏡君……」


 何度も呼んでいるのに、静稀と呼んでいるのに。これじゃ、まるで私の家族に呼びかけているみたい。


 私なんて家族じゃない、そこにいない。そんな風に言われているような空気が嫌で、逃げたくて。私はほとんど家にいない。


 胸が痛い、目じりが熱くなる。


 何で、私の周りの人は、私から離れてしまうんだろう。

 私をなんで、この世界に産んだんだろう。

 私は、何のために生まれてきたんだろう。


「異鏡、俺達の声は届いているか? 微かにでも、届いているか?」


 語り掛けるように呼ぶ静稀。言い方を変えても、異鏡君には届いていない、変化はない。


「――っ!」

「下がれ、美波」


 静稀が私を守るように前に出て、お札を構え始めた。

 意識が混とんとしている異鏡君が、私達にゆっくりと近づき始めたから警戒を強めたのだろう。


 コツコツと、廊下には異鏡君の足音が響く。恐怖心をあおる音、近づいて来る気配に体が震える。


 今までの可愛くて、無邪気で。優しく私の名前を呼んでくれた異鏡君は、もういないの?


「美波、呼び続けるんだ。何度でも、何度でも」

「でも、全く届いていない。やっぱり、無謀だったんじゃ…………」

「信じるんじゃないのか?」

「っ、でも…………」

「信じろ、信じ続けるんだ。あいつは信じているぞ、俺達が名前を呼び続けてくれるのを」


 信じているって、なんでわかるんだろう。さっきから異鏡君に変化はない。


 どうせ、私の声は誰にも、届かない……。


 ・

 ・

 ・


 ────いや、違う、違う! 


 私達だけが辛いんじゃない、異鏡君も辛いと思っている。さっき、私自分で気づいたじゃない。


 今の異鏡君は私達を簡単に殺せる。なのに、殺さない。いや、殺せない。それは、異鏡君がそれを内側から抑え込んでいるから。


 信じるんだ、絶対に。名前を、呼び続けるんだ!


「異鏡君!! 私、いろんな話を持ってくるから! 本も一緒に読もう! もっと色んな話をしよう!!」

「異鏡!! 聞こえているだろ!! 俺達の声!」


 二人で必死に異鏡君の名前を叫ぶ、呼ぶ。

 

 届かなくても、何度でも。


 異鏡君の心に届くままで、何度でも!!



 近付いて来ていた異鏡君の足が、途中で止まる。赤い瞳が揺らめき、私達を見てきた。


 これ、私の声、私達の声が、届いてる!!


「異鏡君!!」

「異鏡!!」



 届け、私達の声!!!!



「異鏡君!!!!!!!」


 ・

 ・

 ・

 ・


『…………黙れ』



 ――――――っ! ドボンッ!!



 異鏡君の声が聞こえた瞬間、視界が闇に覆われてしまった。


 な、なにこれ。水の中に落ちたような感覚。



 さっき、最後に見えたのは、異鏡君の泣きそうに歪められただった――そんな、気がした。


 ※


「美波!! 美波!!」


 まずい、もろに食らった。異鏡からの攻撃を。

 

 何の効果があるんだ? 見た感じ外傷はない、目を閉じ眠っているだけ。


 っ、まずい。異鏡がこっちに近づいて来ている。美波を抱きかかえて逃げるか? いや、今の異鏡から逃げきれるわけがない。


 花子も足がすくんで動けないみたいだし、二人を抱えてなんて無理だ。


「あ、な、なんだ? もしかして、戻り、かけてる?」


 顔を抱え、その場で苦しんでいる異鏡。瞳が赤くなったり黒くなったりと点滅している。

 あれって、もしかして。意識が、戻りかけている……の、か?


『――いん。は、やく、ふう、いんを――』

「っ、そうだ。今なら…………」


 今の異鏡なら、俺一人の力でも封印が出来るはず。


 もう少しだけ待っていてくれ異鏡、必ず封印して、またお前に俺達の声を届けてやるからな。


「覚悟しろ、異鏡。俺が必ず封印してやる!!」


 ※


 水の中に浮かぶ感覚。微かに誰かの声が聞こえるような気がする。でも、周りに人がいるようには見えない。


 暗くて、水の底のような所だ。

 

 すぅ、はぁ。


 息は出来る。でも、口から泡が出ているから水の中にいるのかもしれない。


 体が重たい、うまく動かせない。


 あ、上の方が微かに光ってるな。人影がゆらゆらしてる。あそこに人がいるのかな。

 手を伸ばしたくても、重たくて動かす事が出来ない。


 光が遠くなる、私が底に沈んでいるからなのかな。

 抗わないといけないんだろうけど、意識が遠くなる。瞼が重たい、眠い。


 このまま、寝てしまおうかな。


『――っ、――な!!』


 ん、何。微かに声が聞こえる。誰、私眠いんだけど、邪魔しないでよ。


『――み、ちゃん!!』


 だから、うるさい。私は、寝るの。私は、もう眠たいの。寝かせてよ…………。


『ねる――きろ!!!』


 今度は、違う人の声。もう、うるさいってば、ほっといてよ。

 私はどうせ、一人なんだから。寝た方が、マシなんだよ。


『み、ちゃん!! 私に色んなお話ししてよ!!!』


 っ、何。今、はっきり聞こえたような気がする。誰かの声、誰?


『――な!!」

『み――ん!!!!』


 聞こえない、誰? 誰なの、誰を呼んでいるの?


 なに、なんで、私の目から、涙が浮かぶの……?



『とどけぇぇぇぇええ!!!! 美波ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああん!!!!!』



 っ、今の声、私の名前!!!


 あ、光が見えなくなる。嫌だ、嫌だ!! 私は、もう一人にはなりたくない。誰か、誰か!!!



 私の手を、取って――――――異鏡君!!!!!!


 

 ────────ガシッ



 うん、取るよ。だって、私は、君を救う村人だもん!!!



 ──────────ザバン!!!

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