第15話 都市伝説

「え、お話?」

「うん。美波ちゃんは、家族とお話し合いってした? 自分の意見って、想いって、伝えた?」

「いや、言って……ない、けど……」


 どうせ、言ったところであの人達のことだ。聞いてくれないし、聞いてくれたところで意味はない。


 私は兄より出来損ない、何もできないクズ。そう言われて終わり。何を言ったところで無駄なんだったら、言わない方がいい。関わらない方がいい。それが、一番でしょ。


 なんで、異鏡君は、いきなりそんな事を聞いて来たんだろう。


『美波ちゃん、私は思うんだ』

「ん?」

『どんな状況でも、どんな立場でも。想いは伝えた方がいいと。伝わらなくても、何度も、何度も。伝わるまで想いを伝え続けるの。そうしないと、必ず後悔するよ?』


 後悔する? 何に後悔するんだろうか。今の異鏡君は無表情だから、何を考えているのかわからない。


「えっと、それはどういう意味?」

『んー。あのね、過去にね、私――………』


 …………ん? あれ。どうしたんだろう。いきなり異鏡君が何もしゃべらなくなってしまった。


「美波、ここから動かない方がいい。俺か異鏡から離れるな」

「え、なんで?」


 静稀がいきなり私に近づいて来て、警戒するような声色でそう言った。

 異鏡君も周りを警戒しているみたい。なんだろう、二人がいきなり警戒を始めた理由、私にはわからない。


『静稀、気づいた?』

「あぁ、結構強い何かがこっちに向かって来ている。これも、前に言っていた”気性の荒い子”なのか?」

『いや、気性の荒い子より、さらに上。荒くれものがこの世界に侵入して来たみたい。さて、どうしようか』


 他の七不思議さん達も体を震わせて、私達に寄り添ってくる。この場でわかっていないのは、私だけ。


「あの、本当に何が近づいてっ──……」



 ――――――――ゾクッ



 っ、な、なに。この、体に突き刺さるような感覚。寒気? 

 下から、何かが近づいて来ている。何も力を持っていない私でも感じるくらいに、強い、何かが。


「い、一体。なにが…………」

『君は、都市伝説って知っているかい?』


 え、都市伝説? なんでいきなりそんな話をするの。今はそんな話をしている暇ないと思うんだけど。


『都市伝説とは現代の都市で,広く口承されている、根拠が曖昧で不明な噂話の事。有名なところだと、人面犬やダッシュババァとかかな。聞いたことはあるけど、見た事はない。そういう人が多いと思うんだ』

「確かに、私も見た事はないけど…………」

『現実世界に存在していないと思われがちだけど、実は存在しているんだよ。でも、あまり有名じゃない都市伝説は、人の想い恐怖が少ないからそこまで脅威ではない。一番怖いのは、誰もが知っており、恐怖を与え続けた存在。そうだね、ここでの例えを出すと――…………』


 異鏡君が教えてくれている時、下からズルッ、ズルッと、音が聞こえ始めた。

 気配が濃くなり、鳥肌が立ち、体がさっきより震える。

 見たくないのに、こっちに近づいて来ている存在が気になる。


『これは、誰もが聞いたことがあると思う都市伝説。下半身がなく、見つけた人の足を狙う存在。可哀そうな死に方をした女性。名前は、テケテケ』

「ヒッ!?」


 階段の下、異鏡君が名前を呼ぶのと同時に顔を覗かせたのは、床に這いつくばっている女性。


 つり上がった口は耳まで裂けているように見え、黒い目は私達に狙いを定めている。

 階段を登ろうとしている体はなぜか上半身のみ。下半身はなく、お腹辺りで切断されていた。


「あ、あれって――」

「見るな! 逃げるぞ!!」


 っ、静稀に腕を掴まれ上に引っ張られた。異鏡君が先導して、次に静稀、私。後ろには七不思議さん達で走り逃げ始めた。


 二階に駆け上がり、廊下をひたすらに真っすぐ走る。


「さすがに上半身だけじゃ、階段を上ったりするのは遅いよね?」

『テケテケを甘く見てはだめだよ。誰もが知っているという事は、それだけ人の想い恐怖が集まっているという事。想いが詰め込まれた都市伝説は力が増幅し、普通ではありえない力を出してくる。あのようにね』


 肩越しに後ろを見る異鏡君につられ、私と静稀も後ろを向いてしまった。


「な、あり、え、ない…………」


 後ろからは上半身だけとは思えないほどのスピードで追いかけて来る、テケテケの姿。


『ケケケケケケケケケケケッ』


 笑いながら追いかけて来るんだけど?! 

 怖い、怖いよ。もし捕まってしまったら、私達はどうなるの!?


『君達はこのまま真っすぐ走って』

「え、異鏡君は!?」

『確実に私達が逃げるスピードより、追いかけてきているテケテケの方が早い。追い付かれるのも時間の問題だよ。だから、私が少しでも時間を稼ぐ。君達は少しでも遠くへ逃げるんだ。そして、この世界から逃げて』


 え、そんな……。

 もし、ここで頷いてしまったら、異鏡君はテケテケの方に行ってしまうの? 


 異鏡君は確かに強いと思うし。底がわからない。出会った時も、最初の化け物を斬った時も。異鏡君の雰囲気は話している時とは違い、狂気的なものを感じていた。


 ────大丈夫、異鏡君なら、大丈夫。でも、もし異鏡君が負けてしまったら? 異鏡君がテケテケの餌食になってしまったら? そして、私は自分が助かるために異鏡君を置いて帰ってしまったら?


 私はもう、ここに来れない。この、異鏡君が作り出した世界に来ることが出来ない。


 私は、私のよりどころを失ってしまうかもしれない。


 い、やだ。そんなの、絶対に嫌だ!!


「異鏡君、私は逃げない。なにか出来る事があれば、手を貸したいよ!! この世界を失うかもしれないのに、何も出来ずに帰るなんて、そんなの、絶対に嫌だ!!」

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