第10話 名前

「酷い目にあった」

「同じく」


 今、私達は音楽室に避難してきた。水浸しの招待人と一緒に。


『お兄ちゃんなんて嫌い』

『ごめんてば花子ぉ、許してよぉ。必死に探している花子がかわいかったんだもん』

『嫌い!!!!』

『ふえぇぇぇぇええ!! 許してよぉぉぉおおおお!!!』


 ピアノの椅子に座ってふてくされている花子ちゃんの近くで、土下座をしている異世界を牛耳っている主。


 ここで一番強いのは招待人ではなく、花子ちゃんなんじゃない?


「…………くさっ」

『うるさいよ!! 仕方がないじゃん!! 花子がトイレの水を操作してぶっかけてきたんだから!!』

「自業自得」

「これがまさしく因果応報だね!」

『同じ意味だよ!!!』


 この場で一番立場が上のはずなのに、一番叫んでいる招待人。なんだか、可愛いなぁ。


「それじゃ、私達はもうそろそろで帰るかな」

「そうだな、用事は済んだし」


 静稀と話していると、花子ちゃんと招待人が慌てて私達の腕を掴んできた。一体、何?


『もっと、遊びたい…………』

『私ともっとお話ししてよ!! 暇なんだよぉ!!』


 ……二人の子供が私達の手を引っ張ているような光景だな。静稀と目を合わせるけど、困ったように眉を下げるだけ。


 んー……。ここに居ては命の危険があるし、いなくなった方がいいとは思うんだけど。でも、涙目で見てくる二人を見ると、どうしても掴んでいる手を振り払う事が出来ない。


「うーん。なら、明日また来るって話じゃ駄目かな?」

『明日?』

「うん」


 昨日今日って、立て続けだし。さすがに眠たくなってきた。

 昼寝をしたとしても体は疲れてみるみたい。幸いにも明日は休み、家に帰って寝ためをすればまた明日、ここに来れるはず。


「静稀も、それでいい?」

「問題ない。親には新しいあやかしの発見と伝えているから怪しまれることもないだろう。間違いでもないし。お前の方は大丈夫なのか?」

「私も大丈夫。どうせ家族は、私になんて全く興味ないから。いてもいなくても変わらないよ」


 昔から、出来のいい兄ばかり溺愛していた親、私を馬鹿にしてくる兄。あんな家族に、私の居場所なんて存在しない。


 いっそ、いなくなってやろうか。そう考えたこともあるが、あの二人のことだ。全く気にしないだろう。もしかいたら、出来損ないが居なくなって清々するかもしれない。


『……なら、また明日来てよ。待っているから!!』

「わかっ――へ??」

「なっ!?」


 しょ、しょしょしょ、招待人が抱き着いて来たぁぁぁぁぁぁぁああ!?!?


『待っているからね!! 絶対に来てよ!!!』

「わ、わかった!! わかったから!! 離してぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!」


 ※


 家に帰ると、いつものように誰もいない。兄は友人の家かな、お母さんはおそらくホスト。


 今は四時、朝方の。なのに誰もいないなんてね。私、何も聞いていないんだけど。


 学校は楽しかったなぁ。昼間も、夜も。学校は楽しい。こんな家より、何倍も。


 招待人は、好きな異世界に招待してあげると言っていた。そして、あそこは私が今いる世界とはまた違う世界。異世界と呼ばれる場所。


 私が望めば、招待人は連れて行ってくれるのだろうか。


 私を、貴方と同じ世界の住人に、してくれるのだろうか。


 私を。一人の私を、出迎えてくれるだろうか。


「…………考えても無駄。私にはどうせ、ここにしか居る事が出来ないんだ」


 誰も私を求めない。私の居場所なんてない、この世界しか。私は事が出来ない。


 ※


「やっほ!!」

「やっほぉ」


 夜中の三時、学校の校門の前で静稀と待ち合わせ。いつもの女子トイレから侵入して、鏡の前へ。右手で鏡を触れると――


「うわっ!?」

『やぁ!! 待っていたよ!! 首を長くしてね!!』


 鏡に触れた瞬間、中から色白の両手が私の手を掴んできた。

 招待人が顔を出して満面な笑みを向けて来る。なんか、気が抜けるなぁ。


『よっこいしょっと』


 鏡から全身を出した招待人。埃を払うように服をポンポンとしている。


「あれ、花子ちゃんは?」

『今日はいないよぉ。トイレで太郎と話してる。あの二人、ものすごく仲がいいから、一度話し出すと時間を忘れるんだよね』


 太郎って、もしかして男子トイレに出てくる太郎君かな。私の学校ではないけど、他の学校ではトイレの太郎君ってあった気がする。

 花子ちゃんの男バージョンて言う認識だ。


 もしかして、二人は恋人とか?


『だから、今日は私と一緒にあそぼぉ?』


 ギュッ


 な、ナチュラルに抱き着かないで!!!!


「おいお前!! なに美波に抱き着いてんだよ!! 離せよ!!」

『えぇ、だってこの子、凄く優しく甘い香りがするんだもん。肌もすべすべだし、体は少しでも力を入れてしまうとぽきっと逝ってしまうくらい細い。抱き心地抜群だよ?』

「離せやこの変態糞野郎」

『痛い痛い!!! 耳を引っ張らないでよ!!!』


 静稀が招待人の耳を引っ張って無理やり離させたけど、大丈夫? 招待人君、怒らない?


 …………招待人って、言いにくいな。


「あの」

『ん? なぁに?』

「貴方って、"異世界への招待人"という呼び名以外にも名前ってあるの?」


 聞くと、何故か招待人はきょとんとした顔を浮かべた。なんで、そんな顔を?


『そうだなぁ。うん、あるよ、』

「あ、あるんだ。教えてもらいたいなぁって……」

『いいよー。私は”異鏡いきょう”。異世界の異に鏡で異鏡だよ』

「異鏡??」

『そうそう、花子がつけてくれたんだぁ、素敵でしょ?』


 あぁ、なるほど。異世界への招待人は、鏡を使って出てくるから異鏡君か。当て字っぽいけど、招待人にぴったりかも。


「うん、凄く素敵だよ!! これからよろしくね!! 異鏡君!!」

『こちらこそだよ!! これからよろしくね、美波ちゃん』


 ふふっ、可愛いなぁ。無邪気に笑う異鏡君。子供みたい。


「おい、俺を忘れていないか?」

「あ」

「いや、『あ』じゃないわ。まったく……。俺も同じく異鏡と呼んでもいいか?」

『うん、大丈夫だよ。君のことは私も静稀って呼ぶね』

「あぁ、構わん。よろしくな」

『うん!!』


 これから、楽しい時間が増えるのかな。楽しみだなぁ。

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